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量子センシングとは?

量子センシングとは?

2026/07/15

#話題の〇〇を解説

量子センシング

とは?

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

    30秒で解説すると・・・

    量子センシングとは?

    量子センシングとは、原子や電子が持つ量子の性質を利用して、磁場や電流、温度などを高精度に測る技術です。従来のセンサーでは捉えにくかった微弱な信号や微細な変化を測定できる可能性があり、次世代の計測技術として注目されています。医療、半導体、エネルギー、インフラなど、幅広い分野での活用が期待されています。

    半導体の微細化や電気自動車(EV)用電池の高性能化、インフラ設備の老朽化などを背景に、性能や安全性を左右する微小な変化を、対象を壊さず、できるだけ早く捉える計測技術が求められています。量子センシングは、そうしたニーズに応える次世代計測技術として期待される一方、研究室で実証された成果を実際の産業や社会で使える装置・システムとして実装していくことが重要な課題となっています。量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)の量子センサー研究チームは、ダイヤモンド窒素-空孔中心(Diamond Nitrogen-Vacancy Center、以下「NVセンター」)という構造を活用した量子センサーの研究開発に取り組んできました。その結果、半導体、電池、非破壊検査などの分野における社会実装が現実的になりつつあります。量子センシングが今注目される背景や最新の研究動向、今後の展望について、同チームの天谷康孝チーム長、渡邊幸志主任研究員、貝沼雄太研究員に聞きました。

    Contents

    計測の常識を覆す、圧倒的ポテンシャル

     量子技術といえば量子コンピューターが注目されがちですが、量子センシングは磁場・電流・温度などを測る既存の計測技術を高度化するものとして、量子技術の中でも早期の社会実装が期待されている分野です。さらには、既存のセンサーを置き換えるだけでなく、従来は捉えにくかった現象を可視化する新たな計測技術としての可能性も秘めています。

     量子センシングの特長は、原子や電子が持つ量子状態やその変化を計測に利用する点にあります。量子状態は磁場や電場、温度などの影響によって変化するため、その変化を読み取ることで高精度な計測が可能になります。従来のセンサーが主として物質中の巨視的・平均的な応答を利用するのに対し、量子センサーは原子や電子などが持つ量子状態を制御・読み出し、その変化を計測に利用します。量子状態の応答は物質に固有の性質に基づくため、測定条件を適切に制御することで再現性の高い測定が可能です。特にダイヤモンド中のNVセンターでは、原子レベルの構造そのものがセンサーとして機能するため、従来とは異なる発想で計測性能を設計できます。

    NVセンターの構造図
    NVセンターの構造。ダイヤモンド中に形成される窒素と空孔からなる格子欠陥である
    NVセンターから赤色の蛍光が出ている様子
    NVセンターに緑色のレーザー光を照射すると、電子が励起状態へ遷移し、基底状態に戻る過程で赤色の蛍光を放出する

     量子センシングへの期待が高まっている理由は、単に感度が高いことだけではありません。ナノスケールの現象の可視化や過酷な環境での計測、幅広い周波数帯への対応、対象を傷つけない非侵襲計測など、現場が抱えるさまざまな課題に応えられる点にあります。例えば、現在半導体分野では故障箇所の特定に光を用いることが多く、空間分解能は光の波長による制約を受けます。しかし、量子センシングはナノスケールでの計測が可能で、微細化が進む半導体デバイスの解析への応用が期待できます。また、電気自動車や電力インフラでは、高温環境や大電力環境でも磁場や電流を高感度に測る技術が求められています。量子センシングは、こうした環境でも適用できる可能性があり、中には直流からMHz帯までの広い周波数範囲で計測できる手法もあります。医療分野では、光ポンピング磁力計*やNVダイヤモンド磁力計による生体磁場計測が進んでおり、小型・高性能な医療機器の実現が期待されています。さらに、測位や時刻基準の分野でも、量子状態を利用した高精度かつ長期安定な計測が、次世代技術として期待されています。

    「見えなかったもの」を捉える。量子センシングの研究最前線

     量子センシングは、研究室で高感度を実証する段階から、具体的な測定対象に使う段階へと進みつつあります。中でもNVセンターを用いた技術では、磁場や温度の分布を画像として捉える応用が広がっています。

     NVセンターを用いた磁気センシングの特長は、磁場と温度を同時に計測できる点です。NVセンターが多数存在するサンプルを用いた面計測により、磁場や温度の分布を、強さや方向を含めて画像として取得できます。半導体チップでは、リーク電流による漏えい磁場と発熱を同時に可視化できるため、故障箇所の絞り込みに役立ちます。

     また、材料評価では、鉄板表面の傷や磁化応答の周波数特性を空間的に調べることで、材料の状態を詳しく評価できます。磁場を点ではなく面として捉えられることは、異常の位置や広がりを直感的に把握する上で大きな意味を持ちます。

     さらに、量子センシングは小型核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance、以下「NMR」)技術にも新たな可能性をもたらしています。その一つが、NVセンターを利用した小型NMRです。薄膜NVダイヤモンドを用いたNMR装置は、測定試料のすぐ近くに配置できるのが大きなメリットです。これにより、微小量の試料でもNMR測定が可能になり、従来は難しかったNMRイメージングへの展開が見込まれています。創薬やバイオ研究の他、半導体デバイスの故障解析や磁性材料の特性評価への応用も見込まれています。

     一方で、量子センサーを現場で使うためには、感度の高さを追求するだけでは十分ではありません。実用化には、装置としての安定性や扱いやすさも求められます。そのため重要になるのが、センサー単体ではなく測定システム全体を設計するという考え方です。光学系やマイクロ波回路を最適化し、外乱に対する安定性や長期的な再現性を確保する必要があります。量子センサーは高感度であるがゆえに環境の影響も受けやすいため、ノイズを抑えながら安定して測定できる条件を設計することが不可欠です。センサー配置や制御手法、機械学習を活用したデータ処理などを組み合わせることで、研究室レベルの高感度計測を現場で使える装置へ発展させることができます。

     また、量子センシングは、電気計測の分野でも新たな可能性を広げつつあります。特に、電気自動車(EV)の蓄電池やパワーエレクトロニクスでは、電流や磁場を高精度かつ非接触で計測する技術への期待が高まっており、ダイヤモンド量子センサーを用いた研究開発が進められています。

    実用化へのカギ。高感度と安定性をどう両立するか

     NVセンターが産業応用に適している理由の一つは、ダイヤモンドが非常に安定した材料であり、量子状態を担うスピンが固体中の原子レベルの欠陥として幅広い環境で安定に存在できることです。そのため、極低温冷却装置や真空チャンバーを必要とせず、大気中で動作する量子センサーを実現できます。

     また、固体材料であるため小型化や集積化にも適しており、センサーを測定対象の近くに配置できます。これにより、ナノスケールの空間分解能や高感度な測定が可能になります。用途に応じて、感度や分解能を最適化する原子レベルの設計ができる点も、従来のセンサーにはない特長です。

     一方で、高感度であるがゆえの課題もあります。量子センサーでは、外部ノイズと測定対象の信号を適切に分離することが特に重要になります。感度が高いため、測定対象と同程度のわずかなノイズでも、信号として検出してしまうからです。環境磁場や温度変動などの影響を抑えながら、目的の信号だけを取り出す工夫が欠かせません。そのための有効な手法の一つが、差動計測です。複数のセンサーを用いて共通するノイズ成分を打ち消すことで、測りたい信号だけを抽出します。センサーを小型化できれば、センサー同士を近接して設置できるので、より安定した差動計測も可能になります。

    あらゆるものに「量子」の感覚器が備わる未来

     量子センサーを実社会で活用していくには、高感度なデバイスをつくるだけではなく、現場の課題に応える計測システムとして仕上げる必要があります。そのためには、既存のセンサーが担っている役割や性能を十分に理解した上で、量子技術ならではの価値を見極めなければなりません。

     量子センサーは、成熟した既存のセンサー技術を単純に置き換えるものではなく、従来では難しかった新たな計測課題に対して価値を発揮する技術です。重要なのは、量子技術の新規性そのものではなく、具体的な課題にどのような解決策を示せるかにあります。そのため、センサー単体の性能向上だけでなく、信頼性や再現性を備えた「現場で使える計測システム」として実装していくことが求められます。

     こうした量子センシングの社会実装には、基礎研究、材料開発、デバイス化、装置化、評価、標準化をつなぐ取り組みが欠かせません。大学が新しい原理や研究シーズを生み出し、企業がそれを製品として磨き上げる中で、産総研は研究成果を実用技術へと発展させる役割を担っています。

     特に、材料開発からデバイス化、さらには装置のユーザーとなる研究者まで幅広い人材が集まり、装置化やシステム化、評価や標準化まで踏み込める点は、産総研の特長です。また、計測の基準となる計量標準を担っていることも、計測研究における重要な基盤となっています。量子センサーも、材料やデバイスの研究成果を単独で終わらせるのではなく、計測システムとして統合し、実際の課題に対する解決策として提示していくことが求められています。

     量子センシングが、どの分野で最も早く社会実装されるかを、一概に予測することはできません。量子センサーは、磁場、電場、温度、時間といったさまざまな物理量を対象とする基盤的な計測技術であり、医療、創薬、エネルギー、インフラ、モビリティーなど幅広い分野で研究開発が進められているためです。

     量子センシングは、コンピューター、通信、センシングという三つの量子技術の中でも、比較的早く実用化が進む分野です。その応用の広がりは、量子技術全体の発展を後押しするとともに、さまざまな機器やインフラがこれまで以上に高精度に状態を把握し、自律的な判断を行う社会につながっていくかもしれません。あらゆるものに「量子」の感覚器が備わる未来は、着実に近づきつつあります。


    *:アルカリ原子気体にレーザー光を照射してスピンを偏極させ、そのスピンの歳差運動が磁場強度に比例することを利用して磁場を測定する量子センサー。原子スピンの状態変化は、透過光の強度や偏光回転として検出され、これを読み出すことで磁場を高感度に測定できる。[参照元へ戻る]

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