CO2分離素材を「評価する」
CO2分離素材を「評価する」

2026/05/27
CO2分離素材を「評価する」社会実装を加速させるJEC3M
2050年カーボンニュートラルの達成には、CO2分離・回収技術の高度化が不可欠だ。しかし、素材やプロセスの性能評価には膨大な時間とコストがかかり、事業化の障壁となっていた。こうした課題に対し、2025年、産総研グループ*は長年培ったCO2分離素材の開発とそれに伴った素材特性の分析技術と分離性能評価のノウハウを結集し、「CO2分離素材の評価サービス」を開始した(2025/08/21プレスリリース)。本サービスは、吸収液・吸着剤・分離膜などの多様な素材を横断的に評価し、企業が開発段階で必要とする客観的データを迅速に提供するものだ。サービスの狙いと、それを担う「CO2分離素材評価センター(JEC3M)」設立の意義について話を聞いた。
日本と海外の「仕組みの差」を埋める試み
2050年のカーボンニュートラル達成を掲げてから、国内の関連研究室は活況を呈している。大学や企業の研究者が次々と新しいCO2分離素材を生み出し、学術論文には有望なデータが並ぶ。しかし、そこで立ち止まって考えると、ある疑問が浮かぶ。「その素材は本当に実社会で使えるのか。誰が保証するのか」ということだ。
「素材は強いが、実用化が遅い」。材料・化学領域の領域長である遠藤明は、日本の現状をそう表現する。CO2を垂れ流していた時代には存在しなかった課題が、今、目の前に積み重なっている。
CO2を回収して地下に埋める、あるいは別の物質に転換する。そのためには当然コストもエネルギーもかかる。企業経営者が「これはビジネスになる」と判断できるだけの材料がそろわなければ、投資は動かない。素材開発から大型化、プラント実装へと至る道のりは長く、その途中で多くの有望な技術が力尽きてきた。
そうした日本と欧州との差は、技術力よりも「仕組み」の差かもしれない。視察でノルウェーを訪れた化学プロセス研究部門の牧野貴至は、その先進性に目を見張った。CO2を回収し、船で輸送したうえで海底に貯留するまでの一連のプロセスが、国の支援の下で着実にシステムとして構築されている。炭素排出権の価格を見ても、日本の数倍は、ゆうにある。それだけ市場が整備されていれば、企業が参入するのも当然である。さらに見過ごせないのは教育だ。CCSの重要性について小学生から教え続けてきたノルウェーでは、その世代がすでに社会の第一線で働いている。「20年前に植えた種が、今になって芽を出している」と、牧野は言う。
日本がこの差を埋めていくためには、何が必要か。一つの答えが、2025年8月に産総研グループが立ち上げた、「CO2分離素材評価センター(JEC3M:ジェーイーシースリーエム)」である。
産総研東北センターに設置されたJEC3M
3方式、ひとつのセンターで
CO2を空気や排ガスから取り出す代表的な方法は、大きく3つある。液体に吸わせる「吸収法」、固体に吸着させる「吸着法」、そして膜を通して選択的に分離する「膜分離法」。それぞれに使われる素材が、吸収液、吸着剤、分離膜だ。
これらは原理も異なれば、求められる性能の測り方も異なる。吸収液には粘度や熱安定性が、吸着剤には繰り返し使用しても劣化しない耐久性が、分離膜には薄膜ながら高いガス透過性と選択性が求められる。これら3種の素材を横断的かつ多角的に評価できる体制が、「CO2分離素材評価センター(JEC3M)」にはある。ひとつのセンターで、この体制を整えたのは、日本初の試みとなる。
難しさの一つは、CO2が単独で存在していないこと。排ガスには窒素、酸素、水蒸気に加え、硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)といった夾雑物が混じっている。これらの中からCO2だけを選択的に取り出さなければならない。しかも、対象となるCO2の濃度はさまざまだ。工場排ガスの十数%から、バイオガスの40 %以上、そして大気中の400 ppm(0.04 %)に至るまで、桁が違う世界を相手にする技術が求められる。「1つのスーパー分離膜で全部対応できるか」という問いに、膜分離を専門とする池田歩は首を横に振る。濃度帯ごとに最適な材料は変わり、それぞれへの作り込みが必要だと言う。
また、コスト面の課題も重い。薄い濃度からCO2を取り出そうとするほど、エネルギーが余計にかかる。夾雑物を取り除く前処理にもコストがかかる。「いい素材ができれば設備コストが半分になる」という“逆転劇”も実際に起きているが、それにはまず材料のブレイクスルーが必要で、そのための評価が必要になる。
「壊す」試験が切り開くもの
JEC3Mのユニークさを語るうえで欠かせないのが、「加速劣化試験」だ。
通常の運用環境では、「素材がどのくらいの速度で劣化するか」を確かめるには、実際に何百回、何千回と使い続けるしかない。それでは時間がかかりすぎて、開発のサイクルが回らない。加速劣化試験は、素材を意図的に激しい条件にさらすことで、劣化のプロセスを短時間に凝縮する。つまり、「壊す」ことによって、将来を予測する手法だ。
これを担当する河野雄樹は、CO2回収方法に合わせた加速劣化試験装置をそれぞれ一から組み立てた。吸着剤には、吸着と脱着を高速で繰り返すことで劣化を再現する。分離膜には、CO2や窒素、酸素と同時に酸性ガスや水蒸気を供給し、膜の性能がどう変化するかを見る。「この条件で、100サイクル後には吸着量がこれだけ落ちる」という予測精度を高めるため、より大型スケールの長期耐久試験を担う、地球環境産業技術研究機構(RITE)と連携し、データを突き合わせながらプロトコルを磨いている。開発途上ではあるが、「ここでしかできない試験」であることは確かだ。
企業がこの試験に強い関心を示すのも、そのためだ。「自社では加速劣化試験装置を組めない」「酸性ガスを供給したときの挙動を見たい」――そうした声が全国から寄せられている。
窓口を担う、株式会社AIST Solutions(以下、「AISol」)の白川桃子は、2025年8月のプレスリリースおよび『CCUS EXPO』への出展以降、問い合わせが増加したと話す。
「サービス開始からわずか半年にもかかわらず、30件程度の問い合わせをいただいており、こちらがご紹介をする前に、すでにお問い合わせをいただいている状況です。非常にありがたいと感じています」(白川)
一から組み立てた、吸着剤加速劣化試験装置(吸着法での耐久性評価装置)
「測って返す」だけでは終わらない
ただし、JEC3Mは単なる受託分析サービスを目指しているわけではない。その点は、立ち上げに関わった全員が繰り返し強調するところだ。
「受託分析会社のように、測定してデータを渡すことが目的ではありません。正しい測り方、評価プロトコルを作って公開し、自分たちで装置を組んで測っていただくことも歓迎しています。また、その実現に向けて、技術コンサルティングの提供や共同研究の実施にも、積極的に取り組んでいきたいと考えています。」と、遠藤は言う。
JEC3Mが力を入れているのは、評価方法の標準化だ。研究者が論文に発表するデータは、多くの場合、自分の材料が最もよく見えるように選んだ条件で測られている。それは仕方のない面もあるが、利用する側、つまり材料を使ってプロセスを設計するエンジニアにとっては比較の基準がない。同じ条件、同じ基準で複数の素材を並べて評価して初めて、「この素材は、あの素材よりも夾雑ガスに強い」「こちらはコストが下がる可能性がある」といった判断ができる。
さらに、JEC3Mでは「簡易評価ツール」も開発している。吸収液の気液平衡特性や吸着剤の吸着量、分離膜の透過率などの素材特性評価で得たデータをインプットすれば、消費エネルギーやCO2回収コストを試算できるソフトウエアである。計算に不慣れな技術者でも扱えるよう設計し、技術コンサルティング契約を締結した企業や大学へ提供している。「この素材とあの素材で、どちらがランニングコストに効くのか」という問いに、具体的な数字で答える手がかりになる。
企業にとってのメリットは、複数ある。まず、自社の素材性能の客観的な確認。次に、「自社の評価方法が正しかったか」の検証。そして、業界の標準材と比較することによる自社製品の優位性の把握。場合によっては、「思ったより競争力がない」と気づかされることもあるが、それはむしろ開発の方向を正すチャンスになる。
「フラットに評価した上でデータを一緒に議論していく中で、メリット・デメリットをコンサルとして伝えられる。そこから新しいものが生まれてくるのではないでしょうか」と、河野は先を見据える。
目指すのは、世界の総本山
個々の素材評価を積み重ねることが、どのようにしてカーボンニュートラルにつながるのか。
「分離膜によるCO2回収は、多くの濃度帯でまだ実証段階にあります。しかし、新しい素材が評価され、その性能がエンジニアリング会社の目に留まれば、『この素材をプラントに使おう』といった判断につながります」と、膜分離の現実から語る池田。センターはいわば、“研究室と産業現場をつなぐ通路”になり得る。
牧野が語る“究極目標”は、さらに大きい。
「世界中のどこのテストセンターに持っていっても、『まず、JEC3Mで評価しろ』と言われるような場所にします」
「この方法では正確に測れていない」と感じることが、学会や論文を通じて見えてくる。それに対してJEC3Mは、物性評価の専門家が直接関わる形で、フェアな評価を担保している。
この蓄積が世界に認知されれば、JEC3Mがグローバルなネットワークの“旗振り役”を担う可能性もある。同じ素材を測った時に、同じ結果が出る「ラウンドロビン(相互比較)試験」が世界規模で行われる──そういう未来を、牧野は思い描いている。
一方、遠藤は、より足元の言葉を選ぶ。
「2030年が一つの分岐点。産総研の第6期が終わる頃には、NEDOプロジェクトの枠を超えて、日本のCO2分離の先頭を我々が走っているという状態にしたい。このセンターが自走できるようになることが、まず直近の目標です」
「あそこに持っていけば良い」というスタンダードを作ることが、素材産業全体を底上げし、カーボンニュートラルを加速する道になるという、全員の確信は揺るがない。
素材産業の背中を押す「評価」という仕事
素材を作ることと評価することは、似て非なる仕事だ。自分が手がけた材料の「答え合わせ」をしてもらいたい研究者と企業が集まる場で、第三者として公正に数字を出す。それは地味に見えるかもしれないが、河野が言うように「評価の質がどれだけ違うか」を知れば、その重要性が分かる。「評価って一言で言うけれど、クオリティーは全然違う」。彼らの言葉は、素材開発を「作って終わり」にしない覚悟の表れでもある。
白川は、少し異なる角度から、この仕事の意義を語る。
「カーボンニュートラルを実現するという壮大な使命感もさることながら、一緒に仕事をしている研究者の皆さんが楽しく研究できるか。このプロジェクトが、そうしたきっかけになれるかどうかも、私には大切です」
小さな窓口から始まった仕事が、思わぬ反響を呼んでいる。それはおそらく、科学的な正確さと、人が動く現場感覚の両方が、JEC3Mに宿っているからではないだろうか。
2050年に向けた道は長い。しかし、正しく測ることから始まる“社会実装の加速”が、今ここで動き出している。
「素材を正しく測ることが、産業を動かす」。JEC3Mの5人はそう確信している
*: 産総研グループ。国立研究開発法人 産業技術総合研究所と、株式会社AIST Solutions(AISol)の総称。[参照元へ戻る]
産総研
執行役員
材料・化学領域長
遠藤 明
ENDO Akira
化学プロセス研究部門
副研究部門長
牧野 貴至
MAKINO Takashi
化学プロセス研究部門
分離材料研究グループ
研究グループ長
河野 雄樹
KOHNO Yuki
化学プロセス研究部門
分離材料研究グループ
主任研究員
池田 歩
IKEDA Ayumi
株式会社AIST Solutions
コーディネート事業本部
プランナ
白川 桃子
SHIRAKAWA Momoko
産総研
材料・化学領域
化学プロセス研究部門
株式会社AIST Solutions