マテリアルDXとは?
マテリアルDXとは?

2026/03/18
マテリアルDX
とは?
科学の目で見る、
社会が注目する本当の理由
マテリアルDXとは
有機材料のプラスチックや無機材料であるセラミックス、金属材料などの材料の研究開発をデジタル技術の活用によって変革する取り組みの総称です。2010年代から材料開発のスピードを大幅に短縮してきた「データ駆動型材料開発」に、最新のAI(人工知能)技術や量子コンピューティングなどを導入することで強化する取り組みが各国で活発化しています。日本の強みであるマテリアル産業において世界で勝ち続けるために、日本も「マテリアル革新力強化戦略」を策定し、マテリアルDXを重要戦略として推し進めています。
AI技術によるデータ解析によって材料探索の効率化を図るマテリアルズ・インフォマティクスや、製造プロセスの最適化を図るプロセス・インフォマティクスといった「データ駆動型材料開発」は、すでに多くの素材メーカーで活用されています。こうした取り組みに加え、材料開発は現在、フィジカルAI技術などを導入した、さらなるデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)のフェーズへと進展しています。2025年4月に設立され、産総研のマテリアルDX研究をけん引しているマテリアルDX研究センターの三宅隆研究センター長に、研究開発の今とこれからを聞きました。
マテリアルDXとは
マテリアルDXの定義
材料開発のあり方をデジタル技術によって変革する取り組み全体を「マテリアルDX」と呼びます。データサイエンスの技術で材料開発を高速化するマテリアルズ・インフォマティクス、プロセス・インフォマティクスといった「データ駆動型材料開発」は2010年代から世界で進展してきました。さらにロボットやフィジカルAIによる実験の自動化・自律化、量子コンピューターによるシミュレーションなども含めた、より広い概念として「マテリアルDX」と位置づけられるようになっています。材料開発のスピードを圧倒的に速めることは企業の競争力を高め、属人性を減らし、省人化にも貢献するでしょう。
注目されている背景
背景としては、データ駆動型材料開発が10年ほどで急速に進んだことが挙げられます。2011年にアメリカのオバマ大統領が国家プロジェクト「マテリアル・ゲノム・イニシアチブ(MGI)」をスタートさせ、材料開発のスピードを倍にすると宣言して以来、その動きは世界に広がりました。日本国内では産総研と物質・材料研究機構(NIMS)がデータ中核拠点となってデータを蓄積してきました。データのプラットフォーム化も重要な課題です。学術分野では、世界的な協力の下にデータプラットフォームの構築が進められ、今も続いています。そこにAIがどんどん発展し、AIエージェント、フィジカルAIといった進化がみえてきたために、これらの導入で競争力をさらに高めるフェーズとなり、各国の取り組みが再び加熱しています。
ロボット(フィジカルAI)が作業しているイメージ
マテリアルDXの現在地
始まっている価値創出
データ駆動型材料開発を導入して10年以上がたつ企業では、すでに研究開発の現場に浸透しています。全く新しいものを開発する「0→1」の開発はまだハードルが高いですが、添加剤を加えるなどの実験条件を変えて求める特性を出す「1→10」「10→100」の開発には大きな効果を発揮しています。多くの企業が機密情報として公開はしていませんが、マテリアルDXの手法はすでに産業界に浸透し、活用されています。
例えば横浜ゴム株式会社と産総研が「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト(略称:超超プロジェクト)」の一つとして行った共同研究では、植物由来の燃料であるバイオエタノールから合成ゴムやABS樹脂の主原料であるブタジエンへの効率的な変換を実現する触媒の候補物質を、データ駆動型の手法により短期間で発見。触媒の開発期間を従来の1/20に短縮することに成功しました。この成果がバイオマス由来の合成ゴムを使ったタイヤ開発に活かされています。
横浜ゴム株式会社との共同研究では、多数の触媒を全自動で合成するハイスループット触媒合成装置を導入。触媒探索の効率を飛躍的に高めた。(産総研マガジン 「バイオエタノールからタイヤゴムをつくる」)
新たな企業の参入
近年、注目されているのは、グーグル(Google)、マイクロソフト(Microsoft)、メタ(Meta)などのビッグテック企業がマテリアル分野に参入してきたことです。例えばグーグルは第一原理計算といわれる計算シミュレーションで、構造や組成を変えたときに特性がどう変わるかというデータを用意し、そこに同社のAI技術を組み合わせて200万種類以上の新しい材料の構造を提案し、世界を非常に驚かせました。素材メーカーではない企業が、マテリアル領域で自社の技術力を示し始めています。
さらなる進展のための課題
マテリアルDXの推進には、良質で使いやすいデータの蓄積が必要不可欠です。材料開発におけるデータの創出・収集では、計算シミュレーションの技術をさらに高めること、実験の自動化を進めることが課題です。マテリアルの分野は依然としてデータが不足しており、ロボット、フィジカルAIなどが自動で実験を続けることで継続的にデータを生み出していく仕組みをつくる必要があります。
データの蓄積・構造化では、データプラットフォームの整備が課題です。マテリアルは対象が多様で、原子スケールから手に持てるサイズまで対象が幅広く、空間スケールや時間スケールも多様です。種類もテキスト形式、顕微鏡で撮った画像データ、スペクトルデータなどさまざまであり、単一のプラットフォームにすべてを集約することは容易ではありません。
さらに、きれいに原子が並んでいる材料ばかりでなく、不純物が混じっている材料もあり、そこに求めている機能の本質がある場合も多くあります。そういった単純ではない複合的な材料データも活用できるようにデータを蓄積する手法の開発が、大きな課題となっています。
また、企業においてデータの解析・活用を進める上では、データの秘匿性や情報セキュリティーをどう担保するかも課題となってきます。利便性と情報セキュリティーのバランスをどう取るか、そのための技術を開発することも非常に重要です。AIの専門家とマテリアルの専門家がチームを組むことが必要です。
産総研の挑戦
産総研の推進体制
マテリアルは、AI、量子、半導体などと並んで、日本が重点的に進める分野の一つとされています。国の「マテリアル革新力強化戦略」の肝がマテリアルDXの推進です。中核拠点として期待されている産総研では、「マテリアルDX研究センター」を設立し、研究領域を超えてマテリアルDXを進める司令塔の役割を担っています。計算科学、AI、量子コンピューティングなどの専門家が集っているのが特徴です。
マテリアルDXの進展にはさまざまな技術が必要になるため、産総研の総合力と、多分野の専門家がコラボレーションできる環境は強みです。また、企業との取り組みを多く行う組織として、情報セキュリティーに慎重に配慮したプラットフォームを構築するなど、セキュリティー意識が高いことも強みだと考えています。
研究開発の事例
すでに多くの研究開発が行われ、成果が発信されています。一例を挙げれば、高性能磁石の開発に役立つ材料データプラットフォームを公開しました。どの元素をどれくらいの割合で混ぜれば特性が向上するかをマップ化することで、資源リスクや価格変動に応じてレアアースの割合を設計することができています。
磁性材料データプラットフォームのイメージ(2024/05/27 プレスリリース)
データの保護と活用を両立する「秘匿計算」の技術開発も産総研の強みです。利用するデータを全て隠したまま計算を実行できる暗号技術の一つで、秘匿性の高いデータを扱う企業間での協力を加速させるために重要な技術です。産総研では、情報系の分野で開発された秘匿計算の技術をマテリアル分野で使える基盤技術として発展させ、社会実装に近い環境のテストベッドを構築して試験を行っています。
「秘匿計算」のイメージ(2024/12/24 プレスリリース)
今後のビジョン
日本は素材産業が非常に強く、日本経済の要となっています。世界各国がマテリアルDXで力をつけていく今、デジタル技術でより効率を高めながら、多くの知見を持つ人間のクリエイティビティーをうまく融合させて強みを伸ばしていくことがポイントです。日本におけるマテリアルDXの中核拠点として機能し、産業界にもアカデミアにも全方位的にマテリアルDXを推進していくことが私たち産総研のビジョンです。