世界に先駆けて量子産業の道を開くグローバル拠点G-QuATが始動
世界に先駆けて量子産業の道を開くグローバル拠点G-QuATが始動

2025/06/11
世界に先駆けて量子産業の道を開く グローバル拠点G-QuATが始動
従来のコンピュータと全く異なる仕組みで動き、その処理能力をはるかに凌駕する量子コンピュータ。社会を大きく変える「夢の技術」として期待されています。世界共通の課題は、量子技術をいかに実社会に役立てるか。産総研は2023年7月27日、「量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)」を設立し、産業化の支援や市場創出に向けて動き出しています。
量子技術の産業化を有志国と連携しながら支援する「ビジネス開発」と「グローバル」を冠した研究センター
2020年前後から量子コンピュータは劇的な進歩を遂げて実機の利用が可能となり始めたことから、2022年から2023年にかけて、多くの国が産業化を見据えた量子戦略を発表しています。日本政府は世界に先んじて「量子未来社会ビジョン*1」および「量子未来産業創出戦略*2」といった量子技術の産業化に向けた戦略を、いち早く打ち出してきました。これらの戦略の分析・提言に基づき設立されたのが、G-QuATです。その位置付けについて堀部雅弘に聞きました。
「G-QuATは単に研究開発をする組織ではなく、グローバルビジネスエコシステムの構築もミッションとしています。日本の強みを生かしたアプリケーション開発や部素材のサプライチェーン構築などを推進していきますが、そこで重要なのはビジネスを担う企業が主役であること。私たちは、最先端の設備や環境、多様な研究開発成果の提供や、人材育成、知財・標準化戦略を通して、企業による量子技術の産業化を支援する立場です」
グローバル連携を進めているのも大きな特徴で、国際アドバイザリーボードには、世界で名を馳せる国内外のトップランナー8人が就任。また、今年2月にキーサイト・テクノロジー、5月にはIBMとそれぞれ研究協力覚書(MOU)を締結し、連携の強化を始めています。
量子コンピュータの利用環境から部素材の試作・評価設備まで3つのプラットフォームを整備
産業化を支援するため、G-QuATでは3つのプラットフォームの整備を進めています。1つ目は、量子・AI計算基盤です。今年度中に、スーパーコンピュータABCI-Q(NVIDIA GPU H100を2020基搭載)と、中性原子量子コンピュータ(QuEra)、超伝導量子コンピュータ(富士通)を導入。光量子コンピュータ(OptQC)の商用機をG-QuATにて立ち上げることも決定しています。
2つ目は、評価テストベッドです。量子コンピュータは非常に特殊な環境で使われますが、実際の利用環境に近い評価設備を整備し、評価サービスを提供します。これは、世界中を見渡してもG-QuATオリジナルのコンセプトです。
3つ目は、量子コンピュータの心臓部となる量子チップや制御回路などのデバイス製造技術です。産総研のQufab(超伝導量子回路試作施設)は、多くの方に使っていただけるよう、今年10月からファンドリーサービスを開始する予定です。
「ビジネス創出を考えたときに、基本となるインフラや場所を一から整備することは、企業やスタートアップにとって大きな負担となります。産総研は、『産業競争力強化法』に基づき、所有する設備や場所を提供できる唯一の研究開発法人です。産総研にて共同開発した成果をそのままビジネス化することが可能なため、国内外の企業やスタートアップから数多くの期待と関心が寄せられています」と、堀部は反響の大きさを語ります。
古典コンピュータとのハイブリッドでユースケース開発を加速
量子コンピュータを「ツール」として使おうとしたとき、まだできることは限られています。そこで今、主流となっているのは、古典コンピュータ(既存のコンピュータ)と量子コンピュータを組み合わせて使う手法です。G-QuATは、このハイブリッド環境をいち早く構築し、ユースケース開発を加速していきます。
ユースケースが増えるほどユーザーの裾野は広がりますが、ここでも産総研の強みを発揮することができます。産総研の7つの研究領域では、すでに計算機を使った新たなソリューションの開発に取り組み、連携企業が社会実装するというモデルが構築されています。そこに量子やAIといった新たな計算技術を取り入れることで、産業的に価値のあるソリューションのスピーディーな創出が期待され、量子技術のビジネス利用の促進へと繋がる道が開けるでしょう。
また、来年3月完成予定の量子・AI融合研究棟の2階にインキュベーション・コラボレーションスペースを設け、ビジネス創出を目指すユーザー、ベンダー、サプライヤー、投資家などに開放します。人と人がつながる場を提供することで、多様なステークホルダーの協業を誘発し、ビジネス創出を加速しようという考えです。こうしたインフラ整備を進める中で、情報セキュリティの重みが増していると吉田良行は言います。「量子は、半導体やAIとともに重要・新興技術として位置づけられており、技術情報をどう守っていくか議論を重ねるとともに、新しい研究棟のセキュリティゾーニングの検討を進めています」
量子・AI技術が「使える」社会へここ数年が勝負の時
量子コンピュータの分野で、技術とビジネスの両面で世界に勝つため、「今後3年から5年が勝負の時」と堀部はみています。
「計算インフラが産業ツールとして使われることで日本の労働生産性が向上し、経済的豊かさにつながればと考えています。また、例えば介護ロボットや自動走行運転などロボットと協調した世界が、量子・AI技術のハイブリッドで20年先くらいには実現してほしいと思います」
吉田は、量子・AI技術が社会実装された将来像を次のように思い描きます。「究極は、世の中の皆さんが量子コンピュータを使っていると意識せずに計算ができる社会です。そもそも普通のコンピュータも、計算はCPUを使い、表示はGPUを使っているなどと意識していませんよね。それと同じで、どういう場面でも『おや、計算が早いね』『実は量子技術を使っているんだよ』というような社会になるのが理想形です」
ビジネス創出が進めば、やがて量子コンピュータがごく普通に使われる社会が到来するでしょう。世界で唯一無二の研究センターを目指して、先進的な設備と独自のコンセプトを詰め込んだG-QuAT。その取り組みが本格化し、日本の存在感を世界に示そうとしています。
本記事は2024年9月発行の「産総研レポート2024」より転載しています。
*1: 2022年4月22日統合イノベーション戦略推進会議決定[参照元へ戻る]
*2: 2023年4月14日統合イノベーション戦略推進会議決定[参照元へ戻る]
量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)
副センター長
堀部 雅弘
Horibe Masahiro
量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)
副センター長
吉田 良行
Yoshida Yoshiyuki
産総研
量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)