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月にも標準時が必要?月面開発時代の「月の時計」を考える

2026/10/30

COLUMN

月にも標準時が必要?月面開発時代の「月の時計」を考える

     現在、人類は再び月を目指しています。しかし月で活動するには大きな課題があります。それは「時間をどう合わせるか」。地球では当たり前の標準時を、月では新たに定める必要があります。

    月に「時間」は必要なのか

     現在、月には人が常駐していません。そのため、「月の標準時」がなくても大きな問題はありません。しかし、今後は状況が変わります。米国主導のアルテミス計画では、宇宙飛行士が再び月面に降り立ち、将来的には長期間滞在する拠点の建設も構想されています。また、月面探査ロボットや資源探査機が増え、複数の国や企業が同時に活動する時代が訪れようとしています。

     複数人で協働して月面活動をするには、全員が同じ時刻を共有しなければスケジュール通りに進行できません。さらには、月面着陸船を制御して月面基地や資源の豊富な場所を狙って着陸するには、正確な位置情報が必要となります。そこで、月版の衛星利用測位システム(Global Navigation Satellite System, GNSS)を構築する必要があります。そのためには、月を周回する人工衛星に搭載される時計を、月の標準時を基準として監視しなければなりません。

     しかし、各国が独自の時間の基準を使い始めたらどうなるでしょうか。通信や測位、探査活動の調整は複雑になり、事故やトラブルの原因にもなりかねません。これは、インターネットが世界規模のネットワークとして発展する上で、共通規格が不可欠だったのと同じです。月面経済圏を発展させるためには、まず共通ルールが必要なのです。

    月の時間は地球と同じではない

     では、地球の時計をそのまま月に持っていけばよいのでしょうか。実はそう簡単ではありません。その理由はアインシュタインの相対性理論にあります。一般相対性理論によれば、時間の進み方は重力ポテンシャルに影響を受けます。重力ポテンシャルが低い場所では時間はゆっくり進み、高い場所では速く進みます。地球でいうと、標高の高いところほど時が速く流れ、時計は速く進みます。当然、月面と地球上とでは重力ポテンシャルが違うため、時計の進み方も変わってきます。月面の時計は地球上の時計に対して1日あたり約56マイクロ秒速く進むことになります。また、月は地球の周りを公転しながら太陽の周りを回っているため、一般相対性理論と特殊相対性理論の両方の影響を受け、地球で観測される月面の時計は約1カ月周期で進み方に変動が生じます。

     人間が生活する上ではまったく気にならない差ですが、衛星測位や通信システムでは大問題です。GPSのような測位システムにおいては、マイクロ秒の時間の誤差は300メートルの距離の誤差となります。月面で高精度な測位や通信を行うには、地球とは別の時間基準を整備する必要があります。

    月と約10,000メートルあたりの上空と地上での時間のずれを表した図
    時計はそれをどこに置くかによって進み方が変わる

    「月の標準時」とは何か

     現在検討されているのが「Lunar Reference Time Scale(LRTS)」、いわば月版の標準時です。考え方は地球の協定世界時(UTC)によく似ています。世界中が共通の時計を使うことで通信や交通、金融システムが成立しているように、月でも共通の時間基盤を整備しようという考えです。

     まず、どこの重力ポテンシャルで月の標準時を定義するかが課題となっています。地球のUTCは、平均海面に基づくなど重力ポテンシャル面(ジオイド面)に時計を設置したときに刻む時刻として定義されています。一方、月の標準時では、月の中心を基準にするのか、月面を基準にするのかなど、国際的な議論が始まったばかりです。

     また、月の時間は地球と完全に切り離されるわけではありません。地球との通信や探査機の管制には連携が不可欠です。そのため、月の標準時と地球のUTCをどう結び付けるかも重要なテーマになっています。

     現在、国際天文学連合(IAU)、国際電気通信連合(ITU)、国際度量衡局(BIPM)、各国宇宙機関などが連携し、月の標準時の検討を進めています。国際度量衡総会(CGPM)では、それらの機関を調整しながら国際標準を構築するための枠組みづくりが議論されています。こうしたルール作りでは、技術的な最適解だけでなく、国際的な合意形成や時代の要請も重要です。月の標準時をめぐる議論も、そうした観点から進められています。

    月に都市ができる時代に向けて

     今はまだ、「月の標準時」という言葉に現実味を感じないかもしれません。

     しかし100年前、多くの人にとって世界中が同じ基準で時刻を共有する未来も想像しにくいものでした。現在では、スマートフォン、金融取引、通信ネットワーク、GPSなど、社会のあらゆる仕組みが正確な時間によって支えられています。

     月の標準時も同じです。今議論されているのは単なる時計の話ではなく、未来の月面社会を支えるインフラづくりなのです。月面基地が建設され、宇宙飛行士とロボットが働き、企業が資源開発を行う。そんな時代が訪れたとき、「今、月では何時なのか」を世界共通で答えられる仕組みが必要になります。

     人類が月に都市を築く未来に向けて、その第一歩となる時間のルール作りが静かに始まっているのです。

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