ポアデバイスとは?
ポアデバイスとは?

2026/09/16
ポアデバイス
とは?
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
ポアデバイスとは?
ポアデバイスとは、マイクロメートルからナノメートルサイズの細孔を用いて、細胞から分子までさまざまな大きさの対象を、一粒子レベルで検出・識別する装置です。粒子を非標識かつリアルタイムで検出できることを特徴としています。一分子の識別ではすでにDNAの塩基配列を調べる装置として実用化されており、今後は産業や医療現場での活用が見込まれています。
細胞や分子などが非常に小さな孔(ポア)を通過する際に生じる電流の変化を利用するのが、ポアデバイスです。現在実用化されているナノポアデバイスには、生体由来のタンパク質を利用した生体ポアが主に用いられていますが、産総研では半導体微細加工技術を活用した無機材料のポアデバイスを開発しています。ポアデバイスの特徴や、現在研究開発を進めている装置について、健康医工学研究部門 細胞ハンドリング・診断技術研究グループの横田一道主任研究員に聞きました。
ポアデバイスの仕組みと活用例
構造と原理
ポアデバイスの内部では、絶縁体膜にポアが形成されています。ポアデバイス内部を電解質溶液で満たし、電圧をかけてイオン電流を計測します。そして、粒子がポアを通過する際、イオン電流が阻害されて特徴的なパルス状の波形が現れます。この波形の形状から通過した粒子を識別するのがポアデバイスの原理です。
例えば、パルスの高さ(落ち込み具合)が大きいほど粒子のサイズが大きいことを意味し、パルスの幅(粒子の通過時間)は粒子の表面電荷と相関します。2種類以上の粒子が混在していても、このパルスの形状から粒子の種類を識別できるというわけです。
粒子がポアを通過する様子(緑の小粒はカチオン、黄の小粒はアニオンを表す)
粒子がポアを通過すると、イオン電流が阻害されてパルス状の波形が現れる
実用化例
ポアデバイスの最大の特徴は、非標識かつリアルタイムで一粒子を検出・識別できる点です。蛍光標識などの事前処理が不要であるため、サンプル処理にかかる時間や試薬のコストを抑えることができます。また、装置によっては持ち運び可能で、USB給電で稼働するほど省電力なタイプもあります。
現在、研究現場で広く使われているポアデバイスがナノポアDNAシーケンサーです。DNAシーケンサーとは、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4種類ある塩基配列を調べる装置のことです。研究室では多数のサンプルを低コストで解析できる次世代シーケンサーが使われていますが、装置が大型で研究室外に持ち出せるものではありません。また、サンプルが大量にあって初めてコストメリットが生じます。
これに対してナノポアDNAシーケンサーは省電力で持ち運びが可能なので、医療現場やフィールドワークで感染症の原因特定のために使われることがあります。現地ですぐに解析できるというリアルタイム性もポアデバイスのメリットの一つです。
生体ポアと固体ポア
ポアデバイスのポアは、その材料と作製法によって生体ポアと固体ポアの2種類に大別されます。
生体ポアは、脂質二重膜を貫通するタンパク質が使用されます。先ほど紹介したナノポアDNAシーケンサーに搭載されているのも生体ポアです。生物由来のタンパク質をさらに加工したものを用いており、ナノメートルレベルのポアを実現しています。ただし、生体由来材料は人工材料に比べると、安定性や耐久性に課題もあります。
これに対して固体ポアは、半導体微細加工技術を用いて無機材料で作製したものです。シリコンを使用したウエハー上の薄膜(窒化シリコン:SiNx)などを絶縁体膜としてポアを形成します。生体ポアほどの小さいサイズのポア径を作る技術はまだ実用化されていませんが、検出対象物に合わせてポア径を最適化でき、工業的に安定して生産できるメリットがあります。
また、ポアに直接電極を取り付け、トンネル電流という量子現象を利用して識別精度を向上させる取り組みがあるなど、アプローチの幅広さもあります。
産総研におけるポアデバイス開発
一細胞評価技術の開発
産総研では、ポアデバイスを用いて一細胞検出・識別を目指して研究開発を行っています。固体ポアの中でも、マイクロメートルサイズのポアの作製は比較的容易です。また、一般的な細胞検出・識別では免疫染色や蛍光免疫反応などの処理が必要で、観察範囲は顕微鏡の視野に限られますが、ポアデバイスであればサンプルの事前処理は不要で、サンプル中の多くの細胞を連続的に解析できます。将来的にはハイスループット化が期待できると考え、細胞検出・識別デバイスとしてのポアデバイスの開発に取り組んでいます。
血中循環がん細胞の検出
がん患者の血液中には、腫瘍からはがれ落ちたがん細胞が含まれていることがあり、その検出は転移リスクや治療効果の判定に活用できると期待されています。血中のがん細胞のことを血中循環がん細胞(Circulating Tumor Cells, 以下「CTC」)と呼び、血液検査によってCTCを評価するには、同じく血中に存在する免疫細胞の一つである白血球などとCTCを識別する必要があります。
CTCは、白血球と比較して細胞サイズがやや大きいという違いがあります。また、CTCでは細胞表面に発現しているタンパク質のパターンが正常細胞と異なり、表面電荷が変化していることも報告されています。こうした背景から、ポアデバイスが測定するパルス形状から両者を識別できるのではないかと考えました。
産総研が開発したポアデバイスを用いた実験において、電解質溶液の濃度を調整するなどの工夫をした結果、95.5 %という高い精度でCTCを模した白血球中のがん細胞を識別することに成功しました*¹。今後は、白血球数千万個に対してCTC数個程度という実際の臨床検体に近い条件下でも、CTCを検出できるかが開発のポイントになると考えています。
赤血球の変形能による疾患リスク評価
感染症の一つであるマラリアは、マラリア原虫が赤血球に寄生することで発症します。マラリア感染赤血球は正常な赤血球より変形能が劣る、つまり硬くなるという性質があります。これに着目して、正常赤血球とマラリア感染赤血球をポアデバイスで識別できないかと考えました。
検証した結果、ポアデバイスから得られるパルス波形は、正常な赤血球は左右対称を取るのに対し、マラリア感染赤血球は非対称でした*²。ポアデバイスによって細胞変形能を評価できることを示すものです。これを応用すれば、赤血球の変形能の低下と相関する疾患、例えば糖尿病やその合併症などの診断デバイスとしてポアデバイスを活用できる可能性があります。
AI活用の可能性
ポアデバイスによる一細胞・一分子の識別は、パルス形状を基に行います。しかし、人間の目による判断には限界があります。人間には判別できない物理シグナルの違いを発見したり、細胞変形能など複雑な指標を引き出したりするには、機械学習に代表される人工知能(AI)を用いた解析が有効であり、今後必須になると考えられます。
今後の展望
産総研で開発しているポアデバイスは固体ポアを使用しており、一細胞を識別するマイクロメートルサイズであれば、現在の技術でも大量生産可能であるため、社会実装に向けた迅速な展開が期待できます。
生物学、生命科学、医学などさまざまなバックグラウンドを持つ研究者とのディスカッションを通じて、ニーズやヒントをつかみながら研究開発ができるのが産総研の強みです。例えば、産総研四国センターにはマラリア診断デバイスを開発する研究者が在籍しており、生物学的サンプルを活用した研究を進めやすい環境があります。こうした研究者同士の連携も、ポアデバイスの研究開発を支えています。
ポアデバイスの社会実装に向けては、基礎研究や医学研究だけでなく、医療機器メーカーとの連携も重要になります。多様な分野の専門家や企業担当者との意見交換を通じ、それぞれの知見を取り入れながら社会実装を目指したいと考えています。
*1: Kazumichi Yokota,Muneaki Hashimoto,Kazuaki Kajimoto,Masato Tanaka,Sanae Murayama,Makusu Tsutsui,Yoshihiro Nakajima,Masateru Taniguchi & Masatoshi Kataoka
Effect of Electrolyte Concentration on Cell Sensing by Measuring Ionic Current Waveform through Micropores
Biosensors 2021, 11(3), 78;
https://doi.org/10.3390/bios11030078
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*2: Kazumichi Yokota,Ken Hirano,Kazuaki Kajimoto & Muneaki Hashimoto
Measuring Asymmetric Ionic Current Waveform Through Micropores for Detecting Reduced Red Blood Cell Deformability Due to Plasmodium falciparum Infection
Sensors 2025, 25(15), 4722;
https://doi.org/10.3390/s25154722
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