「微細化する半導体プロセス」を支えるCNTペリクル
「微細化する半導体プロセス」を支えるCNTペリクル

2026/07/22
「微細化する半導体プロセス」を支えるCNTペリクル三井化学と産総研が日本発の技術で次世代を切り開く
半導体の高性能化を支える露光技術は、DUV(深紫外線)からさらに波長が短いEUV(極端紫外線)の利用へと進歩している。フォトマスクを守る防護膜の「ペリクル」は、半導体製造の歩留まりを保つために重要な部品だが、EUV露光や今後の高出力化に対応することの難易度は非常に高い。EUV露光技術の採用が拡大する中、高透過率と高耐久性を両立するペリクルの実現は長年の課題だった。そこで、ペリクル市場のトップランナーである三井化学は、産総研が持つカーボンナノチューブ(CNT)技術に着目。両者は、粉体であるCNTを均質な薄膜へと加工する産総研の分散技術を核に基盤技術を確立し、さらには高性能化を進めた次世代CNTペリクルの開発へと歩みを進めている。
半導体製造の影の主役「ペリクル」
人工知能(AI)活用の広がりは、高性能な半導体の需要を改めて喚起している。そうした要求に応え得る半導体の高性能化を支えてきたのは、半導体プロセスの微細化である。nm(ナノメートル、ナノは10のマイナス9乗)のオーダーから、さらに細かなÅ(オングストローム、10のマイナス10乗)のオーダーへと、プロセスはより微細になっている。産総研と三井化学は、こうした半導体プロセスの微細化を支える影の主役である、ある部材の開発において力を合わせている。その部材が、「ペリクル」である。
半導体は、フォトリソグラフィと呼ばれる技術で、フォトマスクからのパターンをシリコンなどのウエハー上に焼き付ける。その露光プロセスでは、フォトマスクに異物がついていた場合、転写したパターンを正確に再現することができない。そこで、「ペリクル」という防塵膜でフォトマスクをカバーする。異物がパターンの転写に影響を与えないように、ペリクルで浮かすことで焦点を外し、歩留まりを高める仕組みだ。このペリクルで、市場を牽引するのが三井化学株式会社だ。同社の鎌田潤は、「ペリクルは、最先端半導体の生産を、陰で支える存在です」と語る。
フォトリソグラフィの原理とペリクルの役割。フォトマスクに異物があると、ウエハーへのパターンの転写に影響を与えてしまう(左図)。ペリクルでフォトマスクをカバーすることによって、パターン転写時の異物の影響を無くす(右図)(三井化学EMS株式会社 ウェブサイトより一部改変)
世界トップシェアのペリクルメーカーであり、最先端の半導体製造プロセスに対応するペリクルの開発でも世界をリードする三井化学。同社の小野陽介は、「半導体は性能向上が常に求められ、微細化と高精細化がこれからも続くと考えられています。細い線幅で半導体にパターンを転写するには、波長の短い光を使う必要があり、現在はDUV(深紫外線)からEUV(極端紫外線)へと露光技術が発展する段階にあり、EUV露光機はすでに量産現場で広く使われています。ペリクルの側も、これまでのDUV向けの考え方だけではなくて、EUVの要求に合わせた対応が重要になってきています」と説明する。
DUVでは193 nmの光を使うプロセスが主流だが、EUVは13.5 nmと、さらに波長が短い光を使う。波長が短いEUVプロセスは、微細化の実現に貢献する。一方で、装置が高額に上るといった課題だけでなく、半導体製造の歩留まりを高めるために不可欠なペリクルへの影響も少なくない。
小野は、「ペリクルには、使用する波長の光に対して透過性が高いことが求められるのはもちろんのこと、過酷な半導体製造環境での使用に耐える耐久性も必要です。DUVは可視光や紫外線に近い特性を持つため、透過性の高い素材でペリクルを作ることができました。ところが、EUVはX線に近い性質の波長であり、多くの材料ですぐに吸収されてしまいます。当初は、EUVペリクルの実用化はほぼ不可能だと考えられていたほどです」と述べる。
素材を薄くすれば透過率は高められるが、薄くすると耐久性が損なわれてしまうというトレードオフが発生する。特にEUV露光環境は、真空下で水素プラズマによる侵食が生じる過酷な環境であり、薄くしても耐久性に優れた素材が求められていた。さらに、EUVを吸収することで、ペリクルは400~1000 ℃といった高温にも耐えなければならない。
困難と言われたEUV対応ペリクルの実現からCNTの活用へ
当初は“不可能に近い”とも見られていたEUVペリクルだが、シリコン系材料をベースとする技術でASMLが実用化を果たし、現在は三井化学がライセンスを受けて製造・販売している。それは大きな成果であったが、一方で、この第一世代のEUVペリクルは、EUV露光機の世代が進み出力が高まると、要求される性能を満たせなくなることが明らかになってきた。無機物であるシリコンでは、薄さと耐久性の両立に限界があり、高出力のEUV露光環境では十分に機能しない。そこで白羽の矢が立ったのが、炭素のみで構成されるカーボンナノチューブ(CNT)によるペリクルの開発だった。「CNTは、薄く、かつ密度が高く、透過性と耐久性に優れた性質を持っています。困難とされていたEUVペリクルの性能を高める上で、最適な素材の一つだと考えていました」と、小野は語る。
CNTの研究に20年以上携わってきた産総研の畠 賢治は、次のように話す。
「産総研には、CNTの発見者である飯島名誉フェロー以来のCNT研究の歴史があります。粉末状のカーボンナノチューブを膜にするための分散技術は、産総研で開発されたスーパーグロース法とeDIPS法が主流になっているように、これまでも多くの技術開発に貢献してきました。そうした中で2015年頃に、ベルギーの研究機構のimecがCNTペリクルを開発しているという情報が入ってきました」
産総研が開発してきたCNTの合成、分散、成膜に関する技術は、100社以上に情報提供され、20社以上に技術移転される形で日本の技術開発に貢献してきた。CNT技術において世界をリードしてきただけに、小野は「ヨーロッパのimecを中心にCNTペリクルの探索が始まっている中で、CNTの発見者である飯島名誉フェローがいる日本の材料が使われていないことに疑問を感じていました。一方で三井化学は、ペリクルの開発・製造に関する技術は有していたものの、CNTに関する知見はありませんでした。そこで、産総研の畠さんにお声がけし、CNTペリクルの研究が始まりました」と振り返る。
「オール産総研の技術を、三井化学に使ってもらっています。ベストタイミングでした」と、畠は語る。産総研でCNT製造の技術が熟し、技術移転先を求めていた時に、ちょうど三井化学からCNTペリクル開発の声がかかったのだ。
EUV露光に対応するシリコン系ペリクルに続き、次世代の高NA・高出力露光に対応するため、CNTを膜材としたペリクルの開発が進む
見えないものを扱う「職人科学」。分散技術が勝敗を分ける
CNTペリクル開発において、三井化学と産総研の共同研究は大きく2期に分けられる。第1期は、2016年度から2019年度にかけて、CNTペリクル製造の基本技術を確立した段階である。畠が「分散と成膜では、世界トップクラスの技術を持っている」と評価する、産総研の周英の力が発揮された。周は、「CNTは粉末であるため、用途に応じた適切な分散が必要です。元々は導電性の高いCNTの開発に取り組んでいましたが、三井化学から求められたのは、薄くて強い膜を作ることでした。これまでに培ってきた技術をチューニングし、目標を達成できるよう分散技術の検討を進めてきました」と語る。
産総研側でCNTペリクル開発を取りまとめた山田健郎は、「CNTの膜は薄くて透過性が高く、透明導電性フィルムとペリクルは求められる要件が類似しています。一方で、求められる性質は異なります。凝集しやすいCNTをどのようにほぐし、均一に分散させて、薄くて強い膜を作るかという点に、産総研の知見を生かしてきました」と、開発のポイントを話す。
研究を始めた当初は手探りの状態であった。周は当時を振り返り、「どのようなCNTを使い、どのような膜を作るべきかを探るところからスタートしました。CNTは黒色であるため、光学顕微鏡では観察できず、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いなければ状態を確認できません。さらに当時は、評価や定量化のための技術も確立されていませんでした。手探りで実験と評価を繰り返し、厚い膜から徐々に薄く、大面積で自立可能な膜を形成できるようになっていきました。三井化学からの高い要望があったからこそ、その目標を達成する成果につながったと考えています」と述べる。
畠は、「最適なCNTと分散技術を求めて研究を進め、さまざまな技術が競い合う中で、周の技術が生き残りました。決め手となったのは耐久性です。周は、CNTを分散させた溶媒について、評価技術が十分でなかった時期においても、視覚や攪拌時の感覚などから特性を見極める、いわばゴッドハンドともいえる技術を有していました。この技術は企業側では再現が難しく、技術移転の障壁となっていました。当時、小野さん含む三井化学の研究員が産総研にほぼ常駐し、周のもとで実践的に学ぶことで、その技術の習得に尽力されていました」と語る。
同時に産総研では、評価および定量化のための技術開発も進められ、現在ではゴッドハンドに依存することなく、CNTの分散技術を評価できる段階に至っている。小野は、「薄くて均質で強度の高いCNT膜の形成が可能となり、CNTペリクルの基礎技術を確立できました」と話す。
「ゴッドハンド」と評される周は自身の感覚を頼りに、CNTを最適な条件で溶媒に分散させる技術を確立した
製品化からその先の要望に応える次世代CNTペリクル開発へ
2020年からは、量産に向けた取り組みが開始された。「産総研の協力により確立したCNTペリクルの基礎技術を基に、三井化学において大型化や異物管理などへの対応を進め、量産プロセスを構築していきました」と、鎌田は説明する。いかに大面積で、薄く、かつ均質な製品を安定して製造するかという、新たなステージに進んだのだ。その後、フォトマスクをカバーできるフルサイズのCNT自立膜の開発に成功した。EUV露光装置を世界で唯一供給するオランダの半導体製造装置メーカーであるASMLと協力しながらCNTペリクルの評価を進め、2026年には量産および製品化に到達した。ここまでが、CNTペリクル開発の第1期の経緯と成果である。
同時に、第1期の製品化のめどが立ちつつあった2024年10月、鎌田はコロナ禍を経て、久しぶりに産総研を訪れたという。「製品開発の現状報告と、第1期で開発したCNTペリクルの課題について議論する場でした」と、鎌田は語る。その課題とは、さらなる半導体製造プロセスの進歩への対応だった。2025年にはEUV露光機の光源出力は500 Wに達しており、2030年以降の世代では1,000 Wクラスに到達すると見込まれている。鎌田は、「第1期のCNTペリクルでは次世代露光機に対応できない懸念があり、高出力に対応したCNTペリクルの開発が必要でした」と続ける。
こうして産総研と三井化学が再び議論を重ねる中、2025年末にNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)による半導体関連プロジェクトの公募が実施される。次世代CNTペリクルの開発は、この趣旨に合致するものであり、両者は第2期研究のターゲットの一つとして、本プロジェクトを位置づけ応募、2026年4月に採択され、1,000 WクラスのEUV露光機に対応する、超耐久性CNTペリクルの開発を目指し、2026年度から5カ年にわたる長期プロジェクトの後ろ盾を得るに至った。
畠は、「三井化学と産総研で、5年間の取り組みを通じて関係性をさらに深化させながら、プロジェクトを進めていきたいと思います」と、意気込みを語る。NEDOプロジェクトでは、「CNTの合成技術」「耐久性に優れた膜の開発」「分析・解析技術」「露光環境を模した評価技術」「エンジニアリングプロセス」の5本柱の開発目標を掲げる。EUV露光環境の進歩に対応する、次世代CNTペリクルを総合的に開発するプロジェクトが、いま始動した。
三井化学が持参した、従来品から一段と薄膜化を進めた超極薄CNTペリクルを披露した際の様子。メンバー全員で喜びと興奮を共有した
両者で手を組み、日本の技術を世界へ
再び手を組む三井化学と産総研のCNTペリクル開発は、日本や世界の産業にどのような影響を与えるのか。畠は、「三井化学はペリクル分野で世界トップシェアを有する第一人者です。一方で、CNTペリクルをめぐる参入競争は激化しています。常にトップを走り続けるためには、国際競争に勝ち抜かなければなりません。そのために産総研は、全力でサポート・応援します。鬼のような勢いで突きつけられる三井化学からの要望に、現場の周は悲鳴を上げているかもしれません」と笑う。
その周は、「三井化学と行う毎月の定例会議は、非常にワクワクします。目標は高いものですが、その達成に向けた取り組みには大きなやりがいがありますし、研究者としての充実感も感じられて幸せです。社会貢献につながるという点もうれしいですね」と、研究者として真正面から三井化学の期待に応えている。三井化学側の視点から小野は、「欠陥のない高品質なCNTを実現できれば、将来のあらゆる世代の露光機に対応可能となります。産総研とともに、その理想にどこまで近づけるかを追求していきたいと考えています。産総研は、合成だけでなく、加工や分析評価の面でも高い技術力を持っています。その強みを最大限活用し、世界の競合に打ち勝つ将来を描いています」と、今後を見据える。
社会的意義の観点から鎌田は、「半導体はAIのみならず、自動運転やデジタルトランスフォーメーション(DX)などの進展を支える基盤技術です。そのため、微細化プロセスの高度化と高速化の流れが緩むことはないでしょう。半導体の性能向上と生産性向上の両面から、次世代CNTペリクルが、社会に貢献していくと考えています」と語る。また山田は、こうした企業との共同研究が、産総研にも新たな価値をもたらすと指摘する。
「国立研究機関である産総研と企業とでは、考え方や開発手法、スピード感などが異なります。いかに製品として仕上げるかといった視点やスピード感を、研究者にフィードバックできる点で、極めて貴重な機会です」
畠は最後に、「三井化学との共同研究、そして今後のNEDOプロジェクトでは、より高度な技術が求められます。産総研の技術力向上に資するだけでなく、国立研究機関として、ペリクル以外のCNT応用分野にも、本研究で得られた成果を展開していきたいと考えています。CNTの活用領域がさらに広がれば、我々にとって大きな喜びです」と語る。
次世代CNTペリクルの開発は半導体進歩の基盤技術となるだけでなく、この“見えない膜”が、社会の進歩を根底から支えていくことは間違いない。
三井化学株式会社
ICTソリューション事業本部
開発部
ペリクルソリューショングループ
チームリーダー
小野 陽介
ONO Yosuke
三井化学株式会社
ICTソリューション事業本部
半導体・光学材料事業部
ペリクルソリューショングループ
CNTプロジェクト
サブリーダー
鎌田 潤
KAMADA Jun
ナノカーボン材料研究部門
副研究部門長
山田 健郎
YAMADA Takeo
ナノカーボン材料研究部門
ナノデバイス・評価研究グループ
主任研究員
周 英
Ying Zhou
三井化学株式会社
産総研
材料・化学領域
ナノカーボン材料研究部門