光周波数コムとは?
光周波数コムとは?

2026/10/07
光周波数コム
とは?
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
光周波数コムとは?
光周波数コムとは、たくさんの色成分を含む特殊なレーザー光で、色成分を分解して横軸に周波数をとると、くし(コム、comb)のように見えることからそう呼ばれます。または、その光を発生させる装置を指すこともあります。このくしの歯の間隔が常に等しいことを利用して、レーザーの周波数を測定する「光の物差し」として使われています。長さ(メートル)や質量(キログラム)の定義の実現にも関わっており、今後は時間(秒)の再定義への貢献も期待されています。さらに、分光学や天文学などへの応用も進んでいます。
レーザーの周波数は著しく高く、測ることは困難でした。光周波数コムはこれを解決する「光の物差し」です。日本では、産総研が保有する光周波数コムと原子時計を組み合わせたシステムが、長さに関わる国家標準となっており、レーザーの周波数の校正や長さの定義の実現に大きく貢献しています。物理計測標準研究部門 光周波数計測研究グループの稲場肇研究グループ長に、光周波数コムの特徴や応用例、今後の展開などについて話を聞きました。
光周波数コムとは
光周波数コムの作製法と特徴
光周波数コムの理解は、まずレーザーの理解から始まります。
レーザーとは、光共振器の中で光が往復し、特定の周波数成分が強くなって出力された光のことです。その中で、モード同期レーザーというレーザーが光周波数コムの主要な光源となっています。モード同期レーザー内部では異なる周波数の光がいくつも共鳴しており、それらの波の腹の位置は同期しています。モード同期レーザーは、10〜100フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)程度の超短光パルスを発生することができます。
この横軸が時間で表される超短光パルスをフーリエ変換し、横軸を周波数にして表すと、周波数間隔が等しく、鋭いピークが並んだスペクトルになります。この構造がくし(コム、comb)のように見えることから、「光周波数コム(以下、光コム)」と呼ばれます。
周波数軸上ではくしのようなスペクトル=光コム
超短光パルスをフーリエ変換によって周波数軸上で描いたものが光コム
「光の物差し」と呼ばれる理由
光コムは、光周波数の測定を高精度かつ容易に行うことを可能にしました。かつて、レーザーの周波数を測定するには、基準となる原子時計からの信号の周波数を、測りたいレーザーの周波数に近づくまで何回も整数倍する「周波数チェーン」という巨大で複雑な装置が用いられていました。これは、部屋いっぱいの装置群を用い、数人の研究者が数年を費やすほど手間と時間がかかるものでした。
この状況を一変させたのが光コムです。光コムには、広い波長域にわたって、その周波数間隔(繰り返し周波数)が一定という性質があります。そのため、各光コムのくしの歯一本一本の周波数が、繰り返し周波数の整数倍に基づくことになり、繰り返し周波数を原子時計に同期させれば、レーザーの周波数を正確に測ることができます。具体的には、光の周波数でも、近い二つの周波数の差はうなり信号として電気的に測定できるため、測定したいレーザーの周波数と、光コムのくしの歯一本との周波数差を測定することで目的のレーザーの周波数が分かります。このため、光コムは「光の物差し」と呼ばれます。
2005年のノーベル物理学賞を受賞した3人のうち、米国のジョン・ホール氏とドイツのテオドール・ヘンシュ氏の受賞理由が「光周波数コム技術を含む、レーザーに基づく精密分光法の開発への貢献」であることからも、光コムの革新性がうかがえます。
光コムの応用例
長さの国家標準への貢献
光コムの代表的な利用例が、長さの国家標準です。国際単位系(SI)において、現在の1メートルは、「光が真空中を299 792 458分の1秒間に進む距離」と定義されています。これは「光の速さを299 792 458メートル毎秒に固定する」という意味でもあります。
企業、大学、研究所などにおいて、長さの精密測定にはレーザーの波長が使われます。レーザー波長(λ)、光速(c)、周波数(ν)の間には、λ=c/νの関係があります。レーザーの波長を知るためには、レーザーの周波数を測る必要があります。その周波数を測るために使われるのが光コムです。
日本では、光コム装置と、協定世界時に同期した原子時計とが、国家標準として登録されています。校正事業者が波長安定化レーザーを産総研に持ち込み、私たちが光コムと原子時計を用いてその周波数を校正します。事業者は、その校正されたレーザーを基準として、他のレーザー装置、標準尺、およびブロックゲージなどを校正します。
キログラム定義改定の貢献と秒の定義改定に向けて
国際単位系(SI)には、メートルを含め7つの基本単位があります。このうち、質量の単位であるキログラムは、2019年5月20日に定義が改定され、基礎物理定数のうち、光速とプランク定数を用いた定義になりました。定義の改定にあたっては、産総研は海外の国家計量機関などと協力してシリコンの球体を製作しました。光コムも、その球径を光コムに周波数安定化したレーザーで測定するという形で貢献しました。
そして現在、秒の定義改定に向けて議論が進んでいます。新たな秒の定義を実現する装置として、候補に挙がっているのが光格子時計です。この光格子時計で発生する光の高い周波数を、実際の時計で使える低い周波数帯の信号に変える役割を光コムが担います。
デュアルコム分光計とガス温度測定
原子や分子は、特定の波長(周波数)の光を吸収する性質を持っており、吸収する周波数は原子や分子によって異なります。この性質を利用して、原子や分子を分析することを分光測定といいます。光コムは広い範囲にわたって細かいくしの歯状の周波数成分を持ちます。しかし、周波数間隔が狭すぎて、一般的な分光器の性能では光コムのくしの歯一つ一つを分離して測定することができません。それではくしの歯が細かいことと、その周波数が分かっているという光コム最大の利点を生かすことができません。
そこで、私たちは、ガスを透過させる光コムのくしの歯を繰り返し周波数(くしの歯の間隔)がわずかに異なるもう1台の光コムを用いて検出する、デュアルコム分光法について研究しています。産総研では、高い分解能を生かしつつこれまでにない広い波長帯域を一度に測定することに成功しています。今後、ガスの分光データベースへの貢献や、高速な過渡現象の観察などが期待できます。
デュアルコム分光の原理
青=signal comb 赤=local comb
また、ガス分子による光の吸収スペクトルの形状は温度と相関することが分かっており、この原理に基づき、デュアルコム分光計で取得した吸収スペクトルからガスの温度を知ることができます。2018年の原理実証の時点で±1 ℃程度の精度を確認しており、現在は高精度化に向けた研究を進めています。
天文コム
太陽系の外にある惑星(系外惑星)の探索にも、光コムの利用が進んでいます。系外惑星が恒星の周りを公転すると、その重力の影響によって恒星もわずかに揺さぶられます。この運動を地球から観測すると、ドップラー効果により、恒星から届く光の波長がごくわずかに変化します。光コムを天体光と同時に分光器で観察することにより、光コムが分光器の正確な波長目盛となり、天体光の波長変化を高精度に測定できます。
私たちは国立天文台と協力し、天体観測用光コム「天文コム」の開発に取り組んでいます。これまでにハワイ観測所岡山分室に光コムを設置し、数年にわたり遠隔運用してきました。その経験を基に、2026年3月にはハワイ・マウナケア山頂の「すばる望遠鏡」に同様の天文コム装置を導入しました。現在は試運転を行っており、今後すばる望遠鏡における天体観測での利用を予定しています。
光コムの課題
産総研で開発された光コムのいくつかは技術移転されて民間企業から販売されています。研究用途や、工場などの生産現場で活用できる状況にはなっています。とはいえ、現状は一台一台手作りです。今後、光コムをより小型で堅牢な装置として実現できれば、産業現場での計測やガス検出、車載用途など、応用範囲がさらに広がる可能性があります。光コムが宇宙空間で利用され、精密な長さや時間の計測、ガス検出などに活用されるようになるかもしれません。
産総研の強みと今後の展望
私たちの強みは、光コムの開発者・製作者であると同時に使用者でもあることです。自分たちで作って使うからこそ、課題や改善可能な部分が見えやすいのだと思います。修理や改善にかかる時間が短くて済むため、研究が迅速に進むという効果もあります。
光コムの性能自体は成熟しつつあり、現在は小型化や応用範囲が広がっていく段階にあると考えています。多くのレーザーは基本的に光コムに置き換え可能で、かつ光コムならではの付加価値が期待できます。光コムの応用は今後、私たちが今想像できないほど広がっていくでしょう。新たな挑戦や応用の芽があれば、研究者として、その未来を切り開いていきたいと考えています。