強力にくっつけて簡単に解体できる革新的なミドリムシ由来の接着剤
強力にくっつけて簡単に解体できる革新的なミドリムシ由来の接着剤

2026/08/26
強力にくっつけて簡単に解体できる革新的なミドリムシ由来の接着剤
持続可能な社会に向けて、石油由来製品に替わるバイオベース材料の開発が求められています。産総研では、ミドリムシ由来の接着剤を開発。石油由来の接着剤に匹敵する強度を持ち、加熱して簡単に解体することもできます。そのため、社会課題となっている使用済み自動車部品のリサイクルに貢献できると、高い関心が寄せられています。また今後、ミドリムシ由来の幅広い材料創成が期待されます。
パラミロンから材料を生み出す世界初の“藻類化学”が始動
小中学校の理科で習うミドリムシ。そんな身近な微生物を使って、環境にやさしい材料をつくる意欲的な研究が産総研で行われています。2010年にこの研究をたった1人で始めた芝上基成に、ミドリムシに着目した理由を聞きました。
「数ある微細藻類の中でも、培養しやすいこと、餌を食べたり光合成をしたりと栄養の多様性があること、体の中にパラミロンという非常に有用な物質を大量に溜め込むことができることが挙げられます。これなら原料を大量供給できると思ったのが研究を始めたきっかけです。また、藻類学、培養工学、材料化学の3つを合わせた分野を独自に“藻類化学”と呼んでいますが、競争相手がいないのでパイオニアになれるかもしれないと考えました」
2013年、芝上はパラミロンを主原料とするミドリムシプラスチックの開発に成功し、注目を浴びました。他にも、粘着剤、超吸水性フィルム、繊維、薬をはじめ、幅広い材料の開発に取り組んでいます。
その研究を大きく前進させたのが、2人の研究者との出会いです。まず2021年に氷見山幹基が研究に加わり、パラミロン誘導体の合成で活躍しています。その後、新たなパラミロン誘導体のアプリケーションとして接着剤の開発に取り組んでいましたが、知見も技術もなく1年ほど悪戦苦闘が続く中、2023年に接着の専門家である寺崎正とつながりました。
バイオベース接着剤の常識を覆す驚きの接着強度30 MPaを達成
寺崎は、応力発光を使って接着の「見える化」技術を開発し、成果をあげています。車や航空機の接着について長年研究してきた経験から、接着剤が求められる背景を次のように説明します。
「欧米では、車体を軽量化するため鉄の一部をアルミニウムやプラスチックにどんどん変えています。違う材料同士では溶接ができないため、接着という方法がとられ、接着剤の使用量が急増しています」
車体に使用されるエポキシ系接着剤の接着強度は20〜30 MPa(メガパスカル)なのに対し、一般的なバイオ系接着剤は1〜2 MPaしかありません。ところが、さまざまな条件で合成したパラミロンベースの接着剤で引張せん断強度を測定したところ、いきなり8 MPa、次に16 MPa、さらに30 MPaという高い数値が相次ぎました。「最初は計算を間違えたかと思い、スタッフに全工程を目の前で再試験してもらって確認したほどです。それくらい驚きの結果でした」と寺崎。
30 MPaの数値が出たのは、パラミロンに脂肪酸を付加して粉末状のパラミロンエステルを合成し、その粉末を熱プレスして厚さ0.05 mmの透明フィルムに加工したものです。それを、寺崎が表面処理した2枚のアルミニウム合金の板で挟み、加熱・冷却により接着して強度を測定しました。
芝上は、「寺崎と強度試験プロセスについて話す中で、ミドリムシプラスチックの知見が生かせると気がつき、同じ手法で脂肪酸を付加したのが今回開発したミドリムシ接着剤です。寺崎がいなければ、宝の持ち腐れとなるところでした」と振り返ります。
温度制御を見据えた有機合成により剥がしたいときだけ剥がせる
ミドリムシ接着剤は、熱をかけると溶けてくっつき、冷やすと固まるタイプのものですが、注目すべきは再び加熱すると簡単に剥がせる特性がある点です。試験片なら、手で引っ張るだけで剥がすことができます。しかも、熱をかければ再接着が可能で、解体と接着を繰り返しても接着力がほとんど落ちません。
この特性の陰には、氷見山の仕事があります。「パラミロン誘導体を合成するときに、接着強度はもちろん、溶かす時の温度を制御することも重要な目的となります。着脱する場所や材質に応じて温度を変えられるよう、さまざまなレパートリーを用意しました」
例えば車の場合、エンジン周りは高温になり、電子部品周りは熱に弱いなど、場所によって状況が異なります。さらに、エポキシ系接着剤を使うと車の解体が難しく、部品の再利用の妨げになってしまう問題がありました。その点、車に使える強度と解体し易い特性を併せ持ち、温度制御によって「つけたい所につけ、剥がしたいときだけ剥がせる」ことを可能にしたミドリムシ接着剤は、革新的な材料と言えます。
欧州では、廃自動車のリサイクルを推進するELV指令が発令され、2035年までに解体した資材の85 %をリサイクルする目標が設定されています。ミドリムシ接着剤は、そうした場面でも環境問題に貢献することができます。
見つけて、育てて、創り出す。一気通貫の開発で実用化の道を開く
今後の研究の方向性について、芝上は「見つけて、育てて、創り出す。その一気通貫を目指しています」と話します。
見つけるとは、より大量のパラミロンを溜められる、より短時間で細胞分裂するなど、原料生産に向いたミドリムシの株を探すことです。そのため、芝上や氷見山らが日本各地を飛び回って採取しています。
育てるとは、培養法の開発で、企業と連携して取り組んでいます。さまざまな廃液を栄養源にする研究もしており、培養の大幅なコスト削減が見込まれます。
創り出すは、産総研でパラミロン誘導体を合成し、さらに企業ともコラボして、さまざまな製品を生み出していくことを指します。すでに粘着剤、繊維、化粧品などで企業とのコラボが動き出しています。接着剤については車の他にも、「電子機器材料、水素自動車の水素タンク、風力発電の風車など、次世代産業と呼ばれる分野は軒並み接着剤のニーズが伸びています」と寺崎は幅広い用途を示します。
最後に、氷見山に今後の意気込みを聞きました。「第一の目標は、パラミロンを使った製品を世の中に送り出すこと。絶対に実現しようという気持ちで取り組んでいます。また、世界的にもミドリムシの研究はあまり進んでいません。最近は生物学的な広がりが見えてきて、学問的な面でもやるべきことが増えています」
ミドリムシから環境や産業に有用な材料をつくり出すパイオニアとして、今後の展開が大いに期待されます。
本記事は2025年9月発行の「産総研レポート2025」より転載しています。
生命工学領域
モレキュラーバイオシステム研究部門
招聘研究員
芝上 基成
SHIBAKAMI Motonari
生命工学領域
モレキュラーバイオシステム研究部門
バイオ分子探索研究グループ
主任研究員
氷見山 幹基
HIMIYAMA Tomoki
エレクトロニクス・製造領域
センシング技術研究部門
製造センシング研究グループ
研究グループ長
寺崎 正
TERASAKI NAO
産総研
生命工学領域
モレキュラーバイオシステム研究部門
産総研
エレクトロニクス・製造領域
センシング技術研究部門