メートル条約150年とこれから
メートル条約150年とこれから

2026/04/15
メートル条約150年とこれから 信頼できる計量に至るまでの過去と未来
2025年は「計量」の節目の年だった。150年前の1875年5月20日、世界共通の単位を定める「メートル条約」が当時17カ国の間で締結されたからだ。メートル条約は科学・技術の発展のみならず、スムーズな交易でも欠かせない意義がある。メートル条約の歴史と今後、そこにおける産総研の役割について、計量標準総合センター(以下、「NMIJ」) 計量標準普及センター 計量標準調査室の鍜島(かじま)麻理子室長に話を聞いた。
150年以上続く世界共通の単位と普及活動
私たちは普段、当たり前のように1メートルの長さや1キログラムの重さを測っている。車にガソリンを10リットル入れたら、それは10リットルであるという前提で料金を支払う。
鍜島は、「計量というものを普段意識することはないと思いますが、それだけ計量が社会に深く浸透している証しでもあり、正しく計量することは、社会の安心と公平性を下支えする大切な行為です」と話す。
正しく計量するには「単位」がいる。世界で共通の単位をつくり普及させようと、メートル条約が1875年5月20日に締結された。
「かつて、単位の基準は極めて曖昧なものでした。例えば、古代エジプトでは王の肘から中指の先までが長さの単位でしたが、これでは王が変わるたびに長さの基準が変わってしまいますし、国によって長さの単位も異なってしまいます。社会や科学技術が進み、産業革命を経て国同士の交流が活発になるにつれ、単位の統一、そして正確な基準が求められるようになったのです」(鍜島)
現在も効力を持つ国際条約の中で、最も古いものの一つとされているメートル条約。条約成立時の加盟国は、17カ国だったが、日本は成立の10年後にあたる1885年に正式加盟し、現在では準加盟国も含め101カ国が加盟している(2025年1月現在)。この枠組みのもと、約150年にわたり正確な計量・計測のための単位が定められ、世界中で使われている。
単位は先端科学でできている
「メートル条約は計測の歴史と共に歩んできました」(鍜島)
メートル条約というと、この条約そのものが長さの単位「メートル」のことをあれこれ決めているように感じられるが、そうではない。メートル条約では、世界共通の単位をつくり、それを世界に広めるための仕組みを定めている。条約が設置する最高機関は、全加盟国が参加する国際度量衡総会(以下、「CGPM」)、実務的な運営を担う理事機関として国際度量衡委員会(以下、「CIPM」)、そして事務局であり研究機関でもある国際度量衡局(以下、「BIPM」)などである。
「これらの機関は国際的に中立な立場にあり、国連からも独立しています。BIPMは、フランス・パリ近郊にあり、国際メートル原器や国際キログラム原器が保管されています。世界で唯一の原器類が保管されているBIPMは、第二次世界大戦中も攻撃の対象になりませんでした。それほど、国際社会において中立的で重要な存在と認識されているのです」と鍜島は話す。
そのメートル原器、キログラム原器は、1889年の第1回CGPMにて、長さと質量の単位「メートル」と「キログラム」の定義として定められた。
鍜島が自身の専門である「長さ」の定義について、歴史を踏まえつつ解説する。
1790年代、フランスで「自然に基づいた世界共通の不変の単位」を作る機運が高まった。当時、不変の存在といえば地球そのものであり、フランス・ダンケルクからパリを通りスペイン・バルセロナまでの子午線の長さが6年かけて測量された。この結果をもとに、北極から赤道までの距離を計算し、その1000万分の1の長さを1メートルと定めた。
そして1889年、第1回CGPMにおいて、メートルの定義をメートル原器の目盛り線間の長さと定義した。メートル原器は、白金とイリジウムの合金でできており、経年変化が小さく熱膨張係数が小さいという利点がある。また、歪みを抑えるためX字型の断面となっている点も特徴的である。第1回CGPMまでに、フランスやイギリスを中心とした技術力の高い国々で、不純物の極めて少ない合金を作製するために何年も費やし、断面形状や全体の形状について議論を繰り返した末に、ようやくメートル原器が完成した。
日本国メートル原器の断面
メートル原器は複数作製され、そのうち最も測量の結果に近い長さのものを国際メートル原器としてBIPMに保管し、そのほかのメートル原器は当時加盟していた国に配られた。日本は1890年にメートル原器No.22を受け取り、中央度量衡器検定所(現在のNMIJ)が保管してきた。メートル原器No.22の校正証明書に記載された測定精度は、1メートルに対して±0.2マイクロメートル。鍜島は、「現在の技術から見てもかなりの高精度です」と、当時の測定技術の高さを評価する。
測量の結果を示す標準尺(ものさし)とメートル原器を比較してメートル原器に目盛り線を刻線する、メートル原器同士を比較する、その比較を行ったのが、横動比較機、縦動比較機と呼ばれる大型の測定機だ。
以前NMIJで所有しており、現在は博物館に寄贈されている、昭和時代の縦動測定機。130年前もほぼ同様の構造の測定機であったらしい
測定機本体はメートル原器や比較される尺が均一な温度になるように、水を循環させて温度を安定化できるようになっている。当時としては最高級であろう顕微鏡がついており、目盛り線を正確に読み取り、比較できる。また、顕微鏡を精密に移動させるため、平坦なスライドと精密な送りねじ機構で構成されている。当時の先端科学、先端技術をもって実現されたのが、メートル原器という長さの単位の定義であった。
なお、キログラム原器は、一辺0.1メートルの立方体に入る水の質量を体現する、メートル原器と同じ合金の分銅としてつくられた。
そうしてつくられたメートル原器やキログラム原器だが、モノである以上、経年劣化や破損、盗難リスクから逃れられず、当初掲げられた「自然に基づいた世界共通の不変の単位」という理念を完全に実現したものとは言えない。
そこで、真に不変である「物理定数」に基づく定義に移行する。長さは1960年、クリプトンランプが発する光の波長による定義を経て、1983年からは光の速さによって定義されており、現在は「真空中の光の速さを299 792 458 m/s」と定められている。現在の日本の国家標準は「協定世界時に同期した光周波数コム装置」であり、光の速さの定義値「299 792 458 m/s」と正確に測定された時間(周波数)から高精度に光波長を決定することで、高精度な長さ標準を実現している。
これらの単位の進歩は、光技術、電気計測技術、周波数計測技術といった多くの技術の進歩によって実現されてきた。また、その定義の改定までの道のりは、長い時間と最先端の科学技術、そして、多くの国々の科学者たちの協力によって支えられている。
「科学技術の発展と単位の進歩は結びついています。産業や科学研究に計量が活用されるためには、正しく根拠のある計量が必要不可欠です」と、鍜島は計量標準の重要性を説く。
1960年、国際度量衡総会の決議により、世界共通の単位は、秒(時間)、メートル(長さ)、キログラム(質量)、アンペア(電流)、ケルビン(熱力学温度)、モル(物質量)、カンデラ(光度)の7つの基本単位をもとにすべての単位を表現する「国際単位系(SI)」にまとめられ、運用されている。また、これらの単位の定義や実現方法は、科学の進展に伴い改定されながら運用されている。
2019年には、7つの基本単位のうち4つの定義が改定され、これにより、SIのすべての基本単位が普遍的な物理定数に基づいて定義された。とりわけキログラムの再定義ではNMIJが大きく貢献した。(産総研マガジン「単位の基準は原器から物理定数の時代へ」)
計量標準普及センター計量標準調査室の鍜島麻理子室長
メートル条約のもうひとつの顔
メートル条約には、もう一つ重要な役割がある。それが、国家間の計測の同等性を相互に承認する仕組みの運営だ。これはCIPM相互承認取り決め(CIPM MRA)と呼ばれ、例えば、ある国で100グラムとして計量された製品は、別の国で再度計量することなく100グラムとして認められるという、1999年に開始した制度である。
もし、ある国での計量結果が別の国では認められない、ということになれば、別の国で輸入する際に再計量が必要になり、いわゆる「見えない関税」となってしまう。このような事態をなくすため、CIPM MRAに参加する国々は、お互いの計測結果が同じになるか、計測が正しく行われる仕組みになっているかを確認し合う取り組みを行っている。これにより、貿易における検査が簡素化され、時間やコストの削減につながる。
そしてNMIJは、日本の計量標準を開発・整備し、国内産業や科学研究に正確な基準を提供するだけでなく、国家計量標準機関として国際的な同等性を確保する業務にも取り組んでいる(産総研マガジン「計量トレーサビリティとは?」)。SIの維持・供給や国際的枠組みを決める国際会議へ代表機関として参加し、国際的な存在感を示している。NMIJは、長年にわたり国際度量衡委員を輩出しているほか、2019年からは臼田孝総合センター長がCIPMで幹事を務めている。
NMIJに保管されているメートル原器とキログラム原器のレプリカ
150周年記念式典で語られたメートル条約と未来
2025年5月20日、フランス・パリの国連教育科学文化機関(ユネスコ)本部にて、メートル条約締結150周年記念式典が開催された。式典にはメートル条約の加盟国が参列し、日本からも代表団が参加した。
この式典では、古代から現代にいたるまでの度量衡の歴史や、メートル条約の150年の取組みを振り返るとともに、これからの世界においてメートル条約が果たす役割について議論がなされた。
環境・医療といった社会課題の解決に対して、環境科学の計測標準(温室効果ガスの計測など)やライフサイエンスの計測技術(放射線治療やバイオマーカー分析など)がどのように貢献していくか、意見が交わされた。さらに、量子標準や宇宙科学での計測といった新しい技術によって開かれる世界についても話が及んだ。
これから訪れる未来において、平和で中立な国際協力の上に成り立つメートル条約がいかに大きな意味を持つかを改めて感じさせる式典となった。
メートル条約締結150周年記念式典に登壇する臼田孝計量標準総合センター長
秒の定義改定に向けて日本や産総研の立ち位置
150年を迎えたメートル条約の次なるターゲットが、「秒」の再定義だ。現在の秒はセシウム原子の共鳴周波数に基づいており、1億年間時計を稼働させたとしても僅か1秒程度しかずれないレベルの精度を実現している。しかし、情報社会・ネットワーク社会が進む中、時間・周波数の精度をさらに高めておく必要がある。
時間の精度をさらに2桁以上向上できると期待されているのが光格子時計だ。NMIJで開発している光格子時計は、協定世界時(UTC)と±1ナノ秒以内の精度で同期できるという、世界最高水準の結果を達成した。NMIJではどのような方式が秒の定義としてふさわしいか研究を続けており、同時に計量標準として現実的に利用可能な、安定的な光格子時計の開発にも取り組んでいる。(2024/06/08プレスリリース)
また、2026年の第28回CGPMでは、うるう秒の今後の運用についても議論される予定だ。順調に決議されれば、これまで数年に1回行われてきたうるう秒の調整が千年単位で行われなくなり、地球の自転の不安定さがデジタル社会に与えるリスクを排除した時の刻みが実現する。
メートル条約は150年以上にわたり、国際協力のもとで信頼できる計量の基盤を築いてきた。単位は科学技術の進展とともに進化し、社会や産業を静かに支え続けている。NMIJは国家計量標準機関として、確かな計量を未来へとつなぎ、次の時代の社会課題の解決に貢献していく。
計量標準普及センター
計量標準調査室
室長
鍜島 麻理子
KAJIMA Mariko
産総研
計量標準総合センター
計量標準普及センター