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強磁場不要の量子抵抗標準を世界に先駆け実現

強磁場不要の量子抵抗標準を世界に先駆け実現

2026/03/13

強磁場不要の量子抵抗標準を世界に先駆け実現

研究者の写真
    KeyPoint 製品の品質保証から国家レベルの計測まで、電気抵抗の正確な測定はものづくりの根幹です。物理計測標準研究部門 岡崎雄馬主任研究員らの研究チームは、従来必要だった巨大な強磁場を使わず、世界で初めて「8桁精度」を実現しました。ポイントは「量子異常ホール効果」。わずかな磁性を利用し、電気抵抗を国家標準レベルの精度で測定可能な仕組みです。

    研究の背景:現場で扱いやすい抵抗標準への期待

     現在の研究開発の現場では、測定対象となる物理量はいったん電気信号に変換し、電気測定によってデータ収録されることがほとんどです。そのため、正確な電気計測は分野を問わず科学研究の信頼性・再現性を下支えする基盤となります。またものづくりの現場でも、特に電気特性の評価や品質保証において、抵抗値がどれだけ確実に国家標準に結び付けられるかが、設計の妥当性や検査の信頼性を左右します。そのような測定の信頼性の基盤となっている電気抵抗の国家標準は、現在、「量子ホール効果(Quantum Hall Effect, QHE)」に基づく方式で運用され、精度と普遍性の面で世界的に信頼されています。しかし、QHEを利用するには、強磁場を発生させる超伝導電磁石などの大型・高価な設備が必要で、導入や維持には高度な専門性とコストが伴います。現場の感覚で言えば、よりコンパクトで扱いやすく、運用負荷の小さい標準が望まれてきました。
     そこで注目されているのが「量子異常ホール効果(Quantum Anomalous Hall Effect, QAHE)」です。QAHEは、強磁性体の自発磁化によって外部の強磁場を必要とせずホール抵抗が普遍定数に量子化される現象で、もし標準に適用できれば、装置の小型化・簡便化・低コスト化が期待できます。ただし、従来は微少な電流でも量子化が崩れやすく、国家標準に要求される精度(10-8レベル)を達成することが困難とされてきました。

    得られた成果:強磁場なしで標準精度を満たす技術的進展

     物理計測標準研究部門 岡崎雄馬主任研究員らの研究チームは、素子の設計・材料・製造プロセスを最適化し、さらに精密測定技術を高度化することで、量子化の安定性と精度を大幅に向上させました。
     具体的には、測定に必要な微少電流を流しても量子化が崩れにくい安定なQAHE素子を実現し、再現性ある測定を可能にしました。また、市販の永久磁石による弱い磁場を利用して試料内の磁化を整列させる工夫により、外部強磁場を使わず、QAHEの特性を生かしながら精度を改善しました。その結果、10 ppb(1億分の1)という極めて高い量子化精度に到達し、QHEとの直接比較で国家標準に要求される精度(10-8レベル)を検証しました。
     アメリカやドイツの計量研究所も同様の研究に取り組む中、産総研が世界で初めて標準精度を実証したことは、強磁場を使わない量子抵抗標準の実用化に向けた大きなブレイクスルーです。

    今後の展望:標準と産業への波及

     この研究は国家抵抗標準の高度化という公共的使命を担うもので、すぐに企業の装置として導入されるわけではありません。しかし、標準の世界と産業の現場は密接につながっています。今後は、素子のさらなる安定化やプロセスの標準化、長期安定性や環境変動を考慮した信頼性評価、国際度量衡局や各国計量研究所との国際比較による合意形成を進め、より広い現場に必要な精度を届けていきたいと考えています。


    Quantum anomalous Hall effect with a permanent magnet defines a quantum resistance standard
    Yuma Okazaki, Takehiko Oe, Minoru Kawamura, Ryutaro Yoshimi, Shuji Nakamura, Shintaro Takada, Masataka Mogi, Kei S. Takahashi, Atsushi Tsukazaki, Masashi Kawasaki, Yoshinori Tokura & Nobu-Hisa Kaneko
    Nature Physics volume 18, pages25–29 (2022)
    https://doi.org/10.1038/s41567-021-01424-8
    産総研:強磁場発生装置を用いない量子抵抗標準素子の開発に成功
    産総研:令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰を受賞

    物理計測標準研究部門
    量子電気標準研究グループ
    主任研究員

    岡崎 雄馬

    Okazaki Yuma

    岡崎 雄馬主任研究員の写真
    産総研
    計量標準総合センター
    物理計測標準研究部門

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