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世界を変えたコーティング研究のブレイクスルー

世界を変えたコーティング研究のブレイクスルー

2025/08/01

世界を変えたコーティング研究のブレイクスルー 常温セラミックコーティング原料の新基準!

研究者の写真
    KeyPoint 膜をつくることは、次の世界をつくること。汚れないトイレから強靭なインフラ、ロケットの低コスト化まで、「コーティング」は無限の可能性を秘めています。粒子を常温で吹き付けて膜を形成するAD(エアロゾルデポジション)法は、産総研発の技術。その原材料の選択肢を広げる新しい設計指針を提示しました。この研究で産総研論文賞を受賞した製造基盤技術研究部門コーティング・界面制御研究グループ、篠田健太郎研究グループ長に話を聞きました。

    【この研究ここがスゴイ】

    基礎研究からのブレークスルーで世界を変える。
    欧米企業なども注目する日本発のコーティング技術!

    ──産業界から注目されることになった要因は何でしょうか?

    篠田AD法の付着メカニズムは常温衝撃固化現象と呼ばれ、本論文賞の共同受賞者でもある明渡純さんが見出したものです。従来、コーティング原料の粉は1 μmより小さいサイズでは評価ができませんでした。私たちの研究成果によってその1粒1粒を定量評価できるようになり、そのメカニズム解明に大きく近づいたことからインパクトがあったのだと思います。本論文を機に類似の研究を開始したという話を多方面から聞くようになりました。全く関連が無いと思っていた分野にも波及効果があったようで、新たにご相談をいただく方が増えました。

     また、産総研がAD法を発表して20年以上経ちました。基本特許権の期限が切れてきて、各国もAD法の実装を虎視眈々と準備していた中で、引き続き産総研がこの分野でのリーダーシップを改めて示した意義は大きいと考えています。ハイブリッドエアロゾルデポジション法と名付けた次世代AD法も開発しており、次の10年をリードしていきたいと思います。

    ──コーティング技術研究のどのようなところに魅力を感じますか?

    篠田これまでAD法は、プロセスノウハウを秘匿し、特定の企業に対してライセンスする「クローズド戦略」を中心に技術移転を進めてきました。現在は、各国でプロセスに対する理解も深まり、高度な研究結果が各国からなされるようになってきたことから、協調領域を見極めて、技術開発を加速していく、オープンイノベーションを進める段階に研究ステージをシフトさせています。産総研に頂く産業界からの期待に応えたい気持ちと共に、技術的な先進性やリードをどう保っていけるかというプレッシャーも感じています。

     コーティング技術のようなプロセス研究の醍醐味は、新しい研究成果が一つ生まれるとそれまでのアプローチが全てひっくり返るところでしょうか。今回の研究成果への注目度の大きさを実感しています。私は学生時代からコーティングの基礎を研究してきました。所属研究室の標語は「基礎研究からのブレイクスルー」。しかしそんなブレイクスルーは、頻繁には起きません。基礎研究は本当に社会の役に立っているのかが見えにくいですが、本研究で信用されるバックデータに基づいた設計指針を示せたことで、一つの答えを出せたと思います。

    ──海外の研究機関や企業からも注目され、何か変化がありましたか?

    篠田コーティングが最も応用されているのは航空機の製造・開発で、NASAや欧米の研究が先行している分野でした。欧米を中心に分野が発展するなか、日本発の本技術は海外機関から関心を集め、海外から呼ばれて、講演や意見交換をすることになり、国際的にも認められたように思います。

     他にも、接点の無かった新しい分野への影響も実感しています。例えばコーティングの変形は地層のずれと同じメカニズムではないかと、地層を研究している方と議論をしました。これまでエビデンスが無く進んでいなかった他分野での研究も、本論文の成果が研究を具体的に進める起点になっています。

    実験器具と篠田

    【こんなあなたに知ってほしい】

    本知見を活用した大型の企業共同研究やプロジェクトが進行中。
    原料や半導体装置・部材のメーカーなど新しい企業群も高い関心。

    ──現在どのような分野でプロジェクトが進んでいるのでしょうか?

    篠田最も大きなものはガスタービン開発でしょうか。例えば、カーボンニュートラル時代の燃料として注目されるアンモニアを活用するには、システムを腐食から守るコーティングが不可欠です。重工業メーカーとの開発を進めています。また、循環経済社会の推進にあたり「リマニュファクチャリング」の要素技術として補修にコーティング技術を使う事業も進めています。(産総研マガジン「リマニュファクチャリングとは?」)

     この成果はコーティングの原料粉体を評価できる技術ですから、セラミック原料メーカーや、この技術が欠かせない半導体製造装置や部材メーカーからの問い合わせも増えています。

    ──今後どのような分野での発展・応用を期待されますか?

    篠田コーティング技術はこれまで材料開発、電池、半導体など日本の産業競争力の強化に向けて研究を進めてきました。今後は、社会課題の解決にも力を入れ、水素、アンモニア、合成燃料などのエネルギー・環境制約の解消、循環経済社会の構築、補修やインフラ長寿命化などにつなげる研究に取り組み、横断的に幅広く展開したいと考えています。

     航空機や医療分野などでのコーティング技術の研究は欧米が先行していましたが、欧米の研究と伍する日本発の技術が生まれ、海外企業や研究機関も私たちの技術に注目してAD法に取り組んでいます。また、リマニュファクチャリングにおいては金属補修のニーズが高いので、産総研ではコールドスプレーと呼ばれる金属スプレー技術の研究も開始しました。キネティックスプレー技術と総称されますが、セラミック向けと金属向けのコーティング技術の双方を強みにして、補修技術の体系化を目指していきます。

     本当に基礎研究からのブレイクスルーで、見える世界が変わってきています。

    コーティング作業を見守る篠田
    プラズマでコーティングする作業を見守る

    ──今後どのような方にどのように関わってほしいですか?

    篠田コーティングはニッチな産業です。人口減少が続く日本は、今後は業界全体でまとまって取組を進めていく必要があります。幸いにも、近年、学会などに参加する重工業系の企業が再び増え、コーティング分野の機運が高まっていると感じます。例えば大企業が産総研に投資をし、産総研がハブとなって、事業化に向けた技術開発と学術的な研究の協調領域に取組む場をつくる。そこに大学や学生に関わってもらいながら研究を行い、学生が関連する企業に就職して開発を続けていく。そうした産学官連携サイクルの拠点を創出できないか。それをやる気概とネットワークが産総研にはありますので、産学官あらゆる方々に関わっていただきたいと考えています。

     この研究について関心のある方は、ぜひお問い合わせください。


    受賞論文: Kuroyanagi, S., Shinoda, K., Yumoto, A., & Akedo, J. (2020). Size-dependent quasi brittle–ductile transition of single crystalline alpha-alumina particles during microcompression tests. Acta Materialia, 195, 588-596. [参照元へ戻る]

    エレクトロニクス・製造領域
    製造基盤技術研究部門
    コーティング・界面制御研究グループ
    研究グループ長

    篠田 健太郎

    Shinoda Kentaro

    篠田 健太郎研究グループ長の写真
    産総研
    エレクトロニクス・製造領域
    製造基盤技術研究部門
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