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傷を自分で直す、生物のようなコーティング新素材

2019/03/31

傷を自分で直す、生物のようなコーティング新素材ゲル材料を用いて、超撥水/親水性と自己修復性を両立

研究者2人の写真
    KeyPoint モノの表面に撥水性・撥油性・防汚性・防曇性などの機能をもたせる表面処理技術はさまざまな分野で使われている。こうしたコーティングの効果をより長持ちさせるため、産総研ではナメクジや魚類などの生物に倣った自己修復性材料を開発した。傷を自己修復する生物のような機能により、コーティング材料の耐久性の飛躍的な向上が期待される。
    Contents

    土の上でも汚れないナメクジの体表に注目

     傘の水滴が落ちやすくなった、車の窓が水をよく弾くようになった、洗面所の鏡が昔よりも曇らなくなった。生活を根本から変えるような改善ではないため普段あまり意識しないが、私たちの生活は、このような細部であっても、便利で快適なものに変わってきている。これらの例はいずれも表面処理技術の進化によるものだ。

     表面処理技術とは、モノの表面を別の材料でコーティングしたり、表面の構造を変えるなどの処理を施すことで、新たな機能を付加する技術のことだ。「曇らなければいいのに」「汚れが付かなければいいのに」といった表面に関する多様なニーズに応えるこの技術は、すでに私たちの身のまわりで広く使われている。

     「しかし、コーティング材料が剥がれたり、その機能をもつ成分がなくなったりすると、機能は失われてしまいます。そのため少しでも機能・効果が長持ちするコーティング材料が求められています」

     材料表界面グループの浦田千尋はこう語る。浦田が取り組んだのは、効果が長持ちするだけではなく、剥がれたり、傷ついたりしても自己修復するコーティング材料の開発だ。生物が新陳代謝によって自分で傷を治すように、自分で修復するコーティング材料ができれば、耐久性は飛躍的に向上すると考えたのだ。

     この着想のきっかけとなったのが、生物の優れた機能に倣って人工物をつくる技術「バイオミメティクス」だ。絹糸を模倣したナイロンの発明もそのひとつで、衣服にくっつく野生のゴボウの実をヒントに作られた面ファスナーや、フクロウの翼の構造をヒントに作られた500系新幹線のパンタグラフなど生活に応用された技術は多い。

     表面処理技術の分野では、2011年に米国で食虫植物ウツボカズラの捕虫の仕組みを模倣した撥液コーティング材が開発された。このコーティング材は、スポンジ状の構造内部に難付着性の液体が染み込ませてあり、これを利用して、対象となる付着物の付着抑制効果を実現した。しかし、これまでのコーティング材料にない優れた撥液性を示すものの、コーティング表面の難付着性液体の層が無くなればその機能は失われてしまう。そこで浦田は、多少の傷がついても液体を維持し続けるような仕組みをもつ生物を探し、ナメクジに着目した。

    ナメクジの粘液を用いた体表清浄の図
    ナメクジの粘液を用いた体表清浄
    (左)土汚れが付着したナメクジ(右)粘液分泌および運動により表面の土汚れが除去

    自己修復性と超撥水性を併せ持つ世界初の機能材料

     「ナメクジはジメジメした土壌の上にいますが、土やゴミで汚れていることはありません。その機能に倣おうと考えたのです」(浦田)

     ナメクジには表面の粘液と移動するときの動きで汚れを取り除く仕組みがある。ナメクジから粘液が出てくるように、モノの表面から不要な物質となじみにくい成分が常に出てくるようにすれば、表面の清浄さを保てるのではないか。浦田はそう考えた。しかし模倣するといっても人工的な細胞を作るレベルでの再現は、将来的な可能性はともかく現段階では難しい。

     そこで思いついたのが、ゲルの表面に液体が浸み出してくる離漿(ゲル状のものから液体が分離すること)という現象を用いることだった。身近なところでは、ヨーグルトの表面に乳清が出てくる現象でみることができる。

     浦田は、まずこのゲルの開発を行った。開発にあたっては、産業化を見越して、入手しやすくつくりやすい材料を使うことを意識し、市販のシリコーン樹脂を使用。これに撥水成分としてシリコーンオイルを混ぜ、オルガノゲル(油性ゲル)をつくってモノの表面に塗布したところ、狙い通り表面から油が浸み出してきて、水性の汚れを付きにくくすることができた。浦田はこれをナメクジの英名slugにかけて、「SLUG(Self-LUbricating Gel:自己潤滑性ゲル)」と命名した。

    堂前研究チーム長とロボット
    潤滑液の選択によりさまざまな表面機能が発現
    (左)ガラスシャーレ (右)SLUGをコーティングしたガラスシャーレ

     「この方法は、液体を親水性にすれば油が付きにくい表面ができ、液体を疎水性にすれば水の付きにくい表面ができるというように、液体の成分を変えることで多様な用途に対応できるメリットがあります。研究会等でこの技術を紹介したところ、太陽光発電パネルの表面に雪や氷が付くのを軽減したい、海中の設備にフジツボ等が付くのを避けたいといったニーズがあることがわかり、まずは水性物質の付着を抑える機能材料の開発に取り組むことにしました」(浦田)

     次に、離漿現象を温度でコントロールし、必要なときに油を出し、不要なときには油を戻す仕組みを組み入れた。例えば太陽光発電パネルの対着氷用の材料は、 0 ℃以上では油がにじまないように調整し、効果が長持ちするようにした。

     そして、いよいよ自己修復機能の開発である。高い撥水性(以下超撥水性)を示すことでよく知られている蓮の葉の表面はマイクロ/ナノメートル単位で凹凸構造をしている。これをコーティング材料で再現しようと試みた。

     「オルガノゲルの中に表面に凹凸をつくる分子を埋め込み、ゲルがダメージを受けたらその分子が表面に浮いてくるようにしました。皮膜表面の分子は大気中の水と反応し、傷を修復して超撥水性のある表面を自動的に再形成します。ゲル中に分子が満遍なく含まれているため、どこで材料を切っても破断面から超撥水性の機能が現れ、長く超撥水効果を保つことができるのです」

     これが世界で初めての、マクロな自己修復性と超撥水性を併せ持つ機能材料となった。

    魚の体表にならって親水性、防汚性・抗菌性の高い材料ができた

     産総研では、水中や高湿度環境で使う材料のコーティング用にヒドロゲル(水性ゲル)の開発も進めている。これを担当する佐藤知哉が注目したのは、魚類の体表の多機能性だ。「魚の体表の粘液には、薄い水膜を安定的に形成することで水とよくなじむ機能があります。生物なので代謝によって水膜を自己修復できるのはもちろん、高い防汚効果や抗菌性もあることがわかっています」と言う。

     実際に、例えば水中のメダカに油を付けようとしても、油はまったく付かない。コーティング材料に魚の体表のような成分をもたせれば、前記のような多機能性を発揮できると考えた。

     「私たちは産業のための技術をつくっているので、入手コストを度外視したこだわった材料で世界トップの数値を出すのではなく、機能を求めつつも、使いやすい材料、プロセス、環境負荷などに配慮して、産業で利用されるものをつくる必要があります。このヒドロゲルについても、材料の入手や製造、塗装が容易であることを意識しました」

     佐藤は入手しやすい材料とシンプルな工程を採用し、水とよくなじむポリマーと人工ナノクレイ(人工的に作られた粘土鉱物)を水中で混ぜて加熱した。これにより、水をよく吸収し、かつ、表面に安定な水膜を形成可能な機能材料をつくることができた。

     「このコーティング材料を塗布したガラスは高湿度な環境でも結露が起こりにくく、高い防曇効果を発揮しました。それだけではなく、傷がついても自らの力でふさがっていく自己修復機能や、高い防汚性、抗菌性も確認できています。このような防曇性と自己修復性を兼ね備えた機能材料は、ほとんどありません」

     最初の試作では自己修復に24時間ほどかかっていたが、膜厚や成分を変えることにより、すでに5分程度までの短時間化が実現している。曇りを抑えて透明性を維持でき、傷の自己修復もできるこの機能材料は、車のヘッドライトやコンビニなどの大型冷蔵庫のガラス扉などへの応用が考えられる。また、抗菌性が高いので、浴室や洗面所などの鏡のコーティング材料としても有用だろう。現在は企業にサンプルを提供し、それぞれの用途での実用化を模索している段階だ。

    さらなる使いやすさを目指して

     現在、SLUGはメガソーラーを手掛ける企業と実証実験を進め上市を目指している。太陽光発電パネルに氷や雪が付着すると発電できないが、雪が自動的にするっと落ちれば発電量も確保できるうえに、雪の重みによる倒壊も防げるため期待度は高い。浦田は「私たちのような材料工学分野だけでなく、他分野の研究者との共同研究等も行うことにより、製品化に向けた研究を行っていきたい」と語る。

     さらに、SLUGには新たな展開が見えている。蛾の目に倣った無反射・低反射構造(モスアイ構造)を表面に形成させた低反射機能を有するSLUGの開発である。窓や美術館の展示ケースに用いると視認性が高まるほか、太陽光発電パネルに用いると光の反射が抑えられて発電効率が高まるという実験結果も出ているという。

     今後、SLUGについては、さらに付着物抑制効果を高めるとともに、薄膜化を進めていく予定だ。「実用化は私たちの成果だけでなく、企業の熱意や努力があってこそ可能になります。先に進めるには、私たちと企業の研究者がコミュニケーションを取り合い、お互いを理解してよい関係性をつくっていくことが必要です。お互いに歩み寄りながら企業の方々と、ぜひ一緒に製品化までつなげていきたいと思っています」(浦田)

     ヒドロゲルについては、自己修復にかかる時間をさらに短くすると同時に、より安価で使いやすいものにしていく。「サンプル評価の希望があれば、ぜひ気軽にお問い合わせください。即時対応させていただきます」(佐藤)

     汚したくないあらゆるモノに使える高機能なコーティング材料。使う場所や汚れの種類に合わせた多様な機能を持たせることができ、どのような場所でも、より便利で快適な表面をつくることができる。産総研はこれからも社会から求められる表面処理技術を開発し、社会に貢献していく。

    構造材料研究部門
    材料表界面グループ
    主任研究員

    浦田 千尋

    Urata Chihiro

    浦田 千尋主任研究員の写真

    構造材料研究部門
    材料表界面グループ
    研究員

    佐藤 知哉

    Sato Tomoya

    佐藤 知哉研究員の写真

    表面処理の機能・効果を長持ちさせ、皆が便利になる技術開発を一緒にやりませんか。お気軽にお問い合わせください!

    産総研 中部センター
    材料・化学領域
    構造材料研究部門
    • 〒463-8560 愛知県名古屋市守山区下志段味穴ケ洞2266-98
    • chubu-counselors-ml*aist.go.jp
      (*を@に変更して送信してください)

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