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オルトケイ酸の単離に成功し、シリカの基本構造を解明

2023/11/15

オルトケイ酸の単離に成功し、シリカの基本構造を解明 原子・分子を精密に制御し、新たな材料開発に挑む

研究者の写真
    KeyPoint 通称シリカと呼ばれる二酸化ケイ素(SiO2)を含む化合物は地殻の75 %を占め、地球上に非常に多く存在する物質だ。シリカの基本単位である「オルトケイ酸」は約200年前から研究がなされていたが、非常に不安定な性質で、これまで単離することができなかった。これを単離することで、基本単位を手に入れ、自在に構造を組み立てられるようになれば、今までにない材料を生み出す可能性が開ける。地球上に豊富に存在するケイ素の可能性を広げることは、新たな材料開発の道を開くだけでなく、資源の有効活用にもつながり、材料のコストを下げる可能性もある。産総研は、このケイ素の可能性に着目し、これまで誰も成し得なかったオルトケイ酸の単離と構造解析に成功。この成果は、新たな材料開発の道を開くものとなった。現在は、オルトケイ酸を使った8量体をつくり、複数組み合わせた8量体の間に形成される水素結合を巧みにコントロールした構造体を使って、これまでにない材料を生み出す試みを進めている。「水素結合性無機構造体(HIF)」と名付けられたこの構造体に、ベンゼンなどを入れ込み、自在に操作することでエレクトロニクスやエネルギーの分野で応用できる新たな材料開発の進展が見えている。
    Contents

    200年間誰も成し得なかったオルトケイ酸の単離に成功

     二酸化ケイ素(SiO2)はガラスになったり、乾燥剤として使われるシリカゲルや水晶になったりするなど、すでにさまざまな用途に用いられている社会で欠かせない物質だ。これらは、いずれもケイ素原子と酸素原子4つが四面体状に3次元的に連なった構造だ。同じようにいろいろな立体構造をとるものに炭素(C)があるが、炭素は炭素原子や六員環を基本単位として複雑な構造を作ることで、カーボンナノチューブやグラファイトのような新しい材料が生まれ、さまざまに用途が広がっている。今回、シリカの基本構造を自在に操れる構造体を開発したことで、SiO2をつかった化学に新たな展開が見え始めている。

     シリカやガラスの基本単位の「オルトケイ酸」に関する研究は約200年前から行われてきた。しかし、非常に不安定な性質であることから、これまで単離することができなかった。これを単離することで、シリカの基本単位を手に入れ、自在に構造を組み立てられるようになれば、今までにない材料を生み出す可能性が開ける。

    炭素の基本単位から3次元までの構造
    炭素を基本単位にしてさまざまな材料が生まれた。シリカもその基本単位が単離されたことで新たな用途が広がっている。

     2009年、ポスドク研究員だった五十嵐正安は「オルトケイ酸の単離」というミッションを、当時上司だった佐藤一彦から提案された。これがその後、大きく広がるケイ素の可能性を探るプロジェクトが始まった瞬間だった。オルトケイ酸の研究は、1820年頃にスウェーデンの化学者ベルセリウスが水溶性のシリカを発見したことがその始まりだとされている。1956年に溶液中での構造が実験科学的に明らかになったものの、不安定で単離できないため、物質として利用できないばかりか、分子構造も計算科学的に推測されたものしか知られていなかった。

      「難しいことはわかっていましたが、単離できたら面白いと思いました。すでに溶液中には存在していることは知られていたので、何らかの工夫をしてうまく合成して、安定させればいいんだと最初は簡単に考えていました」。五十嵐は大学時代に「不安定な化合物を安定させて単離する研究」をしていたため、このテーマにはワクワクしたと言う。しかし、ここから大変な日々が始まった。

    シリカやガラスの基本単位であるオルトケイ酸
    シリカやガラスの基本単位であるオルトケイ酸

     五十嵐は、まず従来のオルトケイ酸の発生方法を見直すところからはじめた。オルトケイ酸はテトラアルコキシシラン(Si(OR)4)や四塩化ケイ素(SiCl4)などの出発物質の加水分解により合成される。加水分解するとオルトケイ酸は発生するが、瞬時に脱水縮合するためにどうしても単離することができなかった。オルトケイ酸を脱水縮合させずに取り出すためにはどうしたらいいのか…。佐藤から、加水分解の過程で使う「水」が、脱水縮合に影響しているのではないかという仮説を持ち掛けられ、五十嵐は水を使わない方法を探った。

     その際、ケイ素と同族の元素である炭素の反応機構が参考になると思い、活性炭素の上に金属パラジウムの微粒子を載せたパラジウムカーボン触媒(Pd/C)を使うことにした。ところがこの触媒は、ケイ素の化合物には炭素の時のように作用せず、結合は思うように切れなかった。そこで新たな触媒を求めて、探索する日々が続くことになった。そして、五十嵐は約5年かかって触媒に少量の白金を混ぜる必要があることを突き止めたのだ。こうしてオルトケイ酸が安定につくられる反応系を確立してその単離に成功し、さらに単結晶を得て結晶構造解析を行い2017年に論文を発表した。(2017/07/27プレスリリース

    水を使わないオルトケイ酸の合成方法
    水を使わないオルトケイ酸の合成方法

     成功の理由を五十嵐は「執念です。ひたすら触媒を探しました…でも、大学の恩師が20年かけて難しい研究を成し遂げたのを見ていたので、これくらいで音を上げてはいられないと思って取り組みました」と話す。研究開始から実に8年もの歳月が流れていた。

     ベルセリウスがオルトケイ酸を発見してからおよそ200年間、誰も成し得なかった単離が可能になった。この成功は世界を驚かせた。

    新しい材料開発のビルディングユニット「水素結合性無機構造体(HIF)」を提案

     オルトケイ酸の単離に成功した五十嵐は、新たな材料開発に向けてオルトケイ酸の合成に着手した。ところが、オルトケイ酸は不安定で取り扱いが難しいうえに、その合成には高価なパラジウムカーボン触媒が使われていて量産しにくくコストが高い。そこで五十嵐はもっと安定して量産できる物質はないかと考えさらに研究を進めた。その結果、たどりついたのが8個のオルトケイ酸が脱水縮合してつながった「かご型8量体」だ。

    オルトケイ酸のかご型8量体
    オルトケイ酸のかご型8量体(Q8H8

     「かご型8量体も不安定ではありますが、ケイ素原子1個に反応性のOH基が4つも付いているオルトケイ酸に比べたらずっと安定していますから、単離はそれほどたいへんではありませんでした。生産量も最初は0.1グラムをつくるのがやっとでしたが、シリカから簡単につくれるので合成法を最適化して研究室でも1回で200グラムまでは合成できるようになりました。今は、企業に依頼して1回に1キログラムを合成しています」。企業の協力も得て、研究が順調に進んでいる様子がうかがえる。

     こうして量産可能になったかご型8量体を複数組み合わせた構造体を、新しい材料開発のビルディングユニットにする試みが始まっている。

     「かご型8量体を結晶化させるときに使う溶媒を変えると、溶媒の極性の度合いによってかご型8量体の間に形成される水素結合のネットワークが変わって、1次元の直線的なものからブロックを組み立てたような3次元のものまで、実にさまざまな構造をつくり分けられることがわかったんです。オルトケイ酸の構造の間に、空間のあいたものもできるので、そこに原子や分子を入れ込むことができますし、原子や分子を空間的に配置することもできるのです」

     近年、原子・分子を空間に配置するために「金属-有機構造体」や「多孔性配位高分子」「共有結合性有機構造体」といった内部に細孔をもつ有機構造体が開発され、注目を集めている。一方、今回開発したオルトケイ酸のかご型8量体のネットワーク構造体は、無機分子が水素結合で連なっているのが特徴だ。五十嵐はこれを「水素結合性無機構造体(Hydrogen-bonded Inorganic Framework、HIF)」と命名し、新たな原子・分子のビルディングユニットとして提案した。有機構造体とは異なり、シリカでできた構造体は、中に入った原子・分子の物性を引き立てることができるのが強みだ。

    オルトケイ酸の8量体の分子構造(左)と合成したサンプル
    オルトケイ酸の8量体の分子構造と合成したサンプル

    ベンゼンの平行配置に成功。原子・分子を精密に制御し、新たな材料開発へ

     五十嵐は、オルトケイ酸のかご型8量体を使った新しい原子・分子のビルディングユニット「水素結合性無機構造体(HIF)」の実力を試すために、まずはベンゼンを並べてみることにした。

     「2分子のベンゼンが相互作用する場合、ずれた平行配置やT型の配置は比較的安定ですが、平行配置は反発が起こって不安定なことがわかっています。そのため完全な平行配置で並ぶベンゼンは単離された例がなかったのです。もしベンゼンの平行配置をつくることができたら、学術的にはベンゼン同士の相互作用の解明につながるかもしれませんし、産業的には新しい分子デバイスに応用できるかもしれません」

     不安定なベンゼンを平行に配置するのは2分子でも難しかったのだが、五十嵐はHIFを使うことで、100万を超える分子を並べることに成功した。竹の節のような構造をもたせることで、ちょうど節の部分にひっかかるような配置が可能になったのだ。さらに、この方法を用いてベンゼンと構造の似たチオフェンやセレノフェンなどへも展開している。(2021/12/10プレスリリース

     

    オルトケイ酸のかご型8量体の3次元状ネットワーク構造
    ベンゼンを構造の内部に入れ込んだオルトケイ酸のかご型8量体の3次元状ネットワーク構造。竹のような筒状構造の「節」の部分にベンゼンがちょうど収まる。

     五十嵐は、今後の展開について「これからは、原子・分子を精密に配列するだけでなく、空間的にどう配置していくかが大事になります。それによって、まったく新しい物性や機能をもった材料が開発できる可能性があるからです。完全に無機物からなるHIFを開発したのですから、これを大いに活用して新しい学術や材料分野を開拓したいです」と話す。

     オルトケイ酸の単離の研究をスタートした時は、先の見えない研究にたった1人で向き合ってきたが、今は研究の規模も大きくなりチームで研究を進めている。さらに、外にも仲間を広げたいと、エレクトロニクスをはじめとしたさまざまな分野との共同研究にも積極的だ。シリカの基本単位の単離という実験室で完結していた研究から生まれた構造体で、社会に実際に役立つ新たな材料が生まれる日はもうすぐだ。

    チームの集合写真
    五十嵐(前列左から2番目)が始めた研究はチーム皆で取り組むテーマに成長した。写真1列目中央がオルトケイ酸の単離をテーマとして提案した佐藤一彦(現、材料・化学領域長補佐)。

    触媒化学融合研究センター 
    ヘテロ原子化学チーム 
    上級主任研究員

    五十嵐 正安

    Igarashi Masayasu

    五十嵐 正安上級主任研究員の写真
    産総研
    材料・化学領域
    触媒化学融合研究センター

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