発表・掲載日:2021/12/10

ベンゼン分子を平行に積層することに初めて成功

-水素結合性無機構造体(HIF)を開発-

ポイント

  • オルトケイ酸のかご型8量体を水素結合でネットワーク化した構造体(HIF)を開発
  • HIFが形成するナノハニカム細孔内部に、芳香族化合物を平行に積層させることが可能
  • 構造や機能が精密に制御された、SiO2材料や分子デバイスの開発に貢献

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター ヘテロ原子化学チーム 五十嵐 正安 主任研究員、野澤 竹志 産総研特別研究員(研究当時)、同研究センター 佐藤 一彦 研究センター長は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という)のプロジェクトで、水素結合性無機構造体(Hydrogen-bonded Inorganic Framework: HIF)の開発に成功した。HIFが有するナノハニカム細孔内において、ベンゼンなどの芳香族化合物を平行に積層(パラレルπ–πスタッキング)させることに初めて成功し、株式会社 リガク 応用技術センター 菊池 貴 研究員の協力を得て、その詳細な構造を明らかにした。

ガラスの基本単位であるオルトケイ酸のかご型8量体(Q8H8)を用いて、種々の水素結合性無機構造体(HIF)結晶の作成に成功した。また、Q8H8が3次元状に水素結合ネットワーク化したHIFのナノハニカム細孔内に、芳香族化合物を平行に積層させることができた。今回開発したHIFのフレームワークを利用することで、新規SiO2材料や、ゲスト分子の特異な配置を利用した分子デバイスの開発につながる。なお、今回の成果の詳細は、12月10日(英国時間)に英国の学術誌Nature Communicationsに掲載される。

概要図

水素結合性無機構造体 (HIF)とナノハニカム細孔内に平行に積層するベンゼン等のゲスト分子


開発の社会的背景

分子を精密に配列して構造を制御することで新しい物性や機能が発現し、革新的な材料開発が可能になる。この観点からさまざまな種類の結合を活用し、分子が精密に配列された構造体の構築について精力的に研究されている。先駆的な研究として、比較的強い結合である、配位結合や共有結合を利用した、金属-有機構造体(MOF)/多孔性配位高分子(PCP)、および、共有結合性有機構造体(COF)がある。これらは、高表面積を持つ多孔質のネットワーク構造をもち、現在、さまざまな分野への応用が期待される材料である。一方、水素結合など弱い結合を活用することで、さらに新しい特性や機能が発現した材料の開発につながることが期待されている。事実、DNAや酵素といった生体分子は、水素結合や芳香族化合物間の弱い相互作用を巧みに利用して、複雑な高次構造を形成し動的な機能を発現している。このような背景から近年、有機分子同士の水素結合によって形成される、水素結合性有機構造体(HOF)が精力的に研究されている。しかし、これまで、無機分子のみから構成され、多様な構造を制御可能な水素結合性構造体の例は存在しなかった。

また、芳香族化合物間の相互作用について、古くから理論・実験の両面で精力的に研究されてきた。ベンゼン分子が2分子で相互作用する場合、ずれた平行配置や、T型配置が比較的安定であり、平行配置は比較的不安定であることが理論的に示されている(図1)。ベンゼンを平行に配置することで、芳香族化合物間のπ–π相互作用の解明に役立つだけでなく、分子デバイスなどの材料開発への応用が期待されることから、その実現に向けた検討が長年行われてきた。たとえば、ゼオライトなどの微小な空間にベンゼン分子を閉じ込める試みがなされてきたが、実現していなかった。

図1

図1 ベンゼン2量体のジオメトリーとその安定性
(a) ずれた平行配置、(b) T-型配置、(c) 平行配置-D6d対称 、(d) 平行配置-D6h対称

研究の経緯

産総研はこれまでに、オルトケイ酸(Si(OH)4)と、その2量体、環状3量体、環状4量体を合成・単離する技術を開発している。さらに最近、オルトケイ酸のかご型8量体(Q8H8)の単離にも成功した。Q8H8は1辺が約0.5 nmの立方体状のケイ酸化合物である。オルトケイ酸の環状3量体が水素結合を介してネットワーク化する過去の知見から着想を得て、今回のQ8H8からなるHIFの開発に至った。

なお、本研究開発は、経済産業省未来開拓研究プロジェクト「産業技術研究開発(革新的触媒による化学品製造プロセス技術開発プロジェクト/有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発)」(2012~2013年度)とNEDOプロジェクト「有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発」(2014~2021年度)(プロジェクトリーダー:佐藤 一彦)、および、「産総研エッジ・ランナーズ」(2018~2022年度)(研究代表者:五十嵐 正安)の一環として行われたものである。

 

研究の内容

Q8H8の8個の頂点に放射状に存在するヒドロキシ基に着目し、Q8H8の間の水素結合の様式を制御する方法を考案し、Q8H8が1次元、2次元および3次元状に水素結合した無機構造体を開発した。今回、フレームワークが無機分子のみからなる水素結合性の構造体を「水素結合性無機構造体(Hydrogen-bonded Inorganic Framework: HIF)」と命名した。フレームワークの制御は再結晶の際に用いる溶媒や再結晶条件を調整することで達成した。1次元および2次元状にQ8H8がネットワーク構造を形成したHIF結晶について、X線結晶構造解析により明らかとなった構造を図2に示す。1次元状のネットワーク化において、Q8H8同士が対角の頂点(鎖状)、対角の辺(ワイヤー状)、および、対面(ロッド状)で水素結合した3種類のHIFを得ることができた。2次元状のネットワーク化において、Q8H8同士がシート状にネットワーク化した(シート状)と、シート状でありながら細孔を有する(メッシュ-シート状)の2種類のHIFを得た。

図2

図2 種々のHIF結晶構造に見られるQ8H8の1次元および2次元状ネットワーク構造

Q8H8のテトラヒドロフラン(THF)溶液からTHFを留去することで、3次元状にQ8H8がネットワーク構造を形成したHIF結晶の作成に成功した。さらに、Q8H8のTHF溶液に対しベンゼンを加え、その後ゆっくりとTHFとベンゼンを留去することで、ベンゼンをゲスト分子として詰めた結晶(3D⊃ベンゼン)を作成した。構造解析の結果、上述の2次元シート同士がさらに水素結合ネットワーク化することで、ナノハニカム細孔を形成していることが判明した(図3a、b)。また、ベンゼン分子はナノハニカム細孔に内包されていた。細孔内におけるベンゼン分子の積層構造をさらに詳細に解析すると、細孔内で平行に積層している構造であることが明らかになった(図3c、d、f)。ベンゼン分子はナノハニカム細孔内のくびれが広がった位置に配置されており(図3e)、それによりベンゼン分子が本来不安定な平行配置を取っているものと考えられる。近接するベンゼン分子の中心間距離は0.37730(15) nmであった。

ベンゼンの代わりに他の芳香族化合物(チオフェン、セレノフェン)やπ共役分子p-ベンゾキノン)を用いて得られた結晶(3D⊃チオフェン、3D⊃セレノフェン、3D⊃ p-ベンゾキノン)においても、同様にゲスト分子がナノハニカム細孔内で平行に積層する構造であることを結晶構造解析から確認できた。

図2

図3 Q8H8の3次元状ネットワーク構造からなるベンゼン内包HIF結晶(3D⊃ベンゼン)の結晶構造

今後の予定

シラノール化合物であるQ8H8は、加熱などで脱水縮合が進行し、水素結合よりも強いシロキサン結合(Si-O-Si結合)へ変化する。このため、今回開発に成功した結晶を加熱することで、脱水縮合し、新しいSiO2材料の開発が期待される。そこで、構造が精密に制御された高性能かつ高機能なSiO2材料の開発や、将来的には新規分子デバイスへの応用検討を進める予定である。

 

論文情報

掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:Parallel-stacked aromatic molecules in hydrogen-bonded inorganic frameworks
著者:Masayasu Igarashi, Takeshi Nozawa, Tomohiro Matsumoto, Fujio Yagihashi, Takashi Kikuchi, and Kazuhiko Sato


用語の説明

◆水素結合性無機構造体(Hydrogen-bonded Inorganic Framework: HIF)
無機化合物が水素結合によってネットワーク化した、周期性を持つ結晶性の無機化合物。[参照元へ戻る]
◆ナノハニカム細孔
幅がナノメートル程度であり、ハチの巣のように規則正しく配列した細孔。[参照元へ戻る]
◆芳香族化合物
ベンゼンを代表とするπ電子を持つ原子が環状に並んだ構造を持つ不飽和環状化合物の総称。一般的な芳香族化合物は、環上に4n + 2個のπ電子を有し、そのπ電子は非局在化して分子を安定化している。[参照元へ戻る]
◆オルトケイ酸
1つのケイ素原子にヒドロキシ基(-OH)が4つ結合した化合物。化学式Si(OH)4で表される。弱酸性を示す化学種であり、ガラス(シリカ)の基本単位である。[参照元へ戻る]
◆水素結合
水素原子を介して、隣接する分子同士が引き合うことによる結合。電気陰性度が大きな原子に共有結合した水素原子が、近傍の他の官能基の非共有電子対と非共有結合的に作る結合。[参照元へ戻る]
◆金属-有機構造体(Metal-Organic Framework: MOF)/多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer: PCP)
有機配位子と金属クラスター間で錯体形成を行い、金属原子が互いに有機部位で架橋された構造を有する周期性の高い結晶性化合物。[参照元へ戻る]
◆共有結合性有機構造体(Covalent Organic Framework: COF)
有機化合物が共有結合によってネットワーク化した、周期性を持つ結晶性の有機化合物。[参照元へ戻る]
◆水素結合性有機構造体(Hydrogen-bonded Organic Framework: HOF)
有機化合物が水素結合によってネットワーク化した、周期性を持つ結晶性の有機化合物。[参照元へ戻る]
◆π–π相互作用
二重結合化合物や芳香族化合物が持つπ電子間に働く電気的な相互作用。[参照元へ戻る]
◆ゼオライト
ケイ素の一部がアルミニウムに置き換わった結晶性のシリカ。天然鉱物として産出されるものや人工的に合成されるものがある。イオン交換や吸着剤、触媒など幅広い分野で使用される。[参照元へ戻る]
◆ヒドロキシ基
アルコールやシラノール化合物が有する、構造式が −OH と表される1価の官能基。[参照元へ戻る]
◆X線結晶構造解析
試料にX線を照射し、その回折パターンから、試料の結晶構造を解析すること。[参照元へ戻る]
◆π共役分子
π電子を有する多重結合(二重結合または三重結合)が単結合で連結された分子の総称。[参照元へ戻る]
◆シラノール
ヒドロキシ基(–OH)を持つケイ素化合物の総称。オルトケイ酸やそのオリゴマーもシラノールに分類される。[参照元へ戻る]
◆シロキサン結合
ケイ素‐酸素‐ケイ素(Si-O-Si)結合。[参照元へ戻る]

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