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産総研マガジン:話題の〇〇を解説

量子コンピュータとは?

2022/05/18

#話題の〇〇を解説

量子コンピュータ

とは?

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

  • #エネルギー環境制約対応
30秒で解説すると・・・

量子コンピュータとは?

量子コンピュータは、物質を構成する原子や電子などの「量子」の持つ性質を利用して情報処理を行うコンピュータです。量子の運動は「量子力学」に支配されており、量子の世界においては「量子重ね合わせ」というまかふしぎな現象が発現します。この0と1の重ね合わせ状態を用いて並列計算を行うコンピュータが量子コンピュータなのです。

スーパーコンピュータを使っても膨大な時間のかかる計算を、はるかに短い時間で行うことができるのではないか?と期待される量子コンピュータ。現在、量子コンピュータに対して世界中の政府や産業界から大きな期待が寄せられています。しかし、量子コンピュータを用いることでスーパーコンピュータなどの「古典コンピュータ」よりも高速に計算できる問題は限られています。また、量子コンピュータの社会実装までには最低でも20〜30年の長い時間が必要だと考えられています。期待ばかりが先行し過剰なまでに注目を集めている量子コンピュータの本当の姿と未来像について、新原理コンピューティング研究センターの川畑史郎副研究センター長に聞きました。

Contents

量子コンピュータの現在地

量子コンピュータの現在の実力とは

 現在のコンピュータよりもはるかに高性能な量子コンピュータが近い将来に社会に浸透していくのだろう…社会からの期待は大きくなるばかりです。しかし、残念ながら現段階では社会が期待するほどの演算能力を達成できていません。

 その理由は大きく2つあります。

 ひとつめは、スーパーコンピュータの能力を超える「量子ビット」数を達成できていないためです。

 2021年11月に発表されたIBMの超伝導量子コンピュータの集積度は127量子ビットです。いよいよ100量子ビットの壁を越えたと大きなニュースになりました。もしエラーが全く生じない、理想的な量子ビットが100個あれば、2の100乗(約10の30乗通り)の並列処理が可能となります。しかし、実際の量子コンピュータにおいては、エラーが発生するために、所望の計算能力を発揮することができません。そのため、エラーを検出し訂正する量子エラー訂正技術の導入が必要になります。スーパーコンピュータの能力を凌駕し、かつ量子エラー訂正機能を搭載した「誤り耐性汎用量子コンピュータ」の実現のためには、約100万物理量子ビットが必要だと言われています。量子コンピュータ方式のひとつである超伝導量子コンピュータの集積度は、指数関数的に年々増加しています。このトレンドは「量子版ムーアの法則」と呼ばれています。このトレンドが順調に続くと仮定すると、2035年頃に100万物理量子ビットの量子コンピュータが実現することになります。そのため、あと10数年程度で量子コンピュータが社会実装すると多くの人々が期待しています。しかし、実際は後述するような技術課題があるため、もっと長い時間がかかると考えられています。

量子版ムーアの法則
量子版ムーアの法則

 ふたつめは、集積度の頭打ちが予想されるためです。

 現状開発が最も進んでいる超伝導量子コンピュータを動作させるためには、絶対温度零度(-273℃)近くの極低温環境を実現する特殊な冷凍機「希釈冷凍機」が必要になります。一方、超伝導量子コンピュータを構成する超伝導量子ビットの大きさは数ミリ角です。もし100万量子ビットを二次元に集積化したとすると会議室ぐらいのサイズになってしまいます。1億量子ビットの場合は体育館ぐらいのサイズになります。残念なことに、そのような巨大なチップを絶対温度零度近くに冷やす巨大希釈冷凍機は地球上に存在しません。さらに深刻なことに、冷凍機の外に設置されている制御機器と希釈冷凍機内の量子コンピュータチップとの間は金属のケーブルでつながっています。そのケーブル数が集積度の増大に伴って膨大になると室温環境から熱が大量に流入してしまい、冷凍機内部が発熱してしまいます。これは「熱流入問題」と呼ばれており、今後超伝導量子コンピュータの大規模化に伴って、深刻な壁となると考えられています。

 これらの問題を解決するため、世界各国政府による投資や企業における技術開発が行われています。しかし、社会実装に向けた課題は山積みであり、現状技術の単なる延長のままでは、近い将来超伝導量子コンピュータの集積度は頭打ちになるでしょう。それを乗り越えるためには非連続的なイノベーションと20〜30年の長い時間が必要になると考えています。

量子コンピュータは万能選手ではない

 もう一つの量子コンピュータに対する間違った認識の一つに「量子コンピュータを使えばどんな問題でも超高速に解ける」ということがあります。実は、量子コンピュータを使うことで、古典コンピュータに対して高速化されることが数学的に保証されている数学的問題は、わずかに100個程度です。しかも、その中で、社会課題解決やビジネスにつながりうる問題は量子化学計算、機械学習、量子シミュレーションなど非常に限定的です。

 例えば、量子コンピュータを使っても四則演算やエクセルの表計算を高速化することはできません。しかし、限定的とはいえ、量子コンピュータは、創薬、材料開発、人工知能、金融などの非常に幅広い産業分野に破壊的インパクトを与えると期待されています。その中でも、誤り耐性汎用量子コンピュータを用いるとポートフォリオ最適化、デリバティブ価格付け、リスク計算などの金融の問題を高速化できることが示されています。そのため、国内外の証券会社や銀行が量子コンピュータのビジネス適応に向けた基礎検討を行っています。

 「量子コンピュータはスーパーコンピュータをいずれ置き換えられる」のではなく、将来的に量子コンピュータは、スーパーコンピュータが苦手で量子コンピュータが得意とする数学的問題を高速化する手段として使われるようになるでしょう。スーパーコンピュータと量子コンピュータは仲良く共存し、私たちの生活を支えてくれる存在になっていくはずです。

量子コンピュータが得意な問題
 

量子コンピュータ実現への課題

 第一に、量子エラー訂正機能を搭載したかたちに進化させなければなりません。先ほど述べたように、現状の集積度では量子エラー訂正機能を搭載することができません。そのため、量子ビットの集積度と品質を向上させる技術に加えて量子エラー訂正技術の確立が肝となります。

 また、量子コンピュータシステムの開発それ自体にも課題があります。超伝導量子コンピュータの場合、100万個の物理量子ビットを集積化すると会議室ぐらいのサイズになると説明しました。そのため、会議室サイズの冷凍機を実現する必要があります。あるいは、小規模な既存の冷凍機をモジュール化して、モジュール冷凍機間を量子力学的に接続する技術が有望かもしれません。また、「熱流入問題」を解決するために、冷凍機の外に設置している制御装置群を必要機能に絞ってまるごとチップ化して冷凍機の中に設置する「クライオCMOS集積回路」技術の開発も必要になります。

 あるいは、超伝導量子コンピュータは諦めて、全く異なる方式の量子コンピュータに方向転換をするべきであると考える研究者がいます。例えば、光方式、イオン方式、中性原子方式、シリコン方式、ダイヤモンド方式、トポロジカル方式などのさまざまな量子コンピュータの研究開発が世界中の企業と研究機関で進められています。

 量子コンピュータの研究開発競争はよくマラソンに例えられます。現在、スタート地点から5キロ程度のところにいますが、超伝導量子コンピュータがダントツで先頭を走っています。しかし、ゴールまでまだ約37キロの長い道のりが残されています。超伝導量子コンピュータがゴールまでトップを維持し続けるかもしれません。もしかしたら後方集団にいる光量子コンピュータやシリコン量子コンピュータが後半戦で一気にトップに躍り出るかもしれません。いつ、どの方式が最初にゴールをするのか?はまだ誰にもわかりません。

産総研の量子コンピュータ研究と未来像

 海外ではさまざまな分野の企業や大学を巻き込んで、量子コンピュータの研究開発が加速しています。産総研では内閣府に認定された量子技術イノベーション拠点のひとつ「量子デバイス開発拠点」として超伝導量子コンピュータとシリコン量子コンピュータの開発を多くの大学、研究機関、企業との連携の下で行っています。また、日本電気株式会社と共同で設立したNEC-産総研量子活用テクノロジー連携研究ラボにおいて超伝導量子アニーリングマシンと呼ばれる組合せ最適化問題専用コンピュータの開発も進めています。

 技術の総合デパートと呼ばれる量子コンピュータの社会実装のためには、物理、化学、材料工学、電子工学、機械工学、情報工学、数学などのさまざまな分野の技術の粋を集めて開発を進める必要があります。量子コンピュータ研究開発は、まさに、産総研の持つ幅広い研究開発ポテンシャルが生かせるチャンスであると考えています。今後、産総研の持つ「総合力」を生かしながら、産総研を量子コンピュータの社会実装を担う世界的な産学連携拠点にしていきたいと考えています。

超伝導量子回路試作施設Qufab(左)と量子コンピュータ評価用希釈冷凍機システム(右)
超伝導量子回路試作施設Qufab(左)と量子コンピュータ評価用希釈冷凍機システム(右)

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