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産総研マガジン:話題の〇〇を解説

ハイエントロピー合金とは?

2024/02/07

#話題の〇〇を解説

ハイエントロピー合金

とは?

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

    30秒で解説すると・・・

    ハイエントロピー合金とは?

    ハイエントロピー合金とは、5種類以上の金属をそれぞれ高濃度で混合した合金と定義されています。複数の金属を混合することで新たな機能が生まれ、高価な金属の代替材料としての活用が期待されています。まだ、単一金属と比較したコストの問題や、溶融温度や組成比の最適解を探るという課題もありますが、触媒や生体適合材料として利用される、高価な貴金属や資源量の少ないレアメタルを代替する可能性があることから、注目を集めています。

    ステンレスなどに代表される合金の技術は、古くから研究開発が進み、実用化されている材料が多くあります。鉄やアルミニウムなど汎用的に使われる金属に違う元素を混ぜることでよりよい性質をもった合金が生み出され、さまざまな目的で活用されています。ハイエントロピー合金は、高価な貴金属やレアメタルの代替金属として、研究開発が進められています。ハイエントロピー合金の開発動向について、極限機能材料研究部門次世代磁石材料グループの田村卓也上級主任研究員に聞きました。

    Contents

    ハイエントロピー合金とは

    ハイエントロピー合金とは何か

     エントロピーとは簡単に言うと「不可逆性や不規則性を持つ特別な状態」、つまりここでは「原子や分子の乱雑さ」を示す言葉とされています。ハイエントロピー合金は「5種類以上の金属をそれぞれ高濃度で混ぜて合金化した固溶体金属」と定義されており、それぞれの元素が結晶格子の中に配置されることで、元素レベルで混合されエントロピーが高い状態となる合金を指しています。

    図
    一般的な合金とハイエントロピー合金の違い

     合金の製造には、混ぜる金属の配合比や元素を細かく調整する技術が求められます。これまで用途に応じてさまざまな合金が開発・実用化されてきましたが、その技術は各金属メーカーのノウハウ、つまり「門外不出の秘伝」となっているケースが少なくありません。

     通常、2つ以上の金属を溶融して混ぜて合金化した場合、原子間距離が大きく異なれば混ぜることができません。ほかにも金属原子が規則正しく並び、強く結合した構造を持つ「金属間化合物」と呼ばれる物質ができてしまい、硬くてもろい物質となり構造材には使えないということも起こります。それを避けるためには、似たような性質を持つ金属を合金化するのが一般的です。

    構造材料として既に実用化されている合金

     2つ以上の金属を混ぜた合金として一般的なのは、鉄にクロムやニッケルを混ぜた「ステンレス」。また、航空機のボディなどに使用される「ジュラルミン」はアルミニウムと銅やマグネシウムの合金です。銅と亜鉛を混ぜた「真鍮」、銅とニッケルを混ぜた「白銅」は硬貨に用いられ、鉛とスズの合金である「はんだ」は電子部品と回路の接合などに使用されています。このように、私たちの身の回りには多種多様な合金があります。いずれも1つの金属では実現できない硬さや耐食性、柔軟性などの機能を合金にすることで実現している実用例です。

    ハイエントロピー合金に期待される役割

     ハイエントロピー合金に期待されている用途の一つが、触媒や生体適合材料です。触媒には白金やパラジウムが、歯科材料など医療分野の生体適合材料には、金やチタンなどの高価な貴金属が使用されています。ほかにも電子機器やEVのバッテリーの正極材料には、コバルトといったレアメタルが使われます。高価な貴金属やレアメタルは世界でみても資源量が少なく、産出地の社会情勢によって輸入が制限されてしまう可能性があるなど、リスクが常に伴います。

     ハイエントロピー合金は、これらの代替金属として期待されています。手に入りやすい金属を5種類以上集めて等量混ぜて合金化し、高価な貴金属やレアメタルの代替材料にする。あるいは、貴金属を使うとしても他の金属と混合したハイエントロピー合金を使うことで、貴重な金属の使用量が少なくても同等の機能を実現できるようにすることが期待されています。

    ハイエントロピー合金研究・開発の現在地

     ハイエントロピー合金の開発は、狙った機能を実現できるかが重要です。一番の課題は混合する金属の比率を決めることです。複数種類の金属を混ぜるため、その組成比によって機能が変わってしまいます。このことから、狙った機能を実現できる最適な混合比率を探さなければなりません。また、5種類以上の金属を混ぜるとしたら、金属の融点も5種類で異なります。最も融点の高い金属を基準にして金属を混ぜ合わせながら、最適な混合比率を探る。このような途方もない作業がハイエントロピー合金の研究開発には伴います。

     コスト面にも課題はあります。現在でもさまざまなハイエントロピー合金が研究・開発されていますが、目的とする機能を与えるために高価な金属を用いれば、結局はハイエントロピー合金を開発しても高価な材料となってしまいます。「5種類以上」という定義にこだわらなくても、少量添加することで同等の機能を持つような合金が生みだせれば高価な金属の使用量が減って価格を抑えることができるでしょう。

     現時点では、既存の触媒材料や電極材料、生体適合材料に使われる貴金属やレアメタルを代替するハイエントロピー合金の研究開発には課題が多くありますが、将来的には高価な貴金属の使用量を削減でき、既存の材料と同等、またはそれ以上の機能をもつハイエントロピー合金の実現もありえるでしょう。

    ハイエントロピー合金研究・開発の将来性

     このように、ハイエントロピー合金の研究開発は、現時点では課題のほうが多くみえてしまうかもしれません。これまでにあげた最適混合比率やコストといった課題の他に、複数の金属を混ぜ合わせる過程で、意図しない金属間化合物が生成されてしまうという問題もあります。また、そもそもどの金属を5種類混ぜ合わせてハイエントロピー合金にするのか、といった原材料選びも難しく、テクニックが必要なところです。コントロールできていないものが生成されてしまう状態では、ハイエントロピー合金が構造材料や触媒、生体適合材料としての実際に使われるようになるまでにはまだ時間がかかるでしょう。しかし、単一の金属や現在普及している合金では実現できなかった機能が生まれる可能性を秘めているとも考えています。材料研究に長く関わってきた研究者としても「混ぜればできる」という発想は、面白いと感じています。ハイエントロピー合金の研究開発が進展し、既存の物質に代替したり、今までにない新しい材料が生まれたりすることを期待しています。

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