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産総研マガジン:話題の〇〇を解説

XRのビジネス活用に向けた取り組み

2022/12/21

#話題の〇〇を解説

XRのビジネス活用に向けた取り組み

―認知心理学の観点から「体験」をデザインする―

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

    30秒で解説すると・・・

    XRとは?

    VR(Virtual Reality、仮想現実)やAR(Augmented Reality、拡張現実)、MR(Mixed Reality、複合現実)などの総称として用いられています。ヘッドマウントディスプレイなどからの現実世界にはない感覚情報で、新しい体験をもたらす技術を意味します。一部では、“Cross Reality“や“Extended Reality“の略称として使われることもありますが、まだ多義的で学術的に定義された言葉ではありません。ビジネス界で発信されて以来広く普及し、「X」に変数の意味を持たせて「xR」と表記されることもあります。

    XRとは? Vol.1」では、エンターテインメントからビジネスにもXR技術の活用が広がっていることを紹介し、「XRとは? Vol.2」では、人の体の安全確保、中でも「映像酔い」対策について紹介しました。今回は、五感を活用して得た情報を脳が選択・統合して得る「体験」について、認知心理学の観点からアプローチを行い、より良い体験デザインの開発・評価手法の確立に取り組む、人間拡張研究センター認知環境コミュニケーション研究チームの大山潤爾に聞きました。

    Contents

    視覚・聴覚に触覚も加わって広がる体験

     人間は外部環境から、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚やそれらの複合的な感覚を通じて情報を得ており、それらを選択・統合したものを「体験」として認知しています。これまでのVRでは主に視覚と聴覚からの情報による体験が多く開発されてきましたが、近年では、触覚の再現ができるようになり、感覚が相互作用するクロスモーダル化によって新たな体験が生まれる可能性が広がっています。

     例えば、アバターになってVR空間に入っているとき、そこで触ったものの感覚が手や足に伝わってくると、そのVR空間の中で、アバターを自分の身体だと感じる「身体所有感」が上がります。それを使って、体験をよりリアルに感じられるようにすることで、VRの中での訓練の学習効果を上げることもできます。

     このように、同時に入ってくるいろいろな情報が全体としてどのように人間に伝わっているのか、人間の脳で選択・統合されたあとに起こる「体験」をデザインすることはXR関連技術において注目の集まるテーマとなっており、ここに認知心理学の研究の成果が生かされています。リアルな空間とバーチャルな空間の融合する社会では、いままでにない「体験」を提供する産業が大きく発展すると期待されています。

    安全で快適な体験の評価手法の構築

     いままでにない「体験」をデザインし提供する産業の発展が、これからさらに期待される理由のひとつは、人間の認知のメカニズムが年齢や性別によっても多様であることです。モノやサービス・イベントを通じて提示されている情報は、誰にでも同じように伝わってはいません。映画を扱った過去の研究では、視覚的に派手な場面が印象に残る人と、セリフが印象に残る人がいることがわかっていて、同じものを見ても違う体験をしている可能性を示しています。

     このため、年齢層や性別などを考慮せずに全く同一のサービスを提供していても、安全で快適な体験を同じように提供できないのです。だからといって、真ん中をとると、どの対象者にもうれしくないサービスになりかねません。

     また、すべてのXR体験のリアリティが高ければいいわけでもありません。例えば、あまりにリアリティが高い戦闘ゲームや避難訓練をすると、体験者のトラウマ(心的外傷)になってしまうかもしれません。体験する前に、体験者が判断の基準にできる一定の評価結果を提示することが重要になってきます。評価軸がぶれてしまうと、質の良くないものや自分に合わない不快なサービスを体験したユーザーが、XR関連の体験すべてを同様に不快で低質なものではないかと誤認してしまいます。XR関連のサービスの普及を進めるために、科学的根拠とデータに基づいた体験の設計評価手法を構築していく必要があります。

    XR体験の実証テストも、XR空間でシミュレーション可能に

     また、新しい体験サービスを開発し、事業にしようとする企業にとって壁となっているのが、実社会で実証実験やユーザーテストをすることに大きなコストがかかることと、データ提供の協力が得られにくいことです。

     そこで、XR体験の実証実験もXR空間でシミュレーションできるようにしたのが、私たちが開発した「Xperigrapher(R)」というプラットフォームです。製品・空間・UIの開発前ユーザーテストや、新しいコンテンツ、デバイスの研究開発に活用できます。

     具体的には、プログラミング言語の知識がない人でも、マウス操作で仮想環境と視覚・聴覚などの複数の感覚情報を統合した情報コンテンツの作成が可能で、センサで利用者の動作情報や視線や瞳孔径を記録でき、認知分析、動作解析などに利用可能です。また、過去に記録した利用者が体験した場面(人の動きや視線や表情と周囲の仮想環境の全て)を完全に再現してリプレイできることで、過去の他者の体験を追体験したり、自分の体験を第三者の視点で見直すなど、現実ではできなかった検証ができます。

     例えば、建設機械メーカー、株式会社小松製作所と連携したプロジェクトでは、この「Xperigrapher(R)」によるシミュレーションを活用して、建設機械を遠隔操作する場面をVR空間に再現し、実機で試す前にさまざまなデザインの効果を検証する実験などが行われています。

    実世界の代替や、実世界で検証できないサイバー世界の取り組みの図
    実世界の代替や、実世界で検証できないサイバー世界の取り組みを試すことができる

    体験デザインの確立の先にある、XR産業の発展

     XR関連技術がもっと世の中に取り入れられ、リアルな空間とバーチャルな空間がより密接に融合していくなかで、利用者にとって安全で快適な「体験」をどのようにデザインするか。技術も考え方も、その評価技術もまだ発展の途上です。XR技術、通信技術、インターフェース、メディア認知、認知心理、社会心理などが交差する学際領域で、一企業が体系的な評価手法や基準の構築をすることは困難です。

     人間拡張研究センターは、XR技術を活用した体験をデザインするという観点で、関連企業と共通認識を作り、評価手法の確立と普及を図っていくためにコンソーシアム「拡張体験デザイン協会」を2022年6月に設立しました。さまざまな業界の会員機関とともに、安全で快適な体験デザインの評価手法を確立すべく動き出しています。

     もっと自由な発想で体験デザインを試せるようになり、現実の世界では考えられなかったような新しい体験デザインが生まれてくる。あたらしい「体験」をデザインするのと同時に、適切な評価手法や基準を考えていくことで、競争力が生まれ、より適正なXR産業の発展が見えてくる。私たちはそう考えています。XR時代のQuality of Lifeの向上と、あらたな「体験」を提供する産業の発展に向けて、取り組みを続けていきます。

     

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