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話題の〇〇を解説

インフラ老朽化対策とは?

2022/08/17

#話題の〇〇を解説

インフラ老朽化対策

とは?

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

  • #少子高齢化対策
  • #国土強靭化・防災
30秒で解説すると・・・

インフラ老朽化対策とは?

1960年代以降の高度経済成長を背景に、国内では高速道路網の整備をはじめとして生活の利便性や質の向上を目指した社会インフラへの投資が加速しました。それから半世紀が過ぎた今、多くの道路や橋、トンネルなど社会インフラが老朽化問題に直面しています。トンネル崩落や路面陥没のみならず、付属物やコンクリート片の落下などの危険性も増しているのです。簡単には作り直せない道路や橋など大型インフラをどのように維持していくか。生活利便性を維持しつつ安全・安心を確保していくために、崩落や落下が起こった後に対処する「事後保全」ではなく、事故が起こる前に対処する「予防保全」を前提としたメンテナンス方法への切り替えが喫緊の課題となっています。

私たちが毎日利用している道路や橋、鉄道網といった交通インフラ、上下水道や電力をはじめとしたエネルギーインフラのように、長い年月を経て「あることが当たり前」となった大型のインフラ設備を健全に維持するために、日々点検や補修工事などが行われています。しかし、橋梁は全国に約70万橋、トンネルは約1万本あります。全国に張り巡らされた多数のインフラの点検は、技術者の感覚に頼った手法がとられており、定期点検作業の頻度をあげることや質を向上するには限界があります。この課題に対し、テクノロジーを駆使して取り組もうとしているサステナブルインフラ研究ラボの津田浩ラボ長と遠山暢之副ラボ長に話を聞きました。

Contents

加速するインフラ老朽化と予防保全の課題

顕在化しているインフラ老朽化問題

 2012年12月2日の中央高速道笹子トンネル(山梨県)で発生した天井板の落下事故は、日本の高速道路で起きた事故としては史上最悪の9名の犠牲者を出す大惨事となりました。

 また、2021年10月に和歌山市で発生した水道管を渡す水管橋の崩落事故は、市の北部約6万世帯が断水するなど、日常生活に大きな影響を与えました。河川監視カメラに崩落の瞬間が記録され、ニュース映像として流されたので、多くの人が、インフラ老朽化問題が身近に存在することを認識したのではないでしょうか。

 いずれの事故も、経年劣化による老朽化が原因と結論付けられましたが、直前の点検では異常が見つけられませんでした。

インフラ老朽化対策には予防保全技術が不可欠

 この2件の事例だけでなく、高度成長期に一斉に整備されたインフラの老朽化は日本全国に広がっており、どこでも同じような事故が起きる可能性はあります。特に地震国である日本では、2011年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災) や2016年熊本地震のような巨大地震による揺れを受けたことで、道路や橋梁、トンネルをはじめさまざまなインフラ構造物が何らかの目に見えない問題を抱えている可能性があります。

 2022年版国土交通白書によれば、2040年の時点で建設後50年以上経過する施設は、道路橋の約75%、トンネルが約53%を占めるようになると言われています。

 インフラ老朽化による事故を食い止めるには予防保全が重要です。崩壊や事故が起きてからの事後保全では再建や補償といった点で費用もかさみます。事後保全から予防保全に転換することにより、今後30年間の累計でコストが約3割縮減できるという試算もあります(2022年版国土交通白書)。予防保全を推し進めるためにも、予防保全に関連する技術の向上を進めなくてはなりません。

インフラ老朽化対策の課題

 道路橋を例にとれば、検査員が近くに寄って目視で行う近接目視検査を中心とした5年に一度の定期点検を行うことになっていますが、笹子トンネル天井板落下事故や和歌山水管橋崩落事故のように従来の検査だけでは見つからなかった箇所が事故につながる場合もあります。

 そうした事故を再び起こさないためには、点検・検査技術の向上や技術者の育成と確保が重要です。しかし、橋梁やトンネルの点検には、交通規制を行うことに加えて高所作業車を使うなど多くの人員や機材が必要になります。地方自治体の土木関連技術者などの人材は減少傾向にあり、将来的に必要な点検が十分に実施できない事態も考えられます。

 そこでこれから求められるのは、点検を行う現場での省力化や効率化のためのテクノロジーの活用です。

 
 
高所作業車での検査の写真
高所作業車での検査

インフラ老朽化問題解決のカギはIT化

 産総研では、現場でいかに使ってもらえるか、という視点を大事にしつつ、検査装置の小型化をはじめとする予防保全に関する要素技術開発、ITを活用した点検の省力化や自動化に関する技術開発、インフラ構造物の長寿命化を図るためのコーティング材料開発を行っています。

インフラ老朽化対策にテクノロジーを

 コンクリート構造物の検査は、目視のほかにハンマーを使った打音検査を行うのが一般的です。このような人の視覚や聴覚を使った検査は今後も必要とされるでしょう。しかし、橋梁やトンネルといった大型構造物を目視や打音検査によって点検するには人手も時間もかかります。さらにき裂の状態判別や打音検査には経験と勘も必要になり、熟練の技が求められます。必要に応じて熟練者の技能に頼らないX線を用いた非破壊検査なども行われていますが、大掛かりな装置が必要でコストもかかるという課題があります。

 そこで、産総研では非破壊検査に用いるX線測定装置について、大掛かりな装置ではなく、乾電池で動作するX線源を備えた小型の装置を開発し実用化しています。

人工知能(AI)はじめデジタル技術を活用し検査を省力化

 AIを活用したインフラ関連技術の開発も進んでいます。

 下水道の流量測定では、音声データをAI技術で分析して、より安価で簡単に計測できる方法を開発しました。

 一般的に下水道の流量を測定するためには流量測定器を用います。この測定器による流量計測は複数箇所で月単位の測定が必要で、装置設置にかかるコストと大量のデータ処理が課題です。そこで、「流量そのものを計測するのではなく、下水が流れる音で流量を推定できないか」という発想から、市販のICレコーダーで録音した音を集め、AIにより流量を推定する技術を考案しました。市販のICレコーダーなら安価なものがあり、たくさん設置できることから豪雨の時など場所による流量の変化を測定しやすいのです。大量のデータもAIが処理してくれます。

 

流水音解析による下水道検査の写真
流水音解析による下水道検査

 橋梁検査では、近接目視の代わりにドローンを使って撮影したり、ドローンで撮影した映像から橋梁の変形を高精度に計測したりするなど、検査の省力化を進めています。

 産総研では、ドローンに搭載したデジタルカメラを用いて、車両通行時の橋梁のたわみを計測する技術を開発しています。ドローンにより撮影された映像には車両通行による変形以外に、ドローンの揺れによる“ぶれ”が含まれています。その“ぶれ”の影響を取り除き、サブミリ程度の精度で変位を計測する画像処理技術を開発しています。この技術を利用した定期的な計測により、たわみ量の変化を追跡することで橋梁の劣化診断が可能になります。さらに、点検のための通行規制を行う必要がなくなりますし、撮影できる場所の確保がこれまで難しかった橋梁でも簡単に点検を行うことができるようになります。通行規制に必要な人員も不要ですし、渋滞の発生といった懸念も払しょくされます。

ドローンを利用した構造物検査の写真
ドローンを利用した橋梁のたわみ計測

インフラ老朽化対策のデジタル化は国家戦略

 政府の成長戦略では「2025年までに建設現場の生産性の2割向上を目指す」などのさまざまな目標が掲げられており、設計、建設、点検、維持、保守をデータ化し、堅固で安全・安心なインフラを維持することが求められています。

 インフラ老朽化問題が表面化し、今この瞬間も対策が求められる中で、産総研でも要素技術の開発や現場で使いやすいデジタル技術の開発を進め、ステークホルダーと連携してこの問題に取り組んでいきたいと思います。

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