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牛の霜降り状態が、飼育中に十数秒で測れる

2018/04/30

牛の霜降り状態が、飼育中に十数秒で測れる核磁気共鳴法で水分・脂質を非破壊計測

研究者2人の写真
    KeyPoint 土木建築物の測定のため開発された片側開放型核磁気共鳴(NMR)装置。非破壊、短時間、高精度に大きなものが計測できるという特徴を生かして、まずは食品分野で花開こうとしている。
    Contents

     

    日本人は霜降り牛肉やマグロの大トロを好むため、これらの食材には高値がつく。市場で肉牛を適正に格付けし、値付けをするためには、個体ごとに霜降り具合を計測・数値化する必要があるのだが、これまではそれが難しかった。産総研は、飼育中の牛の霜降り状態を、個体を傷つけることなく、わずか10秒程度で計測できる技術を開発した。この技術は肉用牛の市場での適切な価格評価に役立つほか、マグロの脂身や牛乳の乳脂肪分測定など他の食品にも応用が可能だ。さらに、油汚染土壌の計測、歴史的建造物や仏像など文化財の非接触診断など、さまざまな分野への応用が期待できる。

    老朽化した建物内部の水分を表面からスキャンして定量化

     飼育中の牛の霜降り状態を計測し、定量化できる。マグロも尾を切り落とすことなく、牛乳もパックのまま数十秒で脂肪含有量が測れる。2017年に産総研が開発したのは、そのような画期的な非破壊計測装置である。しかし、開発者である中島善人の所属は地質調査総合センターという畑違いの分野なのだ。地質の研究者が、なぜ牛肉やマグロの脂肪量を測る装置を開発したのだろうか。

     「私は地球物理学が専門で、火山のマグマの状態を調べたり石油探査をする技術の研究開発を行っていました。石油探査の場合、地下に液状のものがあると把握できたとしても、価値が高いのは地下水ではなく石油なので、そこにあるのが水か油かを識別することが重要なわけです。牛肉の霜降り状態の計測も、牛の肉から筋肉中に含まれる水分と脂肪分を識別することに変わりはないので、地下資源探査の手法をそのまま適用できると考えたのが今回の開発のきっかけです」

     その手法とは、核磁気共鳴(NMR)装置を利用したものだ。永久磁石の近くに高周波コイルを置き、高周波コイルの中に試料を入れると、試料中に含まれる水素原子の中の陽子が磁力を受けて回転し高周波コイルに誘導電流を発生させる。試料の原子核は磁場の強さに比例する周波数で回転するのだが、その係数は原子によって定まっており、たとえば0.1 T(テスラ:磁束密度)の磁場での水素原子核の回転速度は約4 MHzである。そのような物理現象を利用して試料中の特定の原子の発するシグナルを捉えるのが、NMR装置なのである。医療用のMRIもこの現象を利用した画像診断法だ。

     資源探査などの専門家である中島は、当初この技術の応用先として、自分の専門に近い土木分野を考えたと言う。

     「土木分野には、現場で水分を計測したいというニーズがあります。例えば、コンクリートが老朽化して亀裂が生じれば、そこに地下水や雨水が入り込み、中の鉄筋が錆びて強度が落ちる原因になります。さらに、その水分が凍れば体積が増え、亀裂はさらに広がります。そのため、コンクリート内部の水分量を知ることは重要であり、橋やトンネルなどの建築物を壊すことなく、表面から水分量をスキャンして定量化できる装置のニーズはあると考えたのです」

     老朽化した建築物に限らず、打設したばかりのコンクリートの固化にともなう水分量減少のモニタリングにも、この技術は有効だと考えた。そこで中島は、表面から聴診器のようになぞることで物体内部の水分量を測れる装置を開発することにした。

    片側開放型NMRなら大型のものもスキャンできる

     中島が選んだNMR装置は「片側開放型(ユニラテラル)」という方式のものだ。医療で使われているMRIは国内に数千台はあるが、それらは本質的には2つの磁石を用いる「バイラテラル」というタイプがほとんどで、強力で均一な磁場がつくれ、シグナルを高精度で得ることができる。しかし一方で、2つの磁石の間に入るサイズのものしか測定できないというデメリットもある。土木用途であれば大きなものの測定が前提であるため、中島は片側を開放する方式を選択した。

     片側開放型NMR装置の場合、バイラテラルの磁石の一方をなくし、残った磁石の表面近くに高周波コイルを近づける。コイルの前の空間は開放されており、試料はそのコイルの前に置くことになる。試料のサイズに制限はないが、測定できる磁場は弱く不均一になりやすく、得られるシグナルも弱くなることが懸念された。そのため中島はまず、片側を開放してもシグナルがとれるかを調べることにした。

     「最初に用いたのは直径10 cm、重さ2 kg程度の永久磁石です。シグナルはとれましたが、とても微弱で、しかも表面から数mmのところをとるのがやっとだったのです。片側開放型NMR装置の宿命として外部ノイズに対しても「開放」的なため、ノイズも非常に大きく、得られる数値には大きなバラつきがありました。この点はノイズシールドを設けたことにより解決しましたが、いずれにしても、もっと深部まで測るために、より大きなシグナルを得られる大型磁石を用いることにしました」

    牛肉やマグロの非破壊計測にニーズがあると確信

     大きな磁石をと考え始めたその頃、中島は、大きな物体内部の非破壊計測の需要は、土木以外にももっとあるはずだと考えるようになっていた。試料の切り取りが許されない大きな物体中の水と油の含有量を測る必要のあるものには何があるだろうか?そこで思いついたのが農水産物、すなわち牛やマグロというわけだ。

     「牛肉の霜降り状態を測ろうと着想したのはよかったのですが、そこからが大変でした。何しろ地球物理学出身の私は、牛についてなんの知識もありません。解剖学的な知識も肉の部位の名称も知りませんでした」

     牛もマグロも測れる装置にできるだろうかと一から調べていくうちに、内部の脂肪量は外見からではプロでも簡単には判断できないということがわかった。牛の肉質等級はロース芯の断面を見てから決めるし、マグロも切り落とした尾の脂ののり具合から価格を決めている。それが、非破壊計測装置なら切らずに計測ができる。これは大きなメリットではないか。

     さらにこの装置を使えば、飼育中に霜降り状態が計測できる。農家は牛を育てるとき、餌の質などを経験から判断しているが、子牛の頃から定期的に測定をしてそれぞれの時点の霜降り度を知ることができれば、霜降り牛として育てる効果的な方法が科学的に裏付けられることになる。

     「脂肪量はおいしさ、ひいては価格にもかかわってきますから、食品分野でのニーズはあると確信しました」

    片側開放型NMR装置
    片側開放型NMR装置
    生きたままの牛にこの片側開放型NMRを当てると、体表から3 cmほど奥にある肉の霜降り状態を、短時間かつ高い精度で計測できる。

    わずか10秒で高精度の計測が完了

     トンネルのコンクリートにしても牛やマグロにしても、測るべき箇所は表面より数cm以上奥にある。そこを計測するために試行錯誤を繰り返し、2015年、直径30 cmの円柱形の永久磁石の端に高周波コイルを載せ、コイルの上部が開放された形状のプロトタイプをつくりあげた。表面から3 cmの深さにある1.9×1.9×1.6 cmの直方体が計測範囲だ。この探査深度3 cmは、生きた牛の僧帽筋やサーロインの位置をほぼカバーしている。

     これを用いて、牛肉の僧帽筋、サーロイン、テンダーロイン、赤身、脂肪の塊など、計17個の牛肉ブロック試料を計測。測定時間は、1試料あたりわずか10秒ほど。脂肪組織の中の脂肪分子と筋肉組織の中の水分子を水素原子核の緩和時間の長短で識別し、そこから牛肉の脂肪の含有量をわずかな誤差で推定することができた。

     「10秒というのがポイントです。これほど短時間で計測が終わるのであれば、長くはじっとしていられない家畜でも、鎮静剤や麻酔薬を注射せずとも計測することができるでしょう」

     しかし実用性の面で問題もあった。直径30 cmの大型磁石は、重量が43 kgもあるのだ。医療用MRIに比べればはるかに軽いとはいえ、中島がつくりたいものは、もっと気軽にあちこちに運んでいける装置だ。そのためにはより小型軽量化を進める必要があるが、その一方で、強くて均一な磁場も得なければならない。両立させることが難しい二つの機能をもたせるため、中島は実験を重ねていった。

     「コイルをどのようなサイズや形状にするのか、磁石のサイズや厚さ、磁場の方向はどうするのか。そしてそれらをどう組み合わせれば、よい結果が出るか。組み合わせをシミュレーションしては試し、さらにサイズを変えては試しながら、最適なものを探していきました」

     そういった磁石サイズやコイル配置の工夫を重ね、また、強い磁場をつくれるネオジム磁石を導入したことで、2017年、約15 kgの磁石で求める精度や探査深度を実現する装置が完成した。ようやく、ニーズのある場所に運び、計測ができる非破壊計測装置が完成したのだ。

    約15Kgの永久磁石にコイルを乗せた片側開放型のNMR装置

    建物の老朽化診断から文化財の非接触診断まで多様な用途が期待

     この装置を農業関連技術の展示会などで発表したところ、マスコミや企業の反応は大きく、日本人の食への関心の高さを実感したという。とはいえ中島は、この装置を農業分野だけに限定するつもりはない。

     「測る対象が液体・ゲル・ゴムなどであれば何であってもすべて同じ方法で計測できることが、この装置の大きな特徴です。もともと想定していたトンネルなどの老朽化診断のほか、油汚染土壌の計測、歴史的建造物や仏像など文化財の非接触診断、ヒト用MRIに入りきらない象やキリンなどの大型動物の病気診断など、さまざまな用途に応用が可能だと考えています」

     現在はトラックの振動の影響を受けにくい運搬用具を用意するなど、装置を安全に輸送して操作できる体制を整えているところだ。牧場から牧場へ、そしてそこから市場やトンネルへというように、常にニーズのあるところに移動し、そこで計測しては次の現場に向かっていく。そのような使われ方を、中島は想定している。

     「いろいろな用途が期待できる装置なので、橋渡し先としても計測器メーカーだけではなく、多様な分野の企業が候補になるでしょう。短時間で非破壊計測のできるこの装置を、ぜひ実用化につなげていきたいと思っています。非破壊検査を業務とされている会社の方、この装置で測ってみたい対象物がある方など、どうぞ気軽にご相談ください」

    地質調査総合センター
    地圏資源環境研究部門
    物理探査研究グループ
    上級主任研究員

    中島 善人

    Nakashima Yoshito

    中島 善人上級主任研究員の写真
    産総研
    地質調査総合センター
    地圏資源環境研究部門

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