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発表・掲載日:2021/03/22

ウイルスを短時間で不活性化できるコーティング技術を開発

-金属・ガラス・樹脂など表面に抗ウイルス機能を有するセラミックコーティングを形成-

ポイント

  • ウイルス不活性化評価試験ISO21702において不活性化率99.997%以上を達成
  • 多孔質膜への薬剤担持により、ウイルスの短時間不活性化を確認し、持続性も設計できることを示した
  • 産総研独自のエアロゾルデポジション(AD)法によってさまざまな表面に適用が可能

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)先進コーティング技術研究センター【研究センター長 明渡 純】微粒子スプレーコーティング研究チーム 明渡 純 研究チーム長(兼務)、同研究センター 相馬 貢 総括研究主幹は、学校法人就実学園【理事長 西井 泰彦】就実大学【学長 桑原 和美】(以下「就実大」という)薬学部 山田 陽一 講師、上田 剛慈 研究員、塩田 澄子 教授、工藤 季之 教授らと共同で、即時性に優れ持続性もある抗ウイルスコーティングを作製する技術を開発した。

この抗ウイルスコーティング作製技術は、 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を含むエンベロープ型ウイルス全般に効果がある界面活性剤を含浸可能でかつ徐放するコーティングを作製する技術である。今回、産総研の技術「エアロゾルデポジション(AD)法」によってアルミナ(Al2O3)ナノポーラス膜を作製し、これに消毒で広く用いられているクロルヘキシジン(CHX)を含浸させたコーティングが顕著な抗ウイルス効果を示した。今回開発した技術により、ステンレス、ガラス、樹脂など多様な素材の表面に常温で肌触りの良い抗ウイルスコーティングを作製可能である。徐放効果があることから、頻繁に清拭を行うことが難しい場面での活用が期待される。今後企業に呼びかけ早期の実用化を目指す。

図

2つのメカニズムで機能する抗ウイルスコーティング


開発の社会的背景

新型コロナウイルス感染症への対策としてマスクの着用、手洗い、密集・密接・密着を避けることが広く意識されるようになった。手洗いを除くこれらの行動様式はウイルスを含んだ飛沫の吸引による感染リスクを避けることと対応している。シミュレーションによって飛沫の拡散に関する湿度の影響やマスクの効果などが明らかにされ、飛沫感染は主要な感染経路と位置付けられている。

一方で、物質表面に付着したウイルスの活性(感染可能)な時間は気温と湿度に大きく依存し、低温低湿度では1週間にもわたって感染力を保つという報告もあり、固体表面のウイルス不活性化は依然として重要な課題である1), 2)。アルコールや希釈洗剤(界面活性剤)は新型コロナウイルスを含むエンベロープ型ウイルスのエンベロープを破壊でき、その効果はウイルス表面のタンパク質が変異しても変わらないので汎用性が高い。

界面活性剤による清拭は有効であるが、ドアノブや手すり、つり革など公共の場で人の手が触れるものに対して頻繁に行うことは難しい。これらのものには抗ウイルスの効果の短時間での不活性化とその持続性が求められるとともに素材として耐摩耗性や耐光性、さらには肌触りなども重要な因子となる。このような背景から質感と強度に優れ、界面活性剤を徐放できるコーティングが求められている。

 

研究の経緯

産総研では、これまで約20年にわたりAD法と呼ばれる常温セラミックスコーティング技術を研究開発してきた。この手法は、常温で金属や樹脂、ガラスなどさまざまな基材の表面に非常に強固な密着力と機械強度をもつ厚みのあるナノポーラスセラミックス膜を形成できる。

一方、就実大では、これまで感染症に対する効果的な薬剤を探索し、病原体を直接破壊する機能を有するだけでなく、病原体の病原性を抑制する機能などさまざまな角度から検討を行ってきた。また、目的とする機能を高める一方で薬剤の人体への安全性への配慮も踏まえた薬剤の分子選定を行ってきた。

このような薬剤は一般に平滑な表面に塗布すると、水や油に溶出するため長期にわたる抗ウイルス効果は期待できない。また、ウイルス不活性化物質を樹脂材料に練りこみコーティングする手法も実用化されているが、樹脂皮膜内にトラップされ表面には露出しにくく十分な効果が発揮できない可能性や、対象によっては密着性が悪く塗布が困難な場合がある。そこで、今回は耐久性に優れたナノポーラスセラミックス膜に、安全で抗ウイルス性が高い界面活性剤を担持、固定化できれば、表面の洗浄や摩耗などによってもウイルス不活性化効果が長期に持続し、実用的な抗ウイルスコーティングを創成できると考え、その検証に取り組んだ。

なお、本研究開発は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)ウイルス等感染症対策技術開発事業(基礎研究)課題「ウイルス感染拡大抑止効果をもつ表面創成技術に関する研究」の支援を受けて行った。

 

研究の内容

今回、水溶液中の帯電状態、親油基の長さや分子の立体構造などの観点から、ウイルス不活性化のために適切な界面活性剤としてCHXを選定した。

図1に、今回開発した界面活性剤を徐放する抗ウイルスコーティングの模式図(左)と走査型電子顕微鏡(SEM)写真(右上段)を示す。AD法を用いて、常温でさまざまな基材上に厚さ1μm以上のアルミナ(α-Al2O3)のナノポーラスセラミックス層を形成、そこに抗ウイルス薬剤としてCHXを含浸して担持させた。このような抗ウイルスコーティングの表面に付着したウイルスは、①コーティング面へ広がる形でエンベロープが破壊され不活性化するか、②コーティング面から飛沫液中に溶出した抗ウイルス薬剤が直接ウイルスに作用して破壊、不活性化するかの二つの可能性が考えられ、この二つの効果により高い不活性化効果が期待される。今回の評価ではエンベロープ型ウイルスの例としてA型インフルエンザウイルスを用いた。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)もエンベロープ型ウイルスであり、さまざまな界面活性剤で不活性化されることが報告されている3)。したがって、今回の評価結果で示された有効性は新型コロナウイルスに対しても同様であると考えている。

図1

図1 抗ウイルス薬剤を担持したナノポーラスADセラミックス膜表面でのウイルス不活性化原理

図2は、ステンレス(SUS)基板上に今回開発した技術で抗ウイルスコーティングを作製し、国際標準となっているウイルス不活性化評価試験(ISO21702)でA型インフルエンザウイルスに対する抗ウイルス効果を評価した結果である。残存ウイルスの量は、PFU/mLで示している。24時間での抗ウイルス活性値は4.5以上、不活性化率で99.997%以上と高い抗ウイルス効果が確認された。さらに短時間での効果として、2時間で同様の試験を行ったところ、抗ウイルス活性値は3.7以上、不活性化率は99.98%以上であった。

ラマン散乱分光法で、水洗浄や摩耗試験を行った後のCHXの残留量を評価したところ、図3に示すように基材表面に薬剤を直接塗布した場合は、短時間(1分30秒)の水溶液中での超音波洗浄で薬剤は消失するのに対し、AD法によるナノポーラスセラミックス膜がある場合、10分の水溶液中での超音波洗浄でもCHXの残存が認められた。また、図4に示すように、ドライ環境でのボール・オン・ディスク(BoD)試験で30分後の摩耗面でもCHXが数分の一程度残存しており、長期にわたる抗ウイルス効果の持続性も期待できることがわかった。この効果は、ナノポーラス膜の厚みを増すことによってさらなる長期化も可能である。また、今回開発したコーティングの表面は、摩擦係数μ=1前後で、ぬめりはなくビロードの様な肌ざわりである。

図2

図2 クロルヘキシジン(CHX)を担持したナノポーラスADセラミックス膜のウイルス不活性化効果

図3

図3 超音波洗浄に対するセラミックスコーティング膜の薬剤保持力

図4

図4 ボール・オン・ディスク(BoD)耐摩試験耗痕と抗ウイルス薬剤の残留量の時間依存性

図5に想定される応用を示す。図3、図4にそれぞれ示した耐洗浄性、耐摩耗性の結果から、人の手が触れる手すりやボタン、ドアノブのほか、防護服の表面や、救急車さらにはカーシェアリングでの車内壁やハンドル、シフトレバーなどの部品の表面へのコーティングが期待される。また、長期使用の際は追加で薬剤をスプレー塗布すれば不活性化能力は回復するが、表面が汚染されることも予想され、洗浄などのリフレッシュが必要になる場合もあると考えられる。一般に万能のコーティング作製は難しく、即時性や持続性など用途に応じた最適な機能をもつコーティングの設計が求められる。

図5

図5 想定される抗ウイルスコーティングの各種活用先

 

今後の予定

今後、さらなる長期耐久性の評価を行うとともに、コーティング後の表面のリフレッシュ方法やCHXの補充などについても検討を行う。CHXは最も広く使用されている殺菌剤の一つであり、ウイルス対策のみならず幅広い感染対策になると期待できる。そのため今回開発した技術の波及効果は大きいと考えており、民間企業との連携を図って、図5に示すような用途ごとに詳細な検討を進め早期の実用化を目指したい。

 

関連参考文献

1) C. Xie, H. Zao, K. Li, Z. Zhang, X. Lu, H. Peng, D. Wang, J. Chen, X. Zhang, D. Wu, Y. Gu, J. Yuan, L. Zhang, and J. Lu, The evidence of indirect transmission of SARS-CoV-2 reported in Guangzhou, China. BMC Public Health, 20, 2020, 1202.
2) S. H. Bae, H. Shin, H-Y. Koo, S. W. Lee, J. M. Yang, and D. K. Yon, Asymptomatic transmission of SARS-CoV-2 on evacuation flight, Emerg. Infect. Dis., 26, 2020, 2705
3) 独立行政法人製品評価技術基盤機構 https://www.nite.go.jp/information/osirase20200626.html


用語の説明

◆エンベロープ型ウイルス
エンベロープはウイルス粒子のもっとも外側に位置する脂質の膜。エンベロープ上に存在するタンパク質は、宿主への感染、免疫系からの回避などに重要な役割を果たす。ウイルスにはエンベロープを持つタイプと持たないタイプが存在する。[参照元へ戻る]
◆エアロゾルデポジション(AD)法
固体状態のセラミックス微粉末を常温で基板に吹き付けることにより、加熱することなく機械的な衝撃力だけで、緻密で高透明、高強度、高密着力のセラミックス皮膜を形成する手法。従来の製膜法に比べて飛躍的な製膜速度の向上とプロセス温度の低下が実現した産総研発の技術。AD法では、コーティング手法の簡便性と相まって、従来の技術をしのぐ密着性と緻密性、平滑性が得られるため、半導体製造装置用低発塵部材や色素増感型太陽電池などで製品適用されており、その他耐磨耗性コーティングや燃料電池、全固体電池のためのプロセス技術として、機械、航空、エネルギー関連分野で応用研究が進んでいる。また、生体適合性セラミックス材料の金属部材コーティングによる、耐久性の高い人工関節や生体インプラントへの応用も研究されている。(関連記事参照)[参照元へ戻る]
◆クロルヘキシジン(CHX)
化学式C22H30Cl2N10、分子量505.446。手指などの殺菌に使用される。一般的に、グルコン酸塩として使用されることが多い。[参照元へ戻る]
◆ウイルス不活性化評価試験(ISO21702)
金属や樹脂などの非繊維サンプルを用いた評価方法。試験片にウイルス液を塗布し、乾燥を防ぎながら24時間、静置したのちにウイルスを回収する。残存ウイルス量を測定してウイルスの減少効果(ウイルス不活性化率)を評価する。[参照元へ戻る]
◆PFU/mL
ウイルスは宿主細胞に感染すると宿主細胞を破壊する。一層に敷き詰めた宿主細胞にウイルスを感染させると、活性のあるウイルスの数に応じて宿主細胞の破壊、脱離がおきる。生細胞の染色剤を使用すると、この破壊された宿主細胞の跡が染色されず、穴あきのように見える。この穴をプラーク(plaque)とよび、計測したのがプラーク数である。使用したウイルス液量から算出することで、活性のあるウイルス数をplaque forming unit(PFU)/mLとして示せる。[参照元へ戻る]
◆抗ウイルス活性値
対照サンプルと試験サンプルのそれぞれ活性のあるウイルス数(PFU/mL)を常用対数で示し、その差を抗ウイルス活性値という。例として、抗ウイルス活性値が3であれば、活性のあるウイルス数を99.9%減少させることになる。[参照元へ戻る]
◆不活性化率
対照サンプルと試験サンプルのそれぞれの活性のあるウイルス数(PFU/mL)から算出されるウイルスの不活性化の割合。以下の式で算出する。[参照元へ戻る]
式
◆ラマン散乱分光法
物質に光を照射して生じたラマン散乱光を調べることにより、物質の分子構造や結晶構造などを知る手法。ラマン散乱光には物質中の分子のさまざまな情報が含まれており、波長ごとに分けて(分光)解析することで物質の同定や、結晶化度、配向などを調べることができる。[参照元へ戻る]
◆ボール・オン・ディスク(BoD)試験
摩擦摩耗試験の一種で、試験片にボールを一定の荷重と速度で回転接触摺動させ、このときの摩擦力を計測するとともに、所定距離摺動後の摩耗量を測定する試験法。[参照元へ戻る]
◆摺動速度
ボール・オン・ディスク試験では、試験片の回転中心から離れた位置で摺動ボールを試験片に押付け回転移動させるが、その時の摺動ボールと試験片の相対速度のことで、1分間の試験片の回転数(rpm)に比例する。[参照元へ戻る]

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