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話題の〇〇を解説

マテリアルズ・インフォマティクス、プロセス・インフォマティクスで何が変わる?

2022/04/20

#話題の〇〇を解説

マテリアルズ・インフォマティクス、プロセス・インフォマティクス

で何が変わる?

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

  • #エネルギー環境制約対応
30秒で解説すると・・・

マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とプロセス・インフォマティクス(PI)で何が変わる?

新しい素材の開発には大変な時間とコストがかかります。研究者や開発者が無数に存在する原料物質を組み合わせてさまざまな化合物を合成し、目的とする機能が発揮されなければ原料物質を変更したり、添加剤を変えてみたりとトライ&エラーを繰り返してきました。このトライ&エラーを減らすために、AIをはじめとする情報科学の技術を活用して材料開発を迅速化するのがマテリアルズ・インフォマティクス(MI)です。そして開発された材料の最適な製造方法を探索するのがプロセス・インフォマティクス(PI)です。

マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とプロセス・インフォマティクス(PI)は、すでに世界の素材メーカーで導入が始まっています。私たちの身の回りの製品に使われる素材は、地球上に存在する原料を組み合わせて生み出されてきました。一つの素材を研究開発し製品化するために、実験と物性を評価するという作業が何度も繰り返されています。その作業を短縮、効率化するのがMIで、量産化のために効率的な製造プロセスを開発するのがPIです。現在では素材メーカーを中心にMI、PIの開発競争がスタートしています。日本がこれからも材料開発で競争力を発揮するために必要なMI、PIについて、実用化の加速に取り組む材料・化学領域研究企画室の山口有朋室長に話を聞きました。

Contents

日本のものづくりを進化させるために

マテリアルズ・インフォマティクス、プロセス・インフォマティクスとは?現在はどこまで進化している?

 かつて日本は半導体産業で世界をリードしていましたが、日本の牙城だった半導体メモリ生産は台湾や韓国に抜かれ、それらの海外メーカーがさまざまな半導体の生産を開始していることで競争がより厳しくなっています。しかし、半導体生産に不可欠な原料ガスや溶剤、レジストなど多くの化学材料では、日本メーカーはいまでも大きなシェアを持っています。日本の素材メーカーは素材開発力でシェアを維持してきたわけです。

 ただ今のポジションで、安心していることはできません。海外の素材メーカーも開発スピードを上げてシェア拡大をもくろんでいます。日本の素材メーカーはさらに開発のスピードアップを図り対抗していく必要があります。日本のものづくりが進化し続けるためにはデジタル技術の活用が不可欠で、素材メーカーがここにきてMI・PIの研究を始めたり、実際に開発結果をビジネスに導入したりしています。世界規模でMI・PIの導入は大きな流れとなっており、これに乗り遅れるわけにはいきません。

なぜMIが必要なのか

 MIは「データ駆動型材料開発」と言い換えることもできます。

 一般的な素材開発は、扱う元素や反応条件の無限とも言える組み合わせの中から目的に合う機能を持った素材を探し当てる作業です。昔は研究者の経験と勘が頼りで、なかには偶然の産物として開発された素材もあります。社内に蓄積された経験やノウハウを利用し、競争力のある各種の素材を短時間で開発することが求められてきました。しかしすでに多くの素材が開発され実用化された現代では、より高性能で、要求される特性にマッチする素材を開発するのはコストがさらにかかり、時間もかかるようになったのが実情です。

 MIは「膨大な時間を必要とする材料開発の高速化やコスト削減」を狙いとしたAI技術などを活用するデジタル技術です。企業や研究機関に蓄積された実験データは高速化を図るための重要なデータとして活用していくことになります。

MIの課題や難しさ

 AIに適切な答えを出させるためには、投入するデータの質を高め、量を増やす必要があります。すでに公開されている論文データや特許情報などを集めて学習させるという方法が開発されています。最近では、既存の公開データだけではなく、企業内などで実験やシミュレーションをして得られたデータを蓄積して利用するという手法が普及しつつあります。情報科学の利用により特性予測から材料試作までの時間短縮を図ることが可能となり新規物質発見や開発期間の大幅な短縮といった効果が期待できるようになります。

 そのためにはどのようなデータを利用するかという点に注意が必要です。当然ですが、良質なデータを利用することが重要です。ここで言う良質なデータというのは、必ずしも成功事例のデータばかりを指すのではありません。成功事例のデータだけ投入しても、AIのパフォーマンスは上がらず、失敗したデータも生かさなければなりません。成功事例と失敗事例をともに分析することでAIが適切な答えを導き出してくれます。

PIで製造プロセスを効率化

 MIにより候補物質となった素材は、実際に量産ができなければ製品になりません。製造プロセスにおける、最適な反応温度・圧力や反応に必要な時間などを探索するのはPIの役割です。MIが「特性予測から試作に至る新材料開発をデータ活用により加速させる技術」とするならば、PIは「材料試作から工業的に利用可能な製造方法に至る開発をデータ活用により加速させ、各社が有するノウハウを強化する技術」というわけです。新しい素材を実用化するためには、どちらも重要な技術です。

MIとPIの概念図
「何を作るか?」のMIと、「どうやって作るか?」のPIは材料開発の両輪
 

産総研のMI・PIへの取り組み

企業と共同でMIを開発

 産総研では2016年度から2021年度まで「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト(超超PJ)」事業を行ってきました。これは産総研と企業18社が参加し、有機系機能性材料を対象に計算科学とMIを活用して材料開発の高速化にチャレンジするプロジェクトです。従来の材料開発と比べ、試作回数・開発期間を1/20に短縮することを目指してきました。

 フレキシブル透明フィルムの開発では、構造や組成、機能のデータをAIに学習させることで開発期間短縮を実現し、従来の研究者の知見のみに頼った研究開発に比べて実験回数を1/25以下にすることができました。また、相反する透過率、破断応力、伸びの3項目の特性を高めたフィルムの開発に成功しています。

会員企業が利用できるデータプラットフォームを構築

 前述したプロジェクトから発展して、半導体材料や高機能誘電材料、高性能高分子材料、機能性化成品、ナノカーボン材料などの分野でデータを応用し開発を加速することが期待されています。産総研では2022年4月以降、会員企業が、周辺データなども集めたデータプラットフォームを利用できるコンソーシアムの運用を開始します(データ駆動コンソーシアム)。光機能性微粒子や触媒などに関する目的別のデータプラットフォームを5つ備え、コンソーシアムの活動のなかでデータを共用できる体制を作ります。

 しかし、プロジェクトの成果だけではデータ量は増えません。企業がデータを提供する仕組みも必要になります。良質なデータをより多く集めるためには、企業の参加は不可欠ですが、実はクリアすべきハードルがあります。例えば、異なる性能を持つ素材を開発しているA社とB社がデータを出し合えば、相互にデータが見られるようになり、双方の開発を加速できる可能性があります。一方で、A社とB社が近い性能を出すことを目的とした素材開発をしている場合はどうでしょうか。この場合、A社もB社もおいそれとデータを提供できないはずです。そこでデータ秘匿化技術を活用することで、安心してデータプラットフォームを使える仕組みを整備しています。

データプラットフォーム概要
材料設計プラットフォーム(MDPF)
 

 PIについては、日本が高い国際競争力を持つ素材を対象に、産総研の中に先進触媒拠点(つくばセンター)、セラミックス・合金拠点(中部センター)、有機・バイオ材料拠点(中国センター)の3つの拠点を設置し、それぞれの分野での開発を進めていきます。(マテリアル・プロセスイノベーションプラットフォーム) それぞれの拠点には対象分野に合わせて分析装置やプロセス装置などを備え、中小・ベンチャー企業などが抱える製造プロセスの課題解決に対応していくほか、データ駆動型研究開発をとおして製造プロセスのコアとなるモデル開発を行います。

人材育成がこれからの重要課題

 MIやPIの開発や実用化を進めるなかで、非常に重要な課題となるのが人材育成です。化学・材料分野の専門的な知識は欠かせませんが、同時にAIや深層学習などを使った分析・評価の専門的な知識も必要になります。その両方を備えた人材を育成することは、今後のMI・PIの普及と実用化には非常に重要になります。

 最近ではDXの進展で、あらゆる産業分野でデジタル人材を求める動きが活発になっています。材料化学という高い専門性が求められる分野だけに、外部からデジタル人材を求めるよりも、材料や化学の研究者をデジタル人材に育成する方が早道かもしれません。今後の素材産業の国際競争力アップや研究・製造の効率化にMIとPIは避けて通れません。技術面でも人材面でも成長し続けていくことが、材料開発の業界でいま求められています。

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