G-QuATセンター長・益一哉さんの「一寸先は闇」
~研究者漫画 AIST RESEARCHER MANGA~
取材・構成 産総研広報、漫画 篠原 彬
これは科学解説漫画ではない。研究者の人生の物語だ。
すべての発明は、研究者たちが日夜手を動かし、数多の壁を乗り越えた先に生まれる。
そばで研究者を支える職員として、成果だけではなく研究という「人の営み」を伝えたいと思いました。
同じ研究所の職員だからこそ聞ける、純度100%の“研究にかける想い”。
取材をもとに構成された、ノンフィクションの漫画を産総研広報・完全内製でお届けします。
益一哉さん・取材こぼれ話
きたれ、G-QuATフロンティア 冒険心と執念で、量子・AI時代を切り開け
ポジティブな変化を武器にリニアな視点から脱却せよ
学生時代は半導体の製造プロセスや物性評価などの研究に取り組んできた益さん。東京工業大学の教授になったことを機に、半導体の「回路」の分野に舵を切りました。
「研究する場所を変えるときは、研究テーマも変えるチャンス。むしろ、変わるのが自然だと思います」と、半導体の配線に不可欠なアルミのCVD(Chemical Vapor Deposition:化学気相成長)の研究から配線そのものの設計、高周波回路の研究へと領域を広げました。周りの研究者からは「よく研究テーマ変えたね、ギャンブルしたね」と言われたものの、新たな環境に飛び込んでもこれまで築き上げてきたネットワークは変わらず残っていたため、新しい研究テーマに打ち込むことに不安はなかったといいます。さらに、金メッキを用いた超高感度の加速度センサーの開発過程で、研究に取り組むスタンスにも変化があったそうです。
「研究開発のプロセスは、一般的に基礎研究→応用研究→開発→製品化といった直線的なステップで進む『リニアモデル(線形モデル)』として理解されています。ですが、人の動きを加速度センサーで測定できる製品の開発を通して、『一度、製品がどう使われるかまで具体的に想定できたのなら、ユーザーの視点からどういった研究が必要かを考えることもできるのでは』と気づいたんです」
集積化CMOS-MEMS技術では、半導体のCMOS回路とMEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小なセンサーやアクチュエーターなどの部品を一つの基板に集積したもの)を一つの半導体チップにまとめることができます。加速度センサーに利用する錘の材料を金にすることで、感度を従来の1000倍に向上させるとともに、さらなる小型化を可能にしました。もともとは性能の徹底的な追究という視点での研究でしたが、どう使うかを考えて研究を発展させた成果でした。使うという視点の重要性は分かっていたものの、これを機に、さらに自分事として考えることができるようになったと振り返る益さん。この発想の転換は、今まさに注目されている量子分野の研究にも有用だといいます。視座をかえてみるという当たり前のことを強く意識することが大切です。
「現在の量子研究は、大きく変化しています。さらに、変化のスピードが極めて早いです。従来は、基礎研究、応用研究、その成果の社会実装・イノベーションがリニアに進化・進展していました。しかし今は、多くの研究分野でそれらが渾然一体となり、すべてが同時進行しているように思います。装置技術がつたなく、情報流通も限定されていた時代には、基礎研究から順にステップを踏むというやり方が適していたのかもしれません。しかし、生成AIが私たちの思考そのものを強力に支援し、情報は瞬く間に世界中で共有される現代においては大きく変わってきていると認識した方がいいです。リニアなモデルで研究開発を進めていた時代には得られなかったチャンスが、確実に増えているといえるでしょう」
数百量子ビットまで拡張することが可能な、超伝導量子コンピューター(システムF)。
成果を決定づけるのは追究しつづける執念の濃淡
新しいテーマの研究にもためらいなく取り組んできた益さんですが、研究人生が常に順風満帆とは限りません。失敗すれば心が折れそうになるのが人間の常ですが、益さんは「そこで冷静さを失わないのが研究者のたしなみだ」と考えています。例えば、“トンネル効果”の発見でノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈博士と同じ現象に気づいていた研究者は他にもいたはずだ、と話します。
「他の研究者は単に失敗や間違いだと思い込み、追究しなかったのかもしれません。江崎博士だけがそのデータを真剣に考え、なぜだろうかと追究した。その結果がノーベル賞でした。どんな人にもチャンスは平等に存在しますが、うまくチャンスを生かせた人こそが大きな成果をつかむ研究者として花咲きます。世界中の研究者が取り組む中で問われるのが『どこまで追究し続けるか』という執念の深さです。執念の濃淡こそが、成果が得られるかどうかを分けるのです」
実装志向型の研究拠点G-QuATがリードする未来
2023年に設立、2025年3月には超伝導方式や中性原子方式の量子コンピューター、GPUスパコンと量子コンピューターを組み合わせた計算基盤システム(ABCI-Q)などの設備を整えた本部棟が完成。量子・AI時代の研究拠点として本格的に走り出したのが、益さんがセンター長を務める量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(通称「G-QuAT」)です。
実運用に近い環境で部材・装置の性能評価が可能なテストベッドQubed。
「私たちG-QuATは、研究開発に取り組むだけでなく、量子技術を産業として成長させ、社会実装するために必要な機能をワンストップで提供する拠点です。私たちが目指すのは、研究成果を生み出すことだけではありません。量子・AI技術を開発する企業、技術の実装に必要な製品を供給するサプライヤー企業、技術を実際のビジネスに活用するユーザー企業などが連携する結節点となって、ともに価値を創出して進化する『ビジネスエコシステム』をつくり上げることを目指しています」
益さんはこうも語ります。
「未来は、量子技術やAIがなくてはならないものになっているでしょう。どこか万能な印象のある量子やAIですが、現時点では、その精度は100 %ではなく誤りが付いて回っています。そんな中で、誤りをなくす、誤りがあっても何とか使いこなす、といったさまざまな取り組みがあります。変化が早く、先が見えない世界の中で、システムとしていかに信頼できるものを築き上げていくかが大切です。失敗を恐れず、執念を持ち続け、チャンスを掴む。そんな思いを持った研究者や企業のみなさんと新しい時代を切り開くための環境が、ここにはあります」
これまでにない研究のかたちで、量子・AI時代をリードするG-QuAT。その門戸は広く開かれています。
ビジネス創出を目指すさまざまな関係者の結節点となるインキュベーションスペース。
G-QuATについてもっと知りたい方はこちら!
G-QuAT 紹介ムービー【産総研公式】
G-QuAT 公式webサイト