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話題の〇〇を解説

2023年ノーベル物理学賞「アト秒光パルス」とは?

2023/12/13

#話題の〇〇を解説

2023年ノーベル物理学賞「アト秒光パルス」

とは?

―物質中の電子ダイナミクスを研究するためのアプローチ―

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

    30秒で解説すると・・・

    アト秒光パルスとは?

    アト秒光パルスとは、アト秒(1アト秒=10のマイナス18乗秒=100京分の1秒)という非常に短い時間の光信号のことです。物質中の電子は物質の構造、機能、反応を支配しており、構成原子の周りを超高速で運動していることが知られていますが、その運動の時間領域はアト秒と非常に短く、直接観察する方法がありませんでした。これを可能にするのが、アト秒光パルス。カメラのフラッシュはその瞬間だけ対象物に光をあてて、高速で動く対象物を止まっているかのように撮影することができます。今回のノーベル物理学賞の成果では、アト秒の時間領域でのフラッシュを実現したと言えます。電子の超高速現象を観測するための強力なツールとして、物質の構造、機能、反応についての理解を深める上で重要な役割を果たすと考えられています。

    2023年はノーベル化学賞、ノーベル物理学賞ともに、光にかかわる研究が受賞しました。ノーベル化学賞を受賞した「量子ドットの発見と合成」は、大きさによって光の性質が変わるナノ粒子の研究で、テレビのディスプレイやLED照明などの発光材料、医療分野、量子コンピュータなどに応用されています。一方、ノーベル物理学賞は、物質の構造、機能、反応を支配する電子の超高速運動に関する理解を深めることに大きな影響を与える「アト秒パルス光の生成に関する実験的手法」を生み出した功績が認められました。受賞したのは、ピエール・アゴスティーニ氏(アメリカ・オハイオ州立大学名誉教授)、フェレンツ・クラウス氏(ドイツ・ルードヴィッヒ・マキシミリアン大学教授、マックス・プランク量子光学研究所所長)、アンヌ・リュイリエ氏(スウェーデン・ルンド大学大教授)の3人です。
    日本国内でも1980年代からアト秒光科学分野の研究は進んでいました。光物理学の研究者で、位相制御レーザーパルスをつかって物質制御や計測手法の研究を行っている電子光基礎技術研究部門 先進レーザープロセスグループの大村英樹 主任研究員に、今回の受賞理由や社会に与える影響を聞きました。

    Contents

    アト秒光パルスとは何か

     近年のノーベル賞は、技術が応用され社会的波及効果が確認されたものが多く評価されてきたように思えます。アト秒光パルスには、まだ際立った社会的波及効果がなかったものの、これまでまったく見る方法がなかった、電子のアト秒領域の運動が観測できるようになったということが評価されたといえます。

     1アト秒とは100京分の1秒という非常に短い時間のことです。アト秒光パルスとは、このアト秒という非常に短い時間の光信号のことです。速すぎて追跡できなかった電子などの運動が、アト秒光パルスによって観測することができるようになります。パルス幅(光パルスの持続時間)が非常に短いため、物質中の電子の運動をアト秒の間だけ止めて観測することが可能になったのです。これが、アト秒レーザーパルスをつかって電子の超高速現象を研究したり、電子の運動を操作したりする「アト秒科学」の基礎となっています。

    ノーベル賞受賞までの道筋

     2018年に「高強度超短光パルスの生成方法」がノーベル物理学賞を受賞しました。この時の光パルスの長さはフェムト秒(1フェムト秒=10のマイナス15乗秒=1000兆分の1秒)です。こちらも非常に短い時間の光パルスなので、熱影響の少ないレーザー加工技術や医療機器などに応用されており、原子の運動までは観測できました。しかし、それより小さく速い電子の運動を観測するには、さらに短いアト秒レベルの光パルスが必要でした。

     1988年、リュイリエ氏は、貴ガスのひとつであるキセノンガスに高出力レーザーパルスを照射すると、波長変換によって短い波長の光が発生する高次高調波発生現象を発見しました。従来の理論では波長が短くなると高次高調波の発生効率は急激に減少するはずでしたが、実際は光パルスの波長が短くなっても高次高調波の発生効率がほぼ減少しない波長領域があり、この現象は従来の理論では説明できないものでした。

     その後、何人かの理論物理学者がその謎を解き明かし、高次高調波発生現象がレーザー電場に同期したアト秒領域の電子運動によって発生したアト秒光パルスであることを指摘しました。そのメカニズムは図のような3つのステップから構成されます。最初に高出力レーザーパルスを照射するとトンネルイオン化によってアト秒の時間で電子が原子の外に出ていきます(図1)。次にその電子はレーザー電場でイオンに向かって加速され(図2)、運動エネルギーを得てイオンと再結合しアト秒光パルスが発生します(図3)。

    図1、図2、図3
    高出力レーザーパルスの照射によりアト秒パルス光が発生する原理

     高次高調波がアト秒光パルスであることが指摘されたわけですが、高次高調波の発生効率が低かったため、実験的なアト秒光パルスの評価は困難を極めました。その後、高次高調波の発生効率が急速に改善され、アト秒光パルスの実験的評価法が確立されていきました。2001年にアゴスティーニ氏が、アト秒パルス列の発生とその評価の実験に成功しました。連続したパルス列であるものの、250アト秒というとても短いアト秒光パルスの発生とパルス幅測定に成功しました。同年、クラウス氏は、650アト秒の単一アト秒光パルスの発生とパルス幅測定の実験に成功しました。カメラのフラッシュのように1回だけ光パルスを発生させる技術を開発したのです。パルス幅こそ650アト秒とアゴスティーニ氏の成果には及びませんでしたが、単一パルス発生とパルス幅測定はアト秒科学の扉を大きく開く一歩となりました。

    アト秒光パルスが社会に与える影響と今後の展望

     これまで見る方法がなかったアト秒の領域の物理現象としての代表が、電子の運動です。物質の機能や化学反応などもすべて電子のやりとりで決まっていますので、アト秒光パルスによって電子の運動が可視化されることで、これまで分かっていなかった物質の機能や化学反応も分かってくるかもしれません。そして、観測の次に期待されるのが電子の制御です。電子のコントロールが可能になれば、複雑な化学反応の制御や次世代の超高速電子デバイスの性能を上げるための動作制御ができるようになるかもしれません。

     期待は膨らみますが、アト秒光パルスの応用技術の開発は、まだ基礎研究の段階です。研究開発の方向性はあらゆる分野に広がっています。低炭素社会や健康長寿社会の実現にも、貢献できる技術であることは間違いないと考えています。

     しかし、アト秒光パルスを発生させるレーザー光源が確保できる施設はまだ十分ではなく、それもアト秒科学に関わる研究者が増えない要因にもなっているのではないかと考えています。今後、実用化に向けて技術を確立し研究を加速するためには、人材の育成も非常に重要になってきます。

     大学や公的研究機関だけでなく、産業界でもアト秒光パルスを発生させるレーザーの利用が進めば、よりはやく社会への波及効果が出ると考えています。

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