「e-メタン革命」の夜明けが見えた
2024/09/04
「e-メタン革命」の夜明けが見えたSOECメタネーション実用化に向けた大阪ガスと産総研の取り組み
「大気中のCO2を増やさない燃料」の実用化は、カーボンニュートラル実現への一つのカギだ。なかでも、水素(H2)と二酸化炭素(CO2)から都市ガスの主成分であるメタンを合成するメタネーション技術が注目されている。大阪ガス株式会社と産総研は、メタネーション技術の研究開発に共同で取り組んできた。世界最高レベルのエネルギー変換効率を実現し、その実用化を目指す大阪ガスと、多様な専門性を持つ研究者が集まる産総研の共同研究の経緯とそこから生まれる相乗効果などを聞いた。
エネルギーのゲームチェンジャーとなる「e-メタン」
大阪を中心とする関西圏に、都市ガスを供給するのがDaigasグループ。環境問題が表面化した高度経済成長期、主に石油や石炭から製造されていた都市ガスの原料を1990年までに天然ガスに全面転換したほか、エネファーム(家庭用燃料電池)の普及など、低炭素化に貢献する事業を展開している。また、2021年には「カーボンニュートラルビジョン」を発表し、天然ガスの高度利用などによって低炭素化を進める複数の数値目標を定めたほか、新しい脱炭素技術を開発し、最終的には2050年カーボンニュートラルを実現させる取り組みを推進中だ。
この脱炭素を目指すDaigasグループが取り組む技術で、最優先と位置付けられているのが「メタネーション」技術である。現在、都市ガスの原料である天然ガスの主成分はメタンであるが、このメタンをH2とCO2から人工的に合成しようとする技術だ。今回とりあげるのは、固体酸化物形電気分解素子(以下SOEC、Solid Oxide Electrolysis Cell)を使った「SOECメタネーション技術」。合成されるメタンは都市ガスの主成分であり、配管など既存のガスインフラをそのまま活用できるのが、実用化の観点からみた重要なポイントだ。
「SOECメタネーション」は、水蒸気とCO2を再生可能エネルギー由来の電力によって電気分解し、そこから取り出したH2と一酸化炭素(CO)を触媒反応させることで、メタン(CH4)を合成する。さらにメタン合成で発生する熱を高温電解反応に利用できるため、約85~90 %という極めて高いエネルギー変換効率を実現できる。従来法と違って、原料としてあらかじめ水素を調達する必要もなく、メタンへの変換効率の点優れているのが特徴だ。
「グリーン水素、アンモニアやe-fuel(再生可能資源由来の電気エネルギーを用いて作られた液体合成燃料)、e-メタンなどの製造コストの大部分を電力が占めています。私たちの研究開発が、e-メタンを水素より安く生産できる可能性を開いたのです。まさにe-メタンは、カーボンニュートラル化時代におけるエネルギー界のゲームチェンジ技術です」と、大阪ガスのエグゼクティブフェロー 大西久男は言う。
この研究開発により、今後低コスト化が進むと期待される海外の再生可能エネルギーを、長距離運搬・貯蔵するエネルギーキャリアとしても、e-メタンの可能性は広がっていきそうだ。カーボンニュートラル技術の動向から、取り組むべき研究を見定める役割を担う、産総研研究戦略企画室次長の古谷博秀も同意する。
「燃料をいきなり全量、カーボンニュートラルなものに変えるのは難しく、少しずつ切り替えていく必要があります。また、燃料の流通インフラや家庭のガスコンロなど使用機器をすべて取り替えるのも大変なことです。既存の都市ガス供給網に段階的に導入できるだけでなく、既存のインフラを変える必要がないという点で、ガス会社が選択するエネルギーキャリアとしては、メタンがきわめて重要になることはよく理解できます」
SOECの最初のステップである水分解に必要な電力を、再生可能エネルギー由来の電気ですべて補うことができれば、その水素は「グリーン水素」ということになる。このH2とCO2を用いた反応から得られる合成メタンはまさに「e-methane(e-メタン)」、つまり非化石エネルギー源を原料として製造された合成メタンと呼ぶにふさわしい。e-メタンは、製造する段階で使用したCO2と、消費した段階で発生するCO2が同量であり、大気中のCO2の増減を起こさないという点で、まさにカーボンニュートラル燃料といえるのだ。
燃料電池、SOFCスタックを活用
大阪ガスがSOECメタネーションに注目したのは、SOFC(Solid Oxide Fuel Cell-固体酸化物形燃料電池、SOECの逆反応)型の家庭用燃料電池エネファームの技術開発で長年の蓄積があり、発電効率向上や排熱利用の知見が豊富にあったからともいえる。エネファームは、都市ガス・LPガスから改質器を用いて燃料となるH2を取り出し、空気中の酸素と電気化学的に反応させて発電する装置。発電時の排熱は給湯に利用でき、エネルギーを有効活用する。その装置の発電ユニット内で用いられるのがSOFCだ。
「電気を投入して水を電気分解し、H2とCO2を生成してメタンを合成するSOECの技術は、水素と酸素から電気を作るSOFCの反応を逆にたどる技術です。逆反応でメタンをつくれるとなれば、わたしたちにはSOFCのセルスタックなどの要素技術があるので、それを活かせるのではないかと考えていました」と大西は説明する。
メタネーションという革新的な技術の二大要素であるセルと触媒技術を、同社にはすでに保有していたのである。
共同研究で起こる両者の“化学反応”
大西は、産総研のメタネーション関連技術の取り組みを知った際、基盤技術としてのSOFCやSOECの研究開発の広がりに驚いたと言う。新しいSOFC用高性能電極の開発や、耐久性・信頼性向上に対する研究を行う複数のグループがあり、要素技術の研究を含めたメタネーション関連の基盤技術開発は、産総研としても重要な目標になっていたのだ。
技術開発の方向性で一致をみた両者は、2019年から共同でSOECの共電解性能の向上、燃料等生成反応の制御などの技術課題に関する先導的な研究プロジェクト*1を始めた。
「現象の本質解明、その本質に立脚した解決法の指針などについては、産総研の研究に負うところが多くありました。一方で大阪ガスは、産総研の知見を活かしたものづくりやエネルギービジネスを大きく成長させることができます。両者がそれぞれの知識と経験を両輪として回しながら、将来的な社会実装に必要な知見をさらに蓄積し、スケールアップのための実証作業を進めていけると確信しました」と、共同研究における当時の期待について大西は振り返る。
産総研もまた、大阪ガスとの共同研究に大きな手応えを感じていた。
「熱分野の脱炭素化を含め、カーボンニュートラルのための技術開発は、産総研にとっても極めて重要な研究テーマです。大阪ガスのような大手エネルギー企業が本気になって取り組んでいることを知って、共に手を携えて研究ができれば大きな成果が得られると考えました」と産総研上級執行役員でエネルギー・環境領域長の小原春彦は期待をふくらませている。
そして両者は2022年度から、グリーンイノベーション基金事業(GI基金事業)の中で、本格的な協業プロジェクト*2をスタートさせた。2030年度までの9年間のプロジェクトで両者はより密接なタッグを組んで「SOECメタネーション技術革新事業」を進めることになる。
大阪ガス側で研究マネジメントを行う、エネルギー技術研究所SOECメタネーション開発室の朝倉隆晃室長は、「産総研とのパートナーシップは心強く、日本でこれ以上のチームはないと思いました。基礎研究は企業にとっても重要ですが、資金も人手も十分には割けない現実があります。しかし産総研には、材料技術や評価技術はもとより、成膜技術など基礎的な研究の蓄積があります。その適用先を熟考しながらスケールアップし、社会実装へと導いていくために産総研のノウハウは、私たちにとっても極めて重要なものです」と共同研究の意義を話す。
スケールアップを目指して
GI基金事業における研究開発は、①高温電解セルスタック・電解装置の開発、②ガス合成反応制御技術の開発、③システム構成最適化・熱有効利用技術の開発——という3つの要素技術開発と並行して、④SOECメタネーション技術の小規模試験を行うことが目標だ。2024年1月現在では、高温電解セルスタックの試作評価が進められている。電解装置とセットになるメタン化反応装置については、反応に最適化した触媒系の選定に取り組んでいる段階だ。ここでは、生成ガス組成の制御や増熱成分併産の実現が課題となっており、2024年には実験室内サイズのSOECメタネーション装置を完成させた。この装置では一般家庭約2戸相当分のメタンガスを生成させる試験を開始している。さらに現在の共同研究のロードマップでは、2025〜2027年度に、パイロットスケール向け要素技術開発で約200戸相当のメタンガス生産、2028〜2030年度に、次期実証事業向け要素技術開発を通して約1万戸相当の生産を目指すこととなっている。(2024/6/5 大阪ガス株式会社プレスリリース)
「GI基金事業の最初の2年間を終えて、計画は予定どおりに進んでいます。ただ、これからスケールアップするにあたっては、複数のスタックをたくさん並べて接続し、すべてで同じ性能が出るように動かす必要があります。予見できる点は装置の設計で対応していくつもりですが、実際にやってみると想定外の事象が起こる可能性も当然あります。それに対して迅速に手を打つことが、これからの仕事の重要な部分になるでしょう。私たちにはSOFCの開発実績があります。構造的にはSOFCに近いものの、SOECでは極めて大きな電流を流すことになるため、そこでどういう現象が起きているのかを明らかにする手法の開発も重要です。そこは、産総研の知見を借りることになると思います」と、大西は言う。
協働で限界突破に挑む
SOECメタネーションという開発目標は一致しているが、民間企業と公的研究機関では、研究者のタイプは異なる。両者の協業はどのようなかたちで進んでいるのだろうか。現場の声を少し拾ってみる。
産総研の山口十志明(エネルギープロセス研究部門エネルギー変換材料グループ長)と、岸本治夫(ゼロエミッション国際共同研究センター電気化学デバイス基礎研究チーム長)は、産総研の同期である。山口は主に電解セルの開発、岸本はセルの中の電解質、電極など各材料の分析・評価が主な担当だ。
「私はセラミックが専門で、現在は電解セルの開発を担当しています。セラミックを焼くだけでは特性を引き出すのに限界がありますが、別のプロセスを導入すると、飛躍的に性能が向上するケースもあります。今回のプロジェクトでも、SOFCに比べてSOECは格段の難しさがあるのですが、それを突破する工夫点を日々模索しているところです。例えば、大阪ガスが開発した金属支持型にすると、大面積のセルが開発できます。これは産総研にも知見がなかったことで、これからの大きな可能性を感じました」と、山口は言う。
一方で、岸本は、GI基金事業を通して新たに気づいたことがあると言う。
「自分自身の研究では、新規材料を作ることこそが重要だと考えていましたが、今回のプロジェクトを通して、信頼性のある既存材料をうまく使っていく方法も検討するべきだと考えるようになりました。2030年という一つのゴールが設定されている中で、新規性を求めて変わった材料を試してみる時間はありません。それよりも、これまで安定して使われてきた材料の使い方を少し変えるとか、それをSOECに適したかたちで使いこなすことが重要となります。そのほうが、将来的な信頼性、安定性、そして本格事業化(社会実装)につながる近道かもしれないと思います。これは大阪ガスと協したからこそ、気づけたことです」
大阪ガスの研究者も、産総研と共同研究を続ける中で、大きな刺激を受けたようだ。
「企業にいると、研究を進めていく中で性能が上がったらOKとなって、次に進むというやり方をしてしまうことがあります。本来なら『性能が上がったのはなぜか』を突き詰め、原理原則をメカニズムから把握して前に進むべきですが、そのメカニズムの解明にかけられる時間は会社組織の中では潤沢にはありません。産総研には、とことんメカニズムを突き詰めるタイプの研究者が多いので、その知見は私たちの研究をより高いレベルに引き上げてくれると思います」と話すのは、SOECメタネーション開発室の津田裕司主任研究員だ。
同室の窪田亮眞研究員も、「産総研には、分析に関する深い知見や幅広いセルの知識を持つ研究者が多いので、常に相談しています。『このプロセスはこの点が問題だから、気をつけなくてはならない』といったアドバイスがもらえます。また、産総研の研究者と協働したことで、博士号取得へのモチベーションが高まりました。いずれはSOECメタネーションをテーマに論文を書くつもりです」と、新たな気づきを語ってくれた。
「SOECメタネーションは、カーボンニュートラルに向けたイノベーションの中でも、エネルギーを消費する側の人たちに行動変容を求めなくても、当社のようなサプライヤー側の技術革新によってカーボンニュートラルが達成されるという価値を提供できる技術です」と、大西は説明する。
つまり、生活スタイルや産業の生産様式を大幅に変えることなくカーボンニュートラルを実現できるーーこれこそが「e-メタン革命」の本質というわけだ。もちろんその分、技術を創造し、社会実装する側の責任は重い。「e-メタン革命を成功させるための、私たちはスタートアップ部隊」と大西は表現した。もちろん、その“部隊”の中には、産総研の研究者たちも一緒に隊列を組んでいる。e-メタン革命成就の日を目指して、両者はこれからも共に歩み続ける。
*1: 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「次世代火力発電等技術開発/次世代火力発電技術推進事業 CO2有効利用技術の先導研究(CO2直接分解)」(2019-2020年度)[参照元へ戻る]
*2: NEDO「CO2等を用いた燃料製造技術開発プロジェクト」[参照元へ戻る]
大阪ガス株式会社
エグゼクティブフェロー
エネルギー技術研究所
SOECメタネーション開発室
統括室長
大西 久男
Ohnishi Hisao
上級執行役員
エネルギー・環境領域
領域長
つくばセンター
所長
小原 春彦
Obara Haruhiko
大阪ガス株式会社
エネルギー技術研究所
SOECメタネーション開発室
室長
朝倉 隆晃
Asakura Takaaki
研究戦略企画部
次長
プロジェクトマネージャー カーボンニュートラル担当
福島再生可能エネルギー研究所
所長代理(兼務)
古谷 博秀
Furutani Hirohide
大阪ガス株式会社
エネルギー技術研究所
SOECメタネーション開発室
兼 エネルギー変換デバイスチーム
主任研究員
津田 裕司
Tsuda Yuji
エネルギープロセス研究部門
エネルギー変換材料グループ
グループ長
(兼務)ゼロエミッション国際共同研究センター
電気化学デバイス基礎研究チーム
山口 十志明
Yamaguchi Toshiaki
大阪ガス株式会社
エネルギー技術研究所
エネルギー変換デバイスチーム
兼 SOECメタネーション開発室
研究員
窪田 亮眞
Kubota Ryoma
ゼロエミッション国際共同研究センター
電気化学デバイス基礎研究チーム
研究チーム長
岸本 治夫
Kishimoto Haruo