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畜産現場で空気中のウイルスを検出し、伝播リスクを見える化

2024/03/06

畜産現場で空気中のウイルスを検出し、伝播リスクを見える化 空気清浄化技術と組み合わせ、家畜感染症の拡大を未然に防ぐ

研究者3人の写真
  • #国土強靭化・防災
  • #感染症対策
KeyPoint 新型コロナウイルスを始めとする各種感染症の流行により、空気中を漂うウイルスを捕集・検出する技術へのニーズが高まっている。他方、畜産現場においても家畜の感染症は大きな社会問題だ。鳥インフルエンザや豚熱などで、家畜が大量に殺処分される事態が相次いでおり、畜産農家の経営基盤を揺るがす甚大な被害をもたらしている。産総研では、新型コロナウイルス感染症の流行に対応するため、国内での流行が始まった2020年から、人々の生活空間において空気中のウイルスを捕集・検出する技術の開発を行ってきた。2023年、この技術を畜産現場に応用できるように発展させ、牛舎と豚舎の現場で、空気中のウイルスを捕集・検出する実証実験を行い、ウイルスの空間分布を推定することで「伝播リスクの見える化」に成功した(2023/10/31 プレスリリース)。このウイルス検出技術を実際の畜産現場で使えるよう、空気清浄化の技術と融合させたシステムの開発も進めている。これらの技術のポイントや今後の展望について、開発した3人に話を聞いた。
Contents

空気中の希薄なウイルスを検出する

 空気中のウイルスは、人のせきやくしゃみなどにより放出される飛沫やエアロゾルに含まれた状態で浮遊している。新型コロナウイルス感染症対策としては、室内のCO2濃度を測定して換気を促す、人流観測データをもとに人が密集しないよう行動制限を呼び掛けるなど、感染拡大を防ぐ対策が取られたことは記憶に新しい。しかし、これらの対策は間接的な評価指標であり、空気中のウイルスそのものを捕らえているわけではない。

 産総研センシングシステム研究センターで研究チーム長を務める福田隆史は言う。

 「人が集まれば、確かに感染リスクは高まります。しかし、本当にその空間にウイルスが存在しているかどうかは、実際に空気中のウイルスを捕集して調べないとわかりません。感染症対策としては、感染の疑いがある人に対する検査体制が整備されましたが、自覚症状のない人が感染を広げている場合もあります。感染リスクを適正に評価するには、空気中のウイルスを直接評価する必要があると考えて、空気中のウイルスを直接捕集・検出する技術の開発を始めました」

 畜産現場でも、ウイルスによる感染症の流行拡大は深刻な社会問題になっている。家畜感染症を防ぐ対策として、2018年には家畜伝染病予防法が改正され、家畜の所有者の責務として「伝染病の発生予防とまん延防止のための衛生管理」が明記され、殺処分を含む、さまざまな対応が求められることになった。感染症により大量の家畜が殺処分されると、畜産農家は経済的な損失だけでなく、殺処分という行為に対する精神的なダメージも被る。また、事業を再度軌道に乗せるまでの時間も、それに費やす労力も大変な負担となる。

 家畜においても人と同様、感染が疑われた場合は、個体ごとに検査をして感染の有無を診断し、感染した個体を特定する。しかし人と同じ方法では特定までに時間がかかり、その間に感染個体がウイルスをまん延させてしまうリスクがある。また、全頭検査の実施は現実的に不可能であることから、1つの区画から数頭のみを選んで検査する場合も多く、見逃しが起きる可能性も残る。

 「感染拡大を効果的に防ぐには、畜産現場でも空気中のウイルスを捕らえて直接評価することが重要です。これまで私たちが、人用に開発・蓄積してきた技術や知見をもとに、畜産現場に適用できる新たなウイルスセンシング技術を開発しました」と、福田とともにウイルスセンシングに取り組む主任研究員の安浦雅人は言う。

検出阻害物を除去し、ウイルスを検出する「PTAS法」

 「そもそも空気中のウイルス濃度は、感染している個体の体液に比べて極めて低いのです。そのうえ畜舎では、粉塵や泥、糞尿由来のエアロゾルなどが空気中に大量に存在します。そのため、エアーサンプラーで空気中から捕集したサンプルをそのままPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)にかけても、ウイルスを正確に検出することができませんでした。そこで、私たちはPCRを行う前にサンプル中の検出阻害物を除去してウイルスを濃縮する『PTAS法』という新たな技術を開発しました」と安浦は説明する。

ウイルスセンシングの手順を示した図
空気中からのウイルスセンシングの手順は、①畜舎などの空気からウイルスを捕集する、②サンプル中のウイルスを濃縮する(PTAS法)、③PCRでウイルスを検出するという3段階だ。

 捕集対象となるウイルスは、核酸(DNAやRNA)がタンパク質を含む殻に包まれた構造になっている。チームの開発したPTAS法は、まず、タンパク質を吸着する性質をもつハイドロキシアパタイトという微粒子を利用して、サンプル中のウイルスを吸着させる。そして、遠心分離などで検出を阻害する物質を除去しながら、ウイルスの濃縮を行う。PTAS法で処理することで、空気中から捕集したサンプルでもウイルスを検出しやすい状態にできるのだ。

畜産現場で空気中のウイルスを検出できることを実証

 チームは茨城県農林水産部畜産課と家畜保健衛生所の協力を得て、実際にウイルス感染が疑われる仔牛が確認された牛舎で、PTAS法を用いた気中ウイルス検出の試験を行った。感染の疑いのある仔牛がいる小屋の中で空気を捕集し、実験室に持ち帰ってPTAS法によりサンプルを調整し、PCR検査を行ったところ、空気中からウイルスを検出することができたのだ。

 「これまで実験室で空気中にウイルスが浮遊する環境を模擬的に再現したブースをつくり、パイロットテストを繰り返してきましたが、今回、実際に畜産現場でPTAS法の有効性を実証できました。これは非常に大きな成果です」と安浦は言う。

 次のステップとして、チームは空間におけるウイルス濃度の分布を判別できるかを検証した。茨城県内の別の農場で、呼吸器症状を示す牛が多数確認されたとの連絡を受け、牛舎内外の3地点で同時に空気の採取を行ったのである。

牛舎内外の3地点でのウイルスの分布図
牛舎内外の3地点でのウイルスの分布。各観測点における柱状バーの高さがウイルスの検出頻度を表す。牛舎は空気の通りの良い開放系で、風向きによってウイルスも拡散する。

 牛舎の天井には大きなファンが取り付けてあり、空気が一方向に緩やかに流れるようになっている。PTAS法で処理したサンプルを検査したところ、ウイルスの濃度は牛舎内がもっとも高く、次いで風下で、そして隣接牛舎の前が最も低いという結果だった。

 さらに1カ月後に、同じ牛舎で同様の測定を行ったところ、牛舎内と風下ではウイルス濃度が低下し、隣接牛舎前ではウイルスは検出されなかった。実際、このときには呼吸器症状を示す牛も減っており、牛舎内の感染の流行状況が検出結果に反映されたと推定できた。これらの実験結果から、ウイルスの空間分布や時間経過による変化が可視化でき、感染が実際に拡大する前に伝播経路の予測やリスク制御を実現する技術開発につなげられる。

 チームは、牛舎だけでなく豚舎でも空気中から豚の病原ウイルスを検出することに成功している。現在は、鶏舎への適用に向けて準備を進めているところだ。空気中のウイルス検出は、牛舎、豚舎、鶏舎の順に難しくなるが、それには畜舎の構造が関係している。牛舎は壁がほとんどなく柱や柵のみで開放型の構造になっているため、常に換気されている。一方、鶏舎は壁と屋根で覆われた閉鎖型の構造のため、空気がこもりやすく粉塵も多くなり、検出阻害物が空気中に大量に存在する。豚舎はおおむね牛舎と鶏舎の中間だ。

 「豚舎に取り組むときも、試行錯誤しながら検出手法を調整する必要がありました。鶏舎では粉塵や泥などに加えて、羽毛などもたくさん飛んでいるので、さらに難易度の高い状況が想定されます。1つずつクリアして鶏舎にも適用できる技術にしたいと思います」と安浦は意気込みを語る。

畜舎の違いにより技術を開発する必要性を説明する図
牛舎はほぼ開放系、鶏舎はほぼ閉鎖系、豚舎はその中間程度と、それぞれ異なる特徴を持つ。

空気中のウイルスを分解する空気清浄化システム

 感染症の拡大を防ぐためには、空気中からウイルスを検出するだけでなく、そのウイルスを空気中から除去することが必要だ。そこで、大気中のエアロゾル除去システムを開発している環境創生研究部門上級主任研究員の根岸信彰と連携して、ウイルスセンシングと空気清浄化技術を融合したシステムの開発も同時に進めている。

 現在、主流となっている空気清浄機はフィルター方式であり、吸い込んだ空気を目の細かいフィルターに通して花粉やほこりなどの微粒子を濾過し、きれいになった空気を吹き出す仕組みになっている。ウイルス除去に適したフィルターは非常に目が細かいため、空気を通すには多くのエネルギーが必要になる。また、時間経過とともに目が詰まり、処理能力が低下したり、フィルターを交換する必要があるという課題がある。

 根岸が開発したのは、フィルターを使わない方法だ。内壁に光触媒のプレートを設置したジグザグ型の構造に空気を流すのだ。

ジグザグ構造の空気清浄化システム
ジグザグ構造の流路内を流れる空気中に含まれるエアロゾル粒子は、壁に衝突し水分が蒸発する。ウイルスは壁面に配置された光触媒励起用UV-LEDで不活化され分解される。(図はNegishi et al. 2023より引用*1

 「仕組みは非常に簡単です。ジグザグ構造の中に空気を高速で流すと、気体である空気はすり抜けていく一方、エアロゾルは壁にぶつかります。壁にぶつかると、エアロゾルの主成分である水分は蒸発し、ウイルスは壁にとどまります。壁には光触媒のプレートが設置されているので、ウイルスは光触媒によって不活化され、その後分解されるという仕組みです」と根岸は説明する。

 ジグザグ構造の中に空気を通すだけなので、フィルターで濾過するよりもエネルギーのロスが少ない。また、不活化されたウイルスは光触媒上にとどまることで分解され、システム内で常にセルフクリーニングされるため、部品交換などの手間もいらない。

 根岸たちがプロトタイプの小型装置を用いて、実際に空気中のウイルスをどれくらい除去できるかを実験したところ、4.5 m3(一般家庭の浴室程度)の空間サイズであれば連続導入したエアロゾルをほぼ100 %除去し続けられることが確認できた。

 「このシステムは、高速で気流を流すので、狭い部屋よりも畜舎のような広い空間での使用に適していると考えています。試しに、学校の教室くらいの広さでこのシステムを使用した場合を想定してシミュレーションしたところ、30分以内で教室内の空気をすべて処理した空気に置き換えられることがわかりました」と根岸は言う。畜舎にウイルスが入ってきても、短時間でウイルスを無害化して、畜舎内を清浄化した空気に置換できるのだ。

ウイルス捕集機(左)と空気消毒・清浄プロトタイプ機(右)
ウイルス捕集機(左)と空気消毒・清浄プロトタイプ機(右)

 畜産現場での実用化に向けて、ウイルスセンシングや空気清浄化の技術開発は着々と進んでいる。その一方で、畜産現場にこうした新しい技術を導入するには、資金の問題やユーザーの理解など、まだまだ高いハードルがあるようだ。ここまで牛舎での実証試験を進めてこられたのも、県の農林水産部や家畜保健衛生所の協力があったからこそだった。

 福田は、技術の実証試験に協力してくれた畜産農家との信頼関係構築を大切にしている。日頃から課題を抱えている畜産農家とコミュニケーションをとり、目的意識を一つにすることが不可欠だからだ。

 「新しいシステムを現場に導入するには、かなりのコストがかかります。畜産農家の方々に、まずは、私たちの技術が役に立つとわかってもらえるように、実証実験を積み重ねて、有効性をきちんと示していくことが必要です。価値のある技術だということをお見せして、使ってみたいと思っていただけたらうれしいですね。私たちを『信じてやってみよう』と思ってくれるパートナーを増やしていきたいのです」と話す。

 チームは、家畜感染症による被害や畜産農家の負担が一日も早く軽減されるよう、現場への技術の普及を目指し、地道な努力を続けている。


*1: Negishi, Nobuaki, et al. "Development of a high-speed bioaerosol elimination system for treatment of indoor air." Building and Environment 227 (2023): 109800. 左図(Graphical abstract)右図(Fig. 1. (a) [参照元に戻る]

センシングシステム研究センター
バイオ物質センシング研究チーム
研究チーム長

福田 隆史

Fukuda Takashi

福田 隆史研究チーム長の写真

環境創生研究部門
界面化学応用研究グループ
上級主任研究員

根岸 信彰

Negishi Nobuaki

根岸 信彰上級主任研究員の写真

センシングシステム研究センター
バイオ物質センシング研究チーム
主任研究員

安浦 雅人

Yasuura Masato

安浦 雅人主任研究員の写真

 

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