「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けて
2022/09/21
「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けて技術を社会に役立てるための複数の道筋“シナリオ”を描く
気候変動問題を解決するには、革新的エネルギー・環境技術が必要です。評価研究の専門家集団が作るのは、技術そのものではなく、技術導入のシナリオ。新しい技術が地球環境や社会経済にどのような影響を及ぼすのか科学的に評価し、技術の社会実装と、それを持続可能なシステムとするための複数の道筋を地図のように示します。
最先端技術と実社会をつなぐ評価研究
ゼロエミッション国際共同研究センター(GZR)には10の研究チームがあり、その中で環境・社会評価研究チームは、他の研究チームとは少し違った役割を担っています。その役割はどのようなものなのか、チームを率いる森本慎一郎に聞きました。
「GZRの各研究チームは、ゼロエミッション社会の実現を目指しエネルギーや資源にかかわる技術開発に取り組んでいます。開発した技術を実際に社会で役立てるには、まずどれくらいの効果があるかを評価した上で、どういうプロセスで導入していくかという“シナリオ”が求められます。私たちの役割は、そのシナリオを作ることです。技術によって評価方法は異なり、例えば工場規模で技術導入効果を評価するプロセスシミュレーション、環境経済学の手法を用いた社会受容性の評価、AIを用いた家庭でのエネルギー使用状況の解析など、さまざまな切り口で研究をしています」
それらの研究成果は、カーボンニュートラルに向けた国の政策や企業の戦略に役立てられます。また、 GZRの各研究チームをはじめエネルギー・環境領域で行われている幅広い研究について、影響評価や課題設定に役立つ情報提供をする役割を担っています。
複数の道筋を示す長期シナリオ
具体的な研究内容を、研究チームの小澤暁人が取り組んでいるエネルギーモデルを用いた長期シナリオの検討を例に紹介してもらいました。産総研が使っているのは国際エネルギー機関(IEA)が開発した『MARKAL』『TIMES』と呼ばれるエネルギーモデルで、エネルギー・環境政策や技術開発戦略などの意思決定を支援するツールとして世界各国で活用されているものです。
小澤はこのエネルギーモデルを活用し、2018年に発表した論文で、「日本が2050年にCO2排出80 %削減(2013年度比)を目指すとき、発電技術からのCO2排出量をゼロにしなければならない」「その場合に使える発電技術は、再生可能エネルギー、原子力、CCS (CO2回収・貯留)付き火力、水素発電の4つである」「4つの発電技術の割合は、将来の効率やポテンシャルによって変わる」ということを明らかにしました。
「私たちが大切にしているのは、1つのシナリオにこだわらないこと。シナリオは地図のようなもので、現在地から目的地までの道筋は1つではありません。いろいろなルートを検討し、あらかじめ迂回路を考えておけば、スムーズに進んでいけます。ですからシナリオを作る際は、必ず将来の可能性や不確実性を想定し、複数の道筋を用意しておきます」
評価研究では、同じエネルギーモデルを使っても “前提条件”をどのように設定するかによって得られる結果が変わってきます。入力すべき前提条件を、どう解釈して取捨選択するか。その判断をする上で、産総研の研究環境は恵まれていると小澤は言います。
「産総研は、エネルギー技術に関する膨大な情報を持っています。しかも、ある特定の技術について最新動向や将来の見通しなどを知りたいとき、所内を探せば必ず専門家が見つかります。評価研究をする上で公表された資料だけでは分からない部分があるので、開発の最前線にいる専門家から直接教えてもらえるメリットは大きいですね」
スーパーコンピュータで大規模データ解析
GZRでは2021年3月、スーパーコンピュータ『GAMA (Gigantic Analysis platform using Modelling and AI)』を導入しました。電力ビッグデータをはじめ、社会に蓄積された大規模時系列データ、GZRの研究者たちが実験から得たデータなどをGAMAに取り込み連携させることで、集合知として取り扱います。
「GAMAは、大規模なデータの取り扱いと、深層学習等AIによるデータ解析に特化したマシンを搭載しているのが大きな特徴です。これまで1回の解析に数週間、数か月かかったものが、GAMAを使えば数時間、数日でできるようになりました。便利でワクワクします」
小澤によると、GAMAの名称は筑波山で有名なガマ(蛙)から発想し命名したとのこと。今後、つくばにあるGZR研究拠点のシンボル的な存在になっていきそうです。
カーボンニュートラルは必ず達成すべき目標
2015年のCOP21(パリ協定)や2018年のIPCC 「1.5 ℃特別報告書」を受け、2050年までのカーボンニュートラルを表明した国は、日本を含む125か国・1地域(2021年4月末時点)に広がっています。
小澤の目下の課題は、「2050年カーボンニュートラル」を実現するための技術導入シナリオの策定です。そこではネガティブエミッション技術に注目しています。「従来のCO2排出を削減するための技術から一歩進んで、排出したCO2を人工的に除去する技術が必要となります。将来的にどのようなネガティブエミッション技術が開発され、どのように社会に導入していくか、そのシナリオは極めて重要です」
カーボンニュートラルを目指す動きは国際的な潮流となっていますが、2050年までに本当に実現可能なのか、改めて問いかけてみました。
「難しい挑戦であることは間違いありません。それと同時に、必ず達成しなければならない目標だと考えています。これは研究者であると同時に一個人としての考えでもありますが、将来の世代がより幸せに暮らしていくためには、気候変動問題がいかに難しい課題であっても取り組むべきですし、取り組む価値があると思います」
世界をリードする産総研の新たな技術を、多様な指標で正しく評価し、正しく導入するために、今後ますます環境・社会評価研究チームの役割は重要となっていきます。
本記事は2021年9月発行の「産総研レポート2021」より転載しています。産総研:出版物 産総研レポート (aist.go.jp)
エネルギー・環境領域
ゼロエミッション国際共同
研究センター
環境・社会評価研究チーム
主任研究員
小澤 暁人
Ozawa Akito
エネルギー・環境領域
ゼロエミッション国際共同
研究センター
環境・社会評価研究チーム
研究チーム長
森本 慎一郎
Morimoto Shinichirou
産総研
エネルギー・環境領域
ゼロエミッション国際共同研究センター