エッジコンピューティングとは?
2022/06/22
エッジコンピューティング
とは?
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
エッジコンピューティングとは?
「エッジ」とは現実世界(フィジカル)とサイバー空間の「境界」を意味します。さまざまなセンサで現実世界のリアルタイム情報を瞬時にデジタル化し、すぐにその場で計算して再度現実世界へフィードバックする。これがエッジコンピューティングです。現在普及しているクラウドコンピューティングで必須のサーバーへのアクセスによる「およそ100ミリ秒のずれ」を縮められる技術として、社会実装への期待が高まっています。
あらゆるデータをクラウドシステムで一括管理・処理することが当たり前となった現在、真逆の技術にも見えるエッジコンピューティングもまた社会に変革をもたらしています。エレクトロニクス技術の進歩が可能にした次なるフィールドとは。エレクトロニクス技術の専門家、デバイス技術研究部門の昌原明植研究部門長に「エッジコンピューティングの現在と課題」を聞きました。
エッジコンピューティングが再注目される理由
「100ミリ秒では遅すぎる世界」に対応可能な技術
現在普及しているクラウドコンピューティングでは、高性能な計算資源や記憶エリアをクラウド上に持ち、利用者はサービスを受ける度にサーバーへのアクセスが必要となります。IoTデバイスの増加だけでなく、取り扱われるデータが画像や音声と容量の大きなデータになり、データセンターやクラウド上で処理されるデータが大量となりました。これに伴いクラウドサービスでは、ユーザー側のデータがサーバーへアクセスするために「およそ100ミリ秒」の時間がかかってしまいます。エッジコンピューティングでは、この際の「およそ100ミリ秒」がカットできます。
「100ミリ秒って大したことないのではないか?」と思うかもしれません。ヒトの平均的な反射反応時間はおよそ250ミリ秒(1/4秒)、訓練を積んだトップアスリートでも200ミリ秒(1/5秒)だと言われています。一方、制御の世界には100ミリ秒(1/10秒)でも遅すぎる場面が日常的に存在します。エッジコンピューティングはこのような一瞬の判断を要する場面に有効な技術なのです。
近い将来に普及が見込まれる自動運転にもエッジコンピューティングは欠かせない技術です。100ミリ秒の反応遅延が人間の生命を脅かすケースです。障害物検知や衝突回避の急ブレーキなどは既に実用化が進んでいますが、どれもその車両単体での安全確保です。エッジコンピューティングでは、さらに周辺の道路設備や他の自動車のセンシングと連携することで新しい安全確保の方法が開発できると考えています。
例えば、自動運転化は難しいと言われる都市部の交差点での場合。自動車、自転車、歩行者、散歩中の犬などあらゆる交通参加者が絶え間なく行き交い、交差点の状況は流動的です。自動車やウエアラブル端末、信号機や標識などに搭載されたセンサが常にセンシングすることで得た情報を元に、より安全に通過できるよう信号機が交通の流れをコントロールするシナリオも夢ではありません。
つながり合うコンピュータたち
エッジコンピューティングは「端末の近くにサーバーを分散配置する」ネットワーク技法です。インターネットを通じて遠隔地に集中して設置されているサーバーにアクセスするクラウドコンピューティングとは対局にある概念で、1990年代半ばに工場設備などで実用化されています。
当時と比較するとあらゆる電子デバイスが小型化、高性能化していることは周知のとおりです。「端末」が小型のプロセッサーやインテリジェントなセンサに置き換わることで、より微細な世界をより早く正確なセンシングすることが可能となりました。合わせて、センシングへの要求水準もまた高まっています。
サーバーや端末を分散型ネットワークで配置する点では、グリッドコンピューティングを思い出されたかたもいらっしゃるでしょう。グリッドコンピューティングは、それほど高性能ではないコンピュータ同士を繫いて並列処理をさせることで、ネットワーク上に仮想のスーパーコンピュータを作るという概念です。こちらも遠くのサーバーにデータを送り計算させる方法のため、エッジコンピューティングとは異なります。
「閉じた世界」のテクノロジーと共に進歩
冒頭で「フィジカルとサイバーの境界(エッジ)」と解説を始めましたが、エッジコンピューティングの技術ができた当初は「施設内の閉じたネットワークとインターネットの境界」が舞台でした。この境界(エッジ)は今も健在です。ローカル5Gなど大容量データの高速伝送技術の普及により、工場の中のあらゆる処理を自動化・高度化し、複数のロボットたちが行き来することも特別なことではなくなりました。
「ある閉じた世界」という意味では、工場の敷地内と電子回路の基盤上は類似した条件だと言えるでしょう。
昔はセンサ、プロセッサー、メモリー、電源機構などそれぞれの機能を持つ半導体部品が個別に作られていましたが、高密度集積回路(LSI)技術の進歩によってあらゆる機能を一つのチップに統合したシステム・オン・チップ(SoC)化が進み、センシングデバイスが小さくなりました。この流れに乗り、エッジコンピューティングも、人が端末へ入力してデータを取得する方法から、デバイス上でダイレクトにセンシングするなどデータ取得方法の自由度が高まりました。センサ感度自体を切り替える技術と組み合わせることで、今欲しいデータを柔軟に取得するシステムも研究されています。
センシングデバイスの性能向上がエッジコンピューティングの使い道を広げています。
エッジコンピューティング普及への課題は気配の消去
気づかせないための条件
現代のエッジコンピューティングでは、人間社会の中に無数のセンサを配置することであらゆる情報をサイバー空間へ取り込み、仕事や暮らしの向上に寄与することを目指しています。
自分が常に見られていると思うことは、それだけでストレスを感じます。調べられている、追跡されていると思いつつ生活するのは誰しも望まないでしょう。そこで必要なのは、そのようなストレスがない自然な状態でセンシングすることです。あくまで自然に、人間の営みに干渉しない大きさや形であること。かつ、長期的に必要な情報を取得できるセンシングデバイスが必要です。
同時に、早くて軽く、電力消費も小さいAI(人工知能)搭載のプロセッサーは欠かせません。センサが取得した情報から意味のあるものだけを瞬時により分けること、周囲のコンピュータと連携して処理や学習を行い、より複雑で高度な結果を返せることを目指しています。
副次的な効果とのバランス
さまざまなところで小規模コンピューティングを行うことで次のようなメリットも生まれます。レジリエンスとセキュリティの向上です。
レジリエンスとは、回復力という意味です。例えば災害などで情報システムに被害が出た場合、クラウドのサーバーにトラブルがあると、最悪の場合サーバーにあるすべてのデータが消失する可能性があります。エッジコンピューティングでは各コンピュータが自分の計算に必要なデータだけをそれぞれで保持する形になり、ハードウエアが被害を受けても、全データの消失は免れることができます。同時に、セキュリティ面でも利点があります。
エッジコンピューティングではインターネットを経由せずデータの処理・保持を行うため、個人情報保護を行いつつ、よりパーソナルなデータを大量に扱うことも可能になります。他にも、伝送に要するエネルギーの削減など、副次的に得られる効果もあります。
AIやセンシングをはじめとするさまざまな技術開発の進展によって、1990年代から実用化されてきたネットワーク技法「エッジコンピューティング」が活用できる場面がますます広がっています。どのような場面に、どのようなシステムデザインがより有効なのか。利用者と共に考えるところから社会実装が始まります。