INTERVIEWインタビュー

誰もが気軽に
量子コンピュータへ、
アクセスできる未来を。

  • 博士卒
  • キャリア
  • パーマネント型研究員
  • 研究職量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター 量子デバイス計測チーム
  • 猪股 邦宏いのまた くにひろ博士卒
猪股 邦宏さんの写真

「量子冬の時代」を乗り越えて、
ようやくここまで来た。

猪股 邦宏さんの写真

大学院で高温超伝導体材料を用いた量子物理現象の観測に関する研究を行い、博士号取得後に公的研究機関を経て、産総研に2016年入所。超伝導量子コンピュータに必須である極低温物理実験や、超伝導量子デバイスなどの研究開発に携わる。
(取材日:2024年4月)

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産総研より先に、
量子研究を始めていた

子どものころは生物学者になるのが夢でした。田舎育ちということもあり、毎日のように川釣りや昆虫採集をしていたものです。身の回りにあった生きた素材を用いて、仮説を立て実験し、実証を繰り返していました。今思えば、ここが研究者人生のスタートラインかもしれません。中学生の時にはもう「博士号を取りたい」と考えていました。
その後、高専の電気工学科に進学し、大学の工学部3年次に編入。学部4年と修士課程では高温超伝導体材料のデバイス応用に関する研究をしていました。電流というマクロな量ではなく、それの元となるミクロな電子(=量子)の量子トンネル現象(単一電子トンネリング)に興味を持ったのも、そのころです。当時の講義で、量子コンピュータの最小構成要素となる世界初の超伝導量子ビットに関する学術論文を読む機会があり、「高温超伝導体で量子ビットが実現できないか?」と考えました。そこで所属研究室の教授にお願いして、博士課程の研究テーマを「高温超伝導体を用いた量子ビットに関する研究」にしてもらいました。まだ今ほど「量子ビット」や「量子コンピュータ」という言葉が一般的になる前。超伝導体を用いた量子コンピュータの研究を行っている拠点が、日本に2カ所しかなかった時代です。
博士課程修了後は、その数少ない研究拠点の一つである公的研究機関で、研究員になりました。それから10年ほど経ち、世界的に量子コンピュータが盛り上がりはじめます。産総研もいよいよ量子コンピュータに関する研究を始めることになり、研究者の公募が始まりました。当時、私は30代後半。この研究分野のパイオニアである上司、同僚や共同研究者と素晴らしい研究環境で研究を続け、気づけば11年ほどの時間が経過していました。ちょうどその頃取りかかっていた研究テーマで論文を書き上げ、次のキャリアを考えるにはいいタイミングでもありました。産総研には新しい実験装置が導入されるという話を聞き、公募への応募を決断しました。

研究器具の写真

量子コンピュータの研究開発は
「技術の総合デパート」

従来のコンピュータでは情報の最小構成単位であるビットが「0」と「1」の2つの値を担い、これらを組み合わせることで様々な情報を表現します。一方、量子コンピュータでは、量子ビットが持つ「量子力学的重ね合わせ」という性質を使って、「0」と「1」の他に2つの情報の重ね合わせ状態も表すことができます。この「量子力学的重ね合わせ」によって、従来のコンピュータよりも少ないビット数で多くの情報を並列処理し、膨大な量の計算を短時間で実行できるのが、量子コンピュータの特徴です。
このような量子ビットを実現できる候補の一つが、超伝導体の回路から構成される量子デバイス。私がチーム長を務める量子デバイス計測チームでは、量子デバイスの設計や計測(評価)、計測に必要なインフラの整備を行っています。量子デバイスは超伝導体であること、誤動作を引き起こす熱雑音に脆弱であることなどの理由により、その動作には絶対零度(-273℃)に極めて近い極低温環境が欠かせません。これを実現するのが、希釈冷凍機。作製したデバイスの性能を最大限に引き出すためには、デバイス設計や作製プロセスも重要となりますが、希釈冷凍機内部の作り込み(セットアップ)も重要となります。希釈冷凍機内部において高温部からの熱輻射や電磁雑音を遮断し、デバイスが搭載されたチップをどのようにパッケージングするか、ということも研究対象の一つとなります。このような作業を怠ると、量子デバイスの量子ビットとして機能する時間が著しく低下し、性能を発揮することができません。
先に述べたように量子コンピュータの研究開発では、量子デバイスの設計をはじめ、設計した量子デバイスのクリーンルームでの作製、評価・計測に必要となるマイクロ波制御パルスのプログラミングなど、実験に必要な幅広い技術が多岐にわたって要求されます。量子コンピュータの研究開発はあらゆる分野の技術を融合させた、言わば「技術の総合デパート」。量子力学だけでなく、極低温物理、電気・電子工学や材料工学、機械工学、情報科学など、様々な分野の知見や技術、ノウハウが詰まっているのです。私自身も、研究開発では超伝導の知見だけでなく、趣味で車やバイクの整備をしていた経験が役立ったことがあります。これまで通ってきた学問や趣味の延長線上に、量子コンピュータがあるように思います。

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社会を豊かにする方法を、
本気で考える場所

現在、国が主導するプロジェクトにも参加しています。NEDOの量子関連のプロジェクトでは、いくつかの研究テーマを主導しており、内閣府のムーンショット型研究開発では「2050年までに誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」という目標のもと、課題推進者の一人としてチームで研究を進めています。国から研究を任せられるのはとても光栄なことであり、同時に大きな責任も感じます。成果をもって期待に応えようと、日々研究に向き合っています。
こうして量子コンピュータが社会で活用される時代に入ってきたことを思うと、感慨深いものがあります。学生時代に研究を始めたころ、量子はそこまで注目される研究分野ではありませんでした。1メートルの10億分の1以下というミクロの世界で、量子現象を観察しようとしていた時代から、量子として振る舞う量子デバイスを設計・作製し、自在に制御して計算に応用するようになり、世界各国がしのぎを削って研究するまでになった。その時代の変遷を肌で感じてきたからこそ、「ようやくここまで来た」という思いです。
これからの展開を考えた時、いま自分が産総研に所属しているのは、非常に良いタイミングではないかと捉えています。産総研は、研究成果の社会実装を一丸となって考えている研究機関。現在ある知的財産を生かし、どのようにして社会をより豊かにしていくのか、これからは研究者も自ら考えていかなければと思います。そして、その一連の流れを体現しているのが、産総研の魅力の一つだと考えています。

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道なき道を突き進んだ、
その先に

産総研に来た当初、超伝導量子の実験をする人間は私1人だけでした。購入したばかりの希釈冷凍機の配線を組んだり、使えるように設計したり、2年ほどかけて環境を整えるところから始めました。それが今は、10数名のチームメンバーを束ねる立場。自分で手を動かすことも重要ですが、これからは次の世代の育成に重心を移していかねばなりません。先ほど「技術の総合デパート」という話にもあったように、チーム員には様々な分野の技術やノウハウを若いうちから身につけてもらえたらと、研究の現場に立ち会いながら指導をするようにしています。他の研究分野と同様に、超伝導量子の研究分野も多くの研究者が前例のない道なき道を開拓し、進むことによって発展してきました。若手研究者達には答えのない難題に正面からぶつかる醍醐味に気づいてもらいたいのと同時に、心から研究自体を楽しんでもらいたいですね。
近年は、国内外で量子コンピュータが実用化される例も増えてきました。となれば、「量子に興味があるが何をどうすればいいかわからない」という企業も増えていくでしょう。私が所属する量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)では、そうした企業の方々と一緒に研究や製品開発をするために、準備を整えているところです。ここ産総研から、日本の量子産業を盛り上げていけたら。そしてゆくゆくは、全て日本製のパーツで組み上がった「純国産」の量子コンピュータを世の中に出せたらと考えています。

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