INTERVIEWインタビュー

「質の高いiPS細胞」を
見極めて、再生医療に
貢献する。

  • 博士卒
  • 新卒
  • パーマネント型研究員
  • 研究職 生命工学領域 細胞分子工学研究部門
  • 渡邊 朋子わたなべ ともこ博士卒
渡邊 朋子さんの写真

再生医療の未来に
貢献できるような、
新しい技術を世に送り出したい。

渡邊 朋子さんの写真

大学院在籍時は両生類の発生学研究を専攻し、博士号取得後に産総研に2018年入所。ヒトの幹細胞をテーマに研究を進め、現在は幹細胞の分化制御や品質評価の技術開発に携わる。
(取材日:2024年4月)

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再生医療に有効な
「高品質な細胞」を見極める

「iPS細胞」という名前を、聞いたことがある人も多いかと思います。皮膚や血液など、体中の様々な組織に成長できる、万能な細胞。これにより「患者に必要な細胞をiPS細胞から作って移植する」という治療が可能になり、怪我で傷ついた身体や、病気で失われた臓器を回復する技術として、世界中で研究開発が進んでいます。
iPS細胞は、幹細胞と呼ばれる細胞の一種。私が研究しているのは、この幹細胞の「品質評価」です。再生医療を行うには、幹細胞を培養して増やしていく必要があります。ですが、細胞は生き物。増えていくうちに、どうしても品質にバラつきが出るんですね。例えば、幹細胞から神経細胞を作りたいと思っても、「神経細胞になりやすい幹細胞」と「神経細胞になりにくい幹細胞」ができてしまう。だからといって、実際に神経細胞ができるまで見守るのも時間がかかりますし、貴重な幹細胞ですから、細胞自体を壊すような試験も行いたくない。そこで私が取り組んでいるのが、幹細胞の状態を保ったまま「この幹細胞はどの組織になりやすいか」を評価したり、低品質の幹細胞を見分けて除去したりする技術の開発。高い品質の幹細胞を効率よく見分けることで、再生医療の普及に貢献できればと研究を進めています。

研究器具の写真

「両生類」から
「ヒト」へのチャレンジ

私たち人間は、たったひとつの受精卵から始まっています。受精卵が細胞分裂を繰り返し、臓器や器官が生まれ、身体全体が徐々に作られていき、今の私たちの姿になるわけです。
そのことが、とても不思議で。学生時代に、この分野を研究する「発生学」という学問を知り、私もこの生命の神秘に携わってみたいと思いました。
大学院での専攻は、アフリカツメガエルを使った両生類の発生学研究。修士課程では、感覚神経の形成メカニズムの解析を行い、博士課程ではその形成に関わる新規マーカー遺伝子の解析を行いました。博士課程を修了し、大学に残る、製薬関連の企業に就職するといった選択肢があるなか、私には「基礎」と「応用」という2つの想いがありました。この先も発生学分野の基礎研究をより深めていきたいし、将来的にはヒトの細胞を用いた細胞治療に関わるなど、発生学の知見を生かして世の中の役に立つ仕事もしたい。その両方を実現できると思えたのが、産総研だったんです。
産総研への入所が決まったあと、「今後なにをやりたいか」をプレゼンする機会がありました。そこでも、この“2つの想い”をアピール。その後、上司と相談した上で決まったのはヒトの幹細胞というテーマでした。ヒトに取り組むのはもっと先のことだと思っていたので、正直戸惑いましたね。ずっと両生類を扱ってきたので、ヒトの細胞についてはほぼゼロからのスタート。ただ、やりたかったことですし、これはもう頑張るしかないなと。その日から、先輩たちとディスカッションを重ねたり、幹細胞に関わる複数の研究プロジェクトに参加させてもらったり。周囲のサポートを得ながら、3年ほどかけて自立できました。研究テーマが変わることに不安を感じる方もいらっしゃると思いますが、産総研では様々な分野の専門家からアドバイスをもらえますし、研究設備も十分。新たな道をひらくことになっても、安心して臨める環境だと実感しています。

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本当に現場で
使われているんだ

幹細胞の品質評価については、製薬企業や試薬メーカー、理化学機器メーカーなどとも共同研究を行い、実用化につながる事例も増えてきました。もともと「世の中の役に立ちたい」と産総研を志望したので、企業のニーズに応えながら、自分の研究がこうして形になることに手応えを感じています。
iPS細胞に関する研究では、製品化を見据えて特許を取得したものもあります。iPS細胞を長期間にわたり培養していると、「逸脱細胞」と呼ばれる品質の悪い細胞が生まれてきます。逸脱細胞が混ざっていると、iPS細胞の品質が下がり、最悪の場合、全て廃棄せざるをえなくなるのです。そこで、逸脱細胞がどれくらい混ざっているかを検出する技術と、iPS細胞を傷つけずに逸脱細胞だけを破壊する技術を開発。産総研で特許を取得しました。低品質細胞に着目した研究が少ないこともあり、手法を決めるだけでも半年、実際に効果が出るまでは1年ほどかかりましたね。
一方、グループ内の別の研究では、iPS細胞“だけ”を除去するというものもあるんですよ。例えばiPS細胞で筋肉を作ったとき、全てのiPS細胞が筋肉になるわけではなく、どうしても「筋肉になりきれなかったiPS細胞」が残ってしまいます。iPS細胞は増えるスピードが速く、少量でも体内に残るとガン化してしまうリスクも。そこでiPS細胞だけを狙って除去する試薬を作り、実際に試薬メーカーで製品化されました。研究機関やアカデミアの現場から「試薬の効果がありました」という声を聞くたび、「本当に使われているんだ」「誰かの役に立っているんだ」と、嬉しさがこみあげてきます。この先も社会実装に携わっていきたいですし、より広く使ってもらえるものを生み出していきたいですね。

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再生医療が
「普通のこと」になる未来へ

産総研の魅力としてぜひ伝えたいのが、若手研究者にとって研究がしやすい環境だということ。若手研究者が応募できる所内グラント等もありますし、自分の研究グループを離れて、若手同士でコラボレーションできる機会も多いです。私自身も「若手融合チャレンジ研究」という領域間融合プロジェクトに、メンバーとして関わっています。エレクトロニクス・製造領域で、金属加工を研究されている方と、医療用インプラントの開発をしています。異なる領域の研究者とのディスカッションはとても刺激になりますし、所内で横のつながりが生まれれば研究の幅も広がります。若手研究者が働くには、魅力的な環境だと感じますね。
再生医療は、これからさらに発展が期待される研究分野です。今のところ、iPS細胞を使った研究は基礎段階のものが多く、臨床研究や臨床試験はまだ例が少ないのが現状です。また、移植された例の多くが、他の治療法が見つからない難病が対象です。研究がさらに進めば、より一般的な治療にも用いられるようになるでしょう。私も低品質細胞である逸脱細胞の検出・除去の特許について、安全性評価などの追試実験を経て、製品化に結びつけられたらと思います。再生医療の未来に貢献できるような、これまでにない新しい技術を世に送り出したい。その理想を胸に、日々研究に向き合っています。

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