INTERVIEWインタビュー

資源が眠る海を調査し、
「環境破壊」を防ぐ。

  • 博士卒
  • 大学研究員経験
  • キャリア
  • パーマネント型研究員
  • 研究職エネルギー・環境領域 環境創生研究部門
  • 塚崎 あゆみつかさき あゆみ博士卒
塚崎 あゆみさんの写真

自分の研究が、
社会実装の形で
世の中とつながる面白さを
もっと感じたい。

塚崎 あゆみさんの写真

博士号取得後、大学研究員を経て産総研に2011年入所。メタンハイドレートやコバルトリッチクラストといった海底の資源開発において、海洋環境にどのような影響があるかを評価。海洋環境モニタリングによる「環境ベースラインデータ」の取得や環境影響評価手法の開発・高度化に携わる。
(取材日:2024年4月)

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船上での出会いに導かれ、
新天地に飛び込む

初めて産総研を知ったのは、海の上でした。当時私は修士課程の学生で、外洋調査のために4ヵ月の航海に出ていたんです。研究テーマは、グローバルな炭素循環解明の一環として、 海洋に蓄えられた有機物の残存メカニズムについて。調査船で、他の大学や研究機関の海洋研究者たちと乗り合わせ、そこで産総研の研究者と出会いました。正直に言うと、産総研という存在自体を知ったのも、この時が初めて。産総研という組織の話を聞いた時は「充実した環境で研究ができるところなんだな」という印象でしたね。その後、大学研究員時代に何度か同じ研究航海に乗り合わせた産総研の別の研究者から「ポスドクとして来てみませんか」と話をいただくのですが、その時提示された研究テーマは、それまでとだいぶ畑が違ったんです。
そのテーマは、製鉄会社から排出される産業副産物(製鋼スラグ)を、干潟や藻場の基盤材料として扱った場合の効果や、海の生物や環境にどのような影響があるかを評価するというもの。それまでは「自然環境の普遍的な現象を解明する」という研究でしたので、「人が海に手を加えた際の影響を確かめる」となると、考え方も変わってきます。迷いましたが、せっかくの機会。キャリアの節目として、違うフィールドに飛び込んでも面白いはずだと、産総研への入所を決めました。
民間企業との共同研究は、経験がありませんでした。最初は慣れない分野に苦労したものの、これまで試行錯誤して構築してきた評価手法が事業化にも活用されていくんだと、徐々に手応えを感じるように。自分の研究が、社会実装の形で世の中とつながる面白さをもっと感じたい。そしてなにより、海洋のフィールドワークをこの先も続けたい。その想いから、パーマネント型研究員に応募して今に至ります。あの海での出会いがなかったら、ここにはいないでしょうね。

船の写真

そのとき、
海ではなにが起きているのか

「メタンハイドレート」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。天然ガスの主成分であるメタンが氷状に固まった物質で、日本列島周辺の海底にも存在していることが確認されています。次世代の国産エネルギー資源として期待され、商業化を目指した研究開発も進んでいるのですが、忘れてはいけないのは「海底環境への影響」。開発のために海底を掘り返せば、地形は変わりますし、間隙水(堆積物に含まれる水)の拡散や泥の巻き上げによる濁りも発生します。間隙水や “濁り”は様々な物質を含んでおり、生物に有害な硫化水素や重金属類が含まれている可能性もあります。また、こうした掘削による環境の改変がエビやカニなど水産有用種の生息域に影響を与えるかもしれません。逆に影響は局所的、短期的なもので、既存の技術では検出できないレベルである可能性もあります。海底資源を掘削することで、どのくらいのスケールでどのようなものが海中に広がり、どのような影響を与えうるのか。それを調べるのが、私の主な研究内容です。
掘削が環境にどんな影響を与えたかは、「掘り返す前」と「掘り返した後」の状態を比べてみなければ分かりません。そこで私たちは、「掘り返す前」=「手を加える前」の状態を表す、環境ベースラインデータの取得を進めています。分析や評価には、様々な手法があるのですが、大切なのは「ほどよいもの」を選ぶこと。最終的に商業的な生産を目指すため、環境モニタリングも経済的なコストを十分に勘案したものであることが求められるんです。もちろんコストを絞って結果的に不十分な評価になってしまっては意味がありませんよね。既にある手法を組み合わせながら、社会に受け入れられる必要十分なレベルの評価を、いかに適切に行えるかが、この環境影響評価研究のカギになりますね。

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“チーム”で乗り越えた先にある喜び

研究では、実際に船に乗り込んで海水や堆積物、海洋生物など様々な試料のサンプリングや観測を行います。以前は、私も研究航海に同行していたんですが、子どもが生まれてからは泊まりの出張、ましてや2週間の洋上生活は難しくなってしまって。今は航海の計画やサンプリングの準備、サンプルの分析など、ラボでできることを主に行っています。自然が相手なので、研究航海はトラブルの連続。あまりに天候が荒れると、島陰に隠れて動けないこともあるほどです。航海では、どの地点のサンプルを優先して採取するかなど、いくつものプランを用意して臨んでいます。
海底表層付近の堆積物サンプルは、ROV(Remotely Operated Vehicle)という水中ロボットがパイプを海底に刺して採取します。目的によっては、自分たちで簡単な機材を手作りすることもありますね。堆積物から間隙水を抽出する器具を作ったり、狭くて揺れる船上でのサンプル処理をしやすくするグッズを作ったりしました。カニを捕獲する装置を作っている方もいました。仲間たちでアイデアを出し合い、トラブルには臨機応変に対応して、ようやくサンプルやデータが取得できた時は、やはりとても嬉しいですね。
環境影響評価研究では、地質調査総合センター(GSJ)をはじめ、他の領域の研究者とも一緒に研究を進めています。こうした融合研究が広く推奨されているのが、産総研の大きな特徴のひとつ。例えば、環境調和型産業技術研究ラボ(E-code)では6つの領域が参画していて、その中で私は地質調査総合センター(GSJ)、計量標準総合センター(NMIJ)及びエネルギー・環境領域の研究者で構成される「海洋環境研究チーム」で融合研究も行っています。測定手法ひとつとっても領域ごとに作法の違いがあり、刺激を受けることも多いです。計量の専門家から、どのようにすれば精度良く測れるか教えていただいたり、逆に海水のような夾雑物(複数の物質が混ざり込んだもの)の含まれた試料を測定する際の問題点を伝えたりすることも。領域間で知見を深め合う、良い関係が築けていると感じます。

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長く働ける環境で、
未来を見届けたい

産総研には、研究職が本部組織に原則1年間異動をして、総合職とともに業務に携わり、研究職の立場から産総研の組織マネジメントに従事する機会があります。私自身も、入所7年目の時に研究現場を一度離れ、ダイバーシティ推進関連部署での業務を経験しました。ダイバーシティ関連部署への異動直後は、自分になにができるのか、あまりピンと来ていなかったんです。子育てや介護をしている研究者のための支援策を設計する担当になったものの、自分がそのような状況に置かれていなかったため、実際に様々な研究者から話を聞いていくことで、ようやく所内の課題に気付くことができて。見えているようで、見えていなかったんですね。この時は、時短勤務で働く研究者のために、補助員を割り当てる支援制度を作りました。あれから7年が経ち、私も母親の立場に。保育園から呼び出されることも多いので、研究職の基本的な勤務形態である裁量労働制やテレワーク制度などをうまく活用しています。環境影響評価は長期間にわたるモニタリングを必要とするので、この先も5年10年単位でプロジェクトは続きます。育児をしながら長く働ける環境が整っているのはとてもありがたいですし、その環境作りに少しでも関われたことを嬉しく思います。
現在携わっているプロジェクトには、コバルトリッチクラストといったレアメタルを含む鉱物資源の掘削にまつわるものもあります。世界的に希少な資源が、国内で安定して供給できるようになれば、社会的にも大きな意味があるでしょう。引き続きプロジェクトに関わり、実際に社会実装された未来を見届けることが、私の当面の目標です。子育てが落ちついたら、また海へフィールドワークにも出たいですね。

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