INTERVIEWインタビュー

この世界を定義する
「基準」が、
すべて集まる場所で。

  • 修士卒
  • 新卒
  • パーマネント型研究員
  • 研究職計量標準総合センター 工学計測標準研究部門
  • 田中 幸美たなか ゆきみ修士卒
田中 幸美さんの写真

研究の自由度が高く、
日本の基準を扱う責任もある。
そのメリハリが、
研究のモチベーション。

田中 幸美さんの写真

大学院在籍時は生体工学を専攻し、修士卒研究職員として産総研に2016年入所。計量標準総合センターで硬さの計測に関する研究をするとともに、校正業務にも従事。
(取材日:2024年4月)

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長さ・重さ・硬さ。
日本の「基準」がここにある。

皆さんの家の体重計で測った「1キログラム」は、本当に「1キログラム」なのか、考えたことはあるでしょうか。もし体重計ごとに「1キログラム」の基準が変わっていたら、とても困りますよね。私が所属する計量標準総合センター(NMIJ)は、様々な測定の「基準」を扱うところ。秒やメートル、キログラムといった国際単位系(SI)をはじめ、様々な基準(計量標準)が国内外で同じものとなるように、研究開発や維持に取り組んでいます。
例えば、私の専門分野は「硬さ」。ものづくりの際には、材料の強度を正確に測ることが大切です。材料の強度は硬さ測定機で測るわけですが、この測定機が本当に正しいのかも確かめなければなりません。専門の校正事業者がそれを確かめるわけですが、今度は校正事業者が使う測定機が本当に正確なのかも確かめないといけない。では「日本で最も正確な硬さ測定機」はどこにあるかというと……私たちNMIJにあるのです。
NMIJが扱う硬さには複数の種類があり、私はそのひとつについて校正責任者を担当しています。校正の依頼がきたら、基準となる金属片を用意し、硬さを精密に測定して渡す。校正事業者は、この金属片で同じ測定値が出るか確かめれば、自分たちの測定機の正しさがわかる。こうして、硬さの基準が社会に広がっていくわけです。
NMIJが持っている日本の基準は、他の国の計量標準機関とも比較されます。いわば世の中の基準を左右する仕事。責任は重いし、プレッシャーも大きい。でも、だからこそやりがいがありますし、自分の仕事が産業界に直接貢献できている、という手応えも感じています。

研究器具の写真

「研究そのもの」を
仕事にしたかった

茨城県で育ったので、子どものころから産総研は知っていました。地質標本館に化石を見に行ったり、一般公開に参加したりしたこともあります。研究者の方々が楽しそうに研究について話してくれて、「将来はこういうところで働きたいな」と思っていました。
大学院在籍時の専攻は生体工学。神経細胞に電気信号を与えて反応を確かめる、といった研究をしていました。仮説を立てて実験を進めたり、文献を調査して考察したりという研究のプロセス自体がとても好きで、「研究そのものを仕事にできたら」と修士卒で就職活動を始めました。医療関連の企業を中心に研究職を探すなか、ある日、産総研でも募集があると知ったんです。
当時、産総研で修士卒研究職を採用していたのはNMIJのみ。大学院での専攻とは、研究分野がまったく異なります。でも、私が就活で最も重視していたのは、安定して研究ができる環境があるかどうか。事業内容に左右される企業に比べ、公的な研究機関のほうが、じっくりと腰を落ち着けて研究ができるはず。それに、説明会で会った研究者の方々のイメージが、一般公開に参加した時と変わらなかったのもあり、「楽しく研究を続けるなら産総研だな」と自然に思えたので、入所を決めました。
NMIJでは、新人は計量の分野について1年間の「調査研究」を行い、自分の研究テーマを決めていきます。本当に1から学び直しの日々でした。細胞を測定するのと、金属などの材料を測定するのでは、実験機器も評価の考え方も全て違いますから。ただ、先輩からのサポートも手厚かったですし、なにより新しいことを学べる嬉しさのほうが大きかったですね。

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ミクロの世界で
「本当に正しい値」を探る

NMIJでは、先ほどお話しした校正業務と並行して、硬さの測定手法についての研究もしています。測定を必要とするものは、時代とともに変わるもの。例えば、半導体デバイスなどに用いられる、厚さ1マイクロメートル以下の薄膜。製品を作るために、こうした薄膜の壊れやすさ(硬さ)を知りたいというニーズが増えているんです。
一般的な硬さ測定では、ここまで薄いものを測れないため、測定では「ナノインデンテーション法」という手法を用います。この手法の信頼性をより高めるのが、私の研究テーマのひとつ。ナノインデンテーション法では、材料をわずかに押し込むことで硬さや弾性を測るのですが、ミクロの世界のことなので、不安定な部分も多々あります。研究ではシミュレーションと実験結果を比べながら、本当に正しい値はどこにあるのかを探っています。普段の生活ではまったく気にならないレベルの硬さが、実際に数値で明らかになっていくところに、この研究の奥深さを感じますね。
ナノインデンテーション法について、さらに理解を深めるために、博士課程に進学。入所6年目の時に博士号を取得しました。通常業務や研究と並行しつつ、大学の研究室で実験を行ってきたので、両立はやはり大変でしたね。博士課程の研究テーマは、ナノインデンテーション法によって特定の材料がどのように変形するかを調べるもの。NMIJでは測定手法という「測る側」、大学では材料という「測られる側」の双方を研究したことで、硬さの測定について解像度がより高まったと感じています。

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世界を変えるような
研究ができる場所

私はバイオから計量に研究分野が変わりましたが、そもそもNMIJには大学で計量を専門に研究してきた人がほとんどいません。どんな分野でも、研究をするうえで「測定」は避けて通れないもの。なので、NMIJには物理や化学、生物など、多種多様なバックグラウンドを持つ研究者が集まっています。それぞれ測るものも手法も異なるので、NMIJ内の発表を聞くだけでもとても刺激になりますね。新たに学びたい分野があれば自由に学んでいい、という空気ができているのも、NMIJの魅力のひとつ。私も、AIを使った画像解析を学んで、測定技術の開発に用いたことも。研究の自由度が高く、それでいて日本の基準を扱う責任もある。そのメリハリが、研究のモチベーションにもつながっていると感じます。
かつて重さは、国際キログラム原器という人工物を基準に定義されてきました。2019年からは普遍的な定数にもとづいた定義に改定され、これにNMIJも大きく関わっています。単位の定義が変わることは、世界が変わること。ですからNMIJは、「世界を変えるような研究ができる場所」と言ってもいいかもしれませんね。私も自分の研究をさらに深めて、硬さの分野で社会に大きく貢献できたらと思っています。

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