INTERVIEWインタビュー

位置と姿勢を測る
「高精度マーカー」が
夢を叶えてくれた。

  • 博士卒
  • 民間企業経験
  • 大学助手・助教経験
  • キャリア
  • パーマネント型研究員
  • 研究職情報・人間工学領域 人間拡張研究センター
  • 田中 秀幸たなか ひでゆき博士卒
田中 秀幸さんの写真

自分の技術を宇宙に飛ばしたい。
産総研は〝夢を叶える場所〟。

田中 秀幸さんの写真

修士号取得後、民間企業を経て再び大学に戻り、大学助手、助教を務めながら博士号を取得。その後、産総研に2009年入所。ロボット制御向けの高精度マーカーを開発し、当時の研究メンバーと立ち上げたベンチャー企業で事業化を果たす。
(取材日:2024年4月)

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企業でも大学でもない
“第3の選択肢”

星を見るのが好きな子どもでした。中学生の時、親にせがんで天体望遠鏡を買ってもらい、宇宙工学を学ぼうと決めたのが高校生のころ。いつか自分の技術を宇宙に飛ばしたいと夢見て、修士課程では月や惑星で活躍する「宇宙ロボット」に関する研究をしていました。宇宙に関わる仕事に携わりたいと思っていたので、修士課程修了後大手電機メーカーに就職。ところが、自分の希望と会社の方針が折り合わず、1年で退職して大学に戻ったんです。修士課程在籍時にお世話になった教授には「最低3年は勤めてから戻ってきなさい」と叱られましたが……。
それから紆余曲折あって、新たにできた宇宙関係の研究室に移籍。そこの教授が、前年まで産総研で宇宙ロボットを研究していた研究者でした。実験のために産総研を訪れたことがあり、規模の大きさに圧倒されたのを覚えています。その研究室で助手、助教も務めながら博士課程を修了したのですが、教授の退官とともに研究室がなくなることになってしまって。
次の行き先を考えた時、企業でも大学でもない“第3の選択肢”が産総研でした。会社の方針ではなく、やりたいと思ったテーマを研究して、実用化まで持っていきたい。それなら産総研だなと。また、当時「宇宙より先に、地上の社会課題を解決するロボットをまずやらなくては」という認識に変わってきたのも大きかったですね。入所後は、障がい者支援ロボットなどのサービスロボットに携わるところから、産総研のキャリアがスタートしました。

研究器具の写真

独自に始めた研究が
世界最高レベルに

ロボット研究にとって、ロボットを安全かつ正確に動かすことは永遠のテーマ。これをサポートするのが、私が現在メインで研究している「高精度マーカー」です。ロボットについたカメラでマーカーを撮影すれば、マーカーが3次元空間のどの位置にあり、どの方向にどれほど傾いているのかを簡単に計測できます。このデータが、ロボットが動く時の“道しるべ”となるわけです。
同様のマーカーは昔からありましたが、ロボットを制御するには精度が足りませんでした。そこで高精度マーカーでは、マーカーの周囲に特殊なレンズと縞模様を組み合わせた構造を配置。マーカーを見る角度によって、レンズ越しに見える黒い線の位置が変わるようになっています。この仕組みで視線の角度を正確につかむことで、従来の10倍以上となる高精度な計測を実現しました。カメラ1台で位置や姿勢を計測するマーカーとしては、世界最高レベルの精度です。
実はこの高精度マーカー、もともとは私が独自に研究を始めたもの。サービスロボットなど、産総研のプロジェクトとは関係なく、自分がやりたいテーマを1人で追求していたんです。線が動く仕組みがようやく完成した時は、あまりにも嬉しくてチーム長まで見せに行ったことも。最終的には、所内の研究課題公募に応募して、きちんと研究テーマとして採択されましたが、それまで周囲から「やめなさい」と言われたことはなかったですね。このマーカーが形になったのも、産総研が持つ“懐の深さ”のおかげだと思っています。

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周りの人のおかげで、
拓ける道がある

私は「あまり計画しすぎるとうまくいかない」と考えているところがあるんです。もちろん計画は立てますし、守るように頑張ります。でも、世の中思い通りにいかないものじゃないですか。修士課程を修了した時は産総研で働くとは思いませんでしたし、マーカーの研究も、参考となる先行研究がない中でのスタート。それでもある程度の成果を残せたのは、その都度進むべき道を柔軟に考えてきたことと、周りの人に恵まれたところが大きいと思っています。
ベンチャー企業を設立した時も、人に助けられましたね。きっかけは、高精度マーカーの発表後、関係各所から問い合わせが殺到し、研究に集中できなくなったこと。会社を作ってビジネス面を任せるということを考えましたが、当時は起業するなら私が休職して自ら社長をやるか、外から社長になる人材を探すしかなくて。悩んでいたその時、たまたま私のところで働いていたスタッフが、「自分が社長をやります」と言ってくれたんです。もともとベンチャー企業で働いていた経験があり、いつか自分も起業したかったと。上司からは「こんなにラッキーなことはない」と言われましたね。
会社設立後、私は技術顧問という形で関わっています。現在はマーカーの普及に向けて、コストダウンとサイズ展開という2つの課題をクリアすべく開発を続けているところです。ニーズの開拓も、考えるべきことのひとつ。このマーカーは応用範囲がとても広いんです。産総研でも、生命工学領域と人の指の動きを正確に読み取る研究を行っていますし、地質調査総合センター(GSJ)と地中探査ロボットに活用する計画が進んでいます。ロボットに限らず、ビジネスとなりうる大きなニーズを見つけていきたいですね。

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産総研は、
自分の夢を叶える場所

高精度マーカーは、宇宙でも使われています。最初は、JAXAの協力を得て実現した宇宙空間での高精度マーカーの耐久試験でした。実験用サンプルは米国企業のロケットで打ち上げるわけですが、実は最初の打上げでロケットが爆発して、全て吹き飛んでしまいました。呆然としていたら、すぐにJAXAの方から「次の打上げですが」と気持ちを切り替えたメールが届いて、プロの仕事ぶりを感じましたね。そもそも宇宙実験なんて、自分の頑張りだけではとてもできないこと。周りの人たちのおかげで成り立つことのありがたさを、痛感したプロジェクトでした。
現在も、国際宇宙ステーションの中で高精度マーカーが使われています。遠回りはしましたが、高校時代に描いていた「自分の技術を宇宙に飛ばしたい」という夢を、こうした形で実現することができました。事業化もできるし、宇宙にも行ける。私にとって産総研は“夢を叶える場所”です。若い研究者たちにも、そういう場であってほしいですね。
次の夢は、もう決まっています。ロボットをより普及させるために、ロボット自身が動きやすい「ロボットフレンドリー」な環境を作ろうと、国家プロジェクトが進んでいるんですね。“道しるべ”となるマーカーがあれば、ロボットフレンドリー環境の実現に貢献できるはず。関連のコンソーシアムに参加して、マーカーの標準化などの議論に参加しています。高精度マーカーでロボットの普及を支えたいという新たな夢を、産総研で叶えられたらと思います。

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