INTERVIEWインタビュー

「印刷」で、
電子デバイスの
可能性をひろげる。

  • 博士卒
  • 民間企業経験
  • キャリア
  • パーマネント型研究員
  • 研究職 エレクトロニクス・製造領域 センシングシステム研究センター
  • 野村 健一のむら けんいち博士卒
野村 健一さんの写真

「野村というやつが作ったらしいぞ」
と言われるような、
記憶にも記録にも残る仕事がしたい。

野村 健一さんの写真

修士号取得後、民間企業を経て再び大学に戻り、博士号取得後に産総研に2010年入所。現在はエレクトロニクス製品向け印刷技術の開発と、それを応用したセンサシステムの開発に携わる。
(取材日:2024年4月)

野村 健一さんの写真

「印刷」が
エレクトロニクスの世界を変える

太陽光発電パネルの表面をじっくり観察したことがありますか?よく見てみると、白っぽいグレーの線が縦横に引かれています。この線、実は発電した電気を運ぶための配線で、銀のペーストをスクリーン印刷して作られたもの。印刷で配線を作製することで、早く大量に生産ができるわけです。他にも、柔軟性の高い素材に配線を印刷して曲げられる電子デバイスを作ったり、紙や布といった身近な材料の表面に配線を施したりと、印刷による配線形成技術はどんどん高度化しています。私が研究しているのは、こうしたエレクトロニクス製品を作るための印刷技術。モノづくりをさらに高度化させる手法を生み出すのが、私の仕事です。

先ほどの太陽光発電パネルでいえば、「微細化」も研究分野のひとつ。配線が太いと太陽光があたる面積が小さくなるので、「配線をできるだけ細くしたい」というニーズがあるんです。どのような材料に印刷するかにもよりますが、一般的なスクリーン印刷では線幅50マイクロメートル程度が微細化の限界と言われます。そんな中、私たちは10~20マイクロメートル、あるいはそれ以下の微細配線形成技術を開発。その装置は印刷機メーカーと協力して製品化もされました。
上記のように実用に近い分野なので、企業との共同研究がかなり多いですね。電子部品メーカーやヘルスケア関連メーカー、インクを取り扱う材料メーカーなど、業種業態は本当にさまざま。企業の要望に応えることはもちろん、産総研が企業同士の“ハブ”となることも意識しています。共同研究先のA社に、別の共同研究先のB社やC社を紹介することもしばしば。企業同士のつながりが増えれば、イノベーションも起きやすくなるはず。自分たちだけではなく、日本の産業全体が良い方向に向かえばという想いで取り組んでいます。

研究器具の写真

憧れた研究者の背中を追いかけて

産総研との出会いは修士課程在籍時でした。所属している研究室が産総研と共同研究をすることになり、修士1年から2年まで、産総研で研究をさせてもらったんです。産総研の研究者たちは、私にとって憧れの存在。研究はもちろん、語学も堪能だし、なにをするにもオールマイティ。「こういう人たちになれたらいいな」と常に思っていました。
ただ、当時は研究よりも物を作って世に出したいという想いが強く、修士課程修了後は大手電機メーカーに就職。開発・設計部門で業界トップレベルの製品に携わりました。実際に製品が世に出る喜びも大きかったのですが……製品が移り変わるスピードが速く、しばらくして自分のアイデンティティを見失ってしまって。いったい自分はなにをしたいんだろう、と。
なにか小さな技術でも製品でもいい。「野村というやつが作ったらしいぞ」と言われるような、記憶にも記録にも残る仕事がしたい。そう考えた時、浮かんだのは産総研の研究者たちでした。またあの人たちと研究がしたい。産総研なら、基礎研究だけでなく、社会実装にも関わることができる。当時、産総研では研究職に就くために基本的には博士号を取得していることが必要であったため、約4年間勤めた会社を辞めて大学に戻り、博士課程に進むことにしました。
幸運なことに大学に戻ったあとも、修士課程在籍時に一緒に共同研究を行った産総研の方と再び研究をする機会に恵まれました。博士課程を修了し、その後大学で働き始めて半年ほど経った時、その方から「ポスドクのポストがあるから来ない?」と。「行きます!」と大きな声で返事をしていましたね。

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イノベーションを生み出す
「境界」を意識する

実は産総研に入るまで、印刷については素人でした。大学学部および大学院時代の専攻は電気電子工学で、セラミックス材料の電気的特性の解析や加工技術の開発、あるいはそういった材料を利用した光バイオセンサーの開発をしていました。これまで自分が携わってきたセンサーが主に電気や物理の分野なのに対して、印刷は液体のインクなどが絡む化学の分野なんです。産総研で印刷技術を担当することになった時は、周りが化学の専門家ばかりだったので、文化の違いに戸惑いましたね。電気系では、事前に裏取りをしてある程度の確証を得てから実験をするよう言われましたが、化学系だった上司は「思いついたらまず手を動かそう」と言う。実際、「野村君は石橋を叩いて壊して、もう一回かけ直して渡る」とよく言われました(笑)。ただ、もともとフットワークは軽い方なので、ゼロから勉強し直すことに抵抗感はありませんでしたね。イノベーションは、異なる技術同士が接する“境界”で起こるもの。未知の分野を手掛ければ、“境界”に近づけるかもしれないと、前向きに考えて取り組みました。
そして今、その“境界”は徐々に形になりつつあります。モノづくりはものすごく大枠で言えば「材料」「プロセス」「デバイス」の三段階。どの材料を選び、どういう製法を使って、何を作るか、を考えるわけですね。私たちが扱う印刷技術は、真ん中の「プロセス」。つまり、インクやフィルム基材などの「材料」とも関わるし、センサーや電子部品などの「デバイス」とも関わる。両者の“境界”とも言える存在です。「材料」と「デバイス」の組み合わせが変われば、連携する企業も変わりますし、産総研の他の領域との融合研究も生まれます。様々な領域をまたぐことで、“境界”を生み出せるのが、この研究の魅力。秘めている可能性は、無限大だと思いますね。

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人が有機的に関わりあって
大きな相乗効果を生み出すチームに

かつて自分が産総研を志したのは、「基礎研究から社会実装まで、研究フェーズが非常に幅広い」というのも大きな理由でした。実際に産総研で10年以上過ごしましたが、今でもこの間口の広さは産総研の魅力だと感じますね。企業では応用研究よりさらに実用化に近いフェーズの研究をすることになるでしょうし、大学も基本的には原理原則を突き詰める研究を行う場所。産総研は言わばそのハイブリッドで、あらゆるフェーズに身を置き、研究をすることができる。私自身も、今は社会実装研究が8割、基礎研究が2割といったバランスで研究に向き合っていますが、比率は状況によって大きく変わり得ます。
働きやすさの面については、ワークライフバランスが整っていると感じます。集中する時は集中して、休む時は休む。自分のペースを保ちながら仕事がしやすい環境ですね。休日はスタジアムで野球やサッカーを観戦したり、子どもとバスケをしたりすることも。子どもの上達が早すぎて、最近はついていくのがやっとですが……。
今後も引き続き、社会実装に向けてそれぞれのプロジェクトを進めていきます。現在、私は7人のメンバーを率いるチーム長の立場。自分が若い時は、上司にのびのびとやらせてもらったので、今度は次の世代が自由に研究に打ち込めるようにフォローする番。研究の源泉となるのは、やはり人です。1人では限界があることでも、周りと協力し合えば乗り越えられる。1+1=2ではなく、もっと絡み合って3にも4にも、それ以上にもなるように、チームで研究開発を続けられたらと思います。

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