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囲碁の「布石」に見る経営の本質

囲碁の「布石」に見る経営の本質

2025/10/13

囲碁の「布石」に見る経営の本質 大局を読み 将来に投資

日刊工業新聞寄稿記事「講壇」

    産総研理事長 石村和彦による日刊工業新聞「講壇」への寄稿コラムです。産総研の経営方針やそれを受けた具体的なアクション、自身の経験やマネジメント論、社会・技術動向への考えなど、石村の視点から複数のトピックを取り上げています。
    ※記事の版権は日刊工業新聞社にあり、許諾を得て掲載しています。

    囲碁の「布石」の考え方は、ビジネスにおいても重要だ。競合や市場の動きの先を読んで将来に生きる手を打つことが、短期的な利益にとらわれない「大局観」であり、事業成功のカギである。

    AGCの社長に就任した頃、興味深い取材を受けた。有名人との対談で、相手は日本棋院九段の石倉昇氏だ。彼は大学の同級生で、大学時代も囲碁部の主将を務めていた。当時、石倉とは1度だけ対局した。通常より小さい13路盤で、さらに4子局のハンディにもかかわらず、結果は完敗だった。そこから数十年の間に、石倉はプロ棋士となり、九段にまで登り詰めていった。

    当初は対談という話だったが、「対局をした方が面白いのでは」と提案し、2度目の対局となった。石倉は日本棋院の名人戦を行う「幽玄の間」を手配してくれた。今度は19路盤で再戦し、手合は再び4子局で挑んだ。結果は二目差で惜敗。「惜しかったですね」と言われ、内心悔しかったが、「お前も強くなったな」と返した。

    私にとって囲碁は、学生時代からの楽しい趣味の一つであって、経営哲学と結びついているなどと言うつもりはない。ただ、囲碁とビジネスの共通点を感じる瞬間はある。

    日本棋院の免状
    日本棋院の免状を取得し、棋力の向上にはげむ

    囲碁では何手も先を読む必要がある。ただ、相手も同じく手を読むので、必ずしも思った展開にはならない。相手の出方も考慮しなくては勝てない。この駆け引きは競争市場の戦略に似ている。

    例えば囲碁には「布石」という言葉がある。序盤で全体の構図を見据え、将来に有利な形を作ることだ。これはビジネスでも極めて重要な考え方である。囲碁でもビジネスでも、相手が予期せぬ手を打ってきて負けることもある。競合や市場がどう動くか、顧客がどう反応するか、相手の立場を想像して先を読むことが肝要だ。

    簡単な例を挙げよう。「製品を値下げすればシェアが取れる」と短絡的に考えるケースがある。確かに一時的にはシェアが伸びるだろう。しかし競合も追随し、価格競争が始まれば、結果として業界全体で利益率の低下に苦しむことになる。値下げで利益を拡大できると考えるのは、自分の立場しか見ていない証拠である。これは囲碁でいう「勝手読み」だ。

    布石とは、目先の勝ち負けではなく、未来に効く手を先に打っておくことだ。伸びると読んだ市場に先行して設備投資をする。仕込んだ布石が、将来の事業の柱となる。囲碁では「ここで負けても全体で勝てばよい」という局面がある。ビジネスも、短期的な数字に執着し、将来の布石を打たなければ大局で敗れる。

    これがいわゆる「大局観」だろう。例えば標準化は、産業全体や国際市場での互換性・信頼性を築くための布石だ。目の前の利益には直結せずとも、将来のイニシアチブを取る重要な一手となる。局所的なシェア争いではなく、世界の潮流を見据えて布石を打つことは大局を読む囲碁の発想と通じる。産業技術総合研究所(産総研)でも、多くの研究者が標準化活動に参画している。

    囲碁にも経営にも共通している戦略の本質は、「読み」と「布石」にあるのだ。

    理事長 兼 最高執行責任者

    石村 和彦

    ISHIMURA Kazuhiko

    石村和彦理事長の写真

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