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長年の未解決問題を解いた世界初の暗号理論

長年の未解決問題を解いた世界初の暗号理論

2025/07/25

長年の未解決問題を解いた世界初の暗号理論 二つの構造で効率的な放送型暗号を新設計!

研究者の写真
    KeyPoint 基礎研究がそうであるように、暗号理論は10年後、100年後を見据えています。実用化が待たれる量子コンピュータ、その性能をもってしても破れない安全な暗号をつくる技術。その実現のための足掛かりとして、未来の社会に役立つ効率的な方式を世界で初めて設計しました。この研究で産総研論文賞を受賞した、サイバーフィジカルセキュリティ研究部門高機能暗号研究グループ、山田翔太上級主任研究員に話を聞きました。

    【この研究ここがスゴイ】


    世界的に権威あるワークショップを含む国内外での招待講演に加えて、後続研究も多数進んでいます。
    暗号分野のトップ会議であるEurocryptでは日本人初・現時点で唯一の賞を受賞!

    ──世界的な研究コミュニティから高い関心を寄せられてどう感じましたか?

    山田暗号の設計に使われる代数構造には、「ドーナツ型」と「格子型」と呼ばれる物があります。「ドーナツ型」は古くから研究されていますが効率性が低く、「格子型」は効率性が高いのですが単体で放送型暗号をつくることは未だできていません。この二つの構造を組み合わせる研究は従来から試みられてきました。

     その積み重ねを発展させた本研究により、効率性の壁を突破できたことが未解決問題の解決につながりました。発表時は新型コロナウイルスの流行初期だったので講演はオンラインでしたが、非常に多くの質問を頂いたことを覚えています。世界中から著名な研究者が集まる米国のワークショップで、研究成果を発表できて、とても名誉に感じました。

    暗号の設計に使われる代数構造「ドーナツ型」と「格子型」

    ──高く評価されたことについて実感を教えてください。

    山田ワークショップでは、世界的に権威ある賞の受賞者や将来の受賞候補者が勢揃いする場で講演し、第一線を走る研究コミュニティや研究者に肩を並べる成果が出せたという実感がありました。

     ワークショップを主催する米国には、非常にエキサイティングな研究をしている方が身近にいて、ハイレベルな議論が日常会話の中で行われます。アイデアをインプット/アウトプットする機会が多く、そういう環境に身を置くことが研究にプラスに働きます。暗号分野では、米国在住だったり留学した経験のあるインド・中国の方の存在感が大きく、インパクトのある論文に頻繁に名を連ねています。私は、ちょうどタイミング悪く、コロナで留学の機会が流れてしまい残念でしたが、研究者が集まり研究が加速する環境のある米国には一度滞在したいと思っています。

    ──トップ会議での受賞の要因は何でしょうか?

    山田質の高い研究を積み重ねた結果だと思います。賞を目指していたわけではなく、狙って取れるものでもないので光栄でした。受賞によって私の研究成果の認知が広がり、海外の研究者の方と交流する機会が増え、コラボレーションもしやすくなりました。

     今回の暗号方式が一つの踏み台となって、そこからアイデアを得た別の方式が展開しています。実際、私たちの研究の後に「格子」だけを使った放送型暗号に進展がありました。未解決の問題を解くための、一つの道筋を示せたと考えています。論文発表後も引用数は現在進行形で増えており、その先に進んだ後続研究が広がっています。

    研究風景

    【こんなあなたに知ってほしい】

    配信コンテンツやクラウドサービスを守る技術を進展させ、
    日本の暗号分野を大きく前進させる一歩となります。

    ──本研究は今後の社会にどのような影響を与えるのでしょうか?

    山田現在の暗号技術にはRSAや離散対数問題などが使われていますが、今後量子コンピュータが実用化されると基本的に通用しなくなります。しかし量子コンピュータも万能ではありません。量子コンピュータの技術と暗号技術の関係は、対戦ゲームの相性やタイプを思い浮かべると分かりやすいです。例えば炎タイプの攻撃は草タイプのバリアを破り、岩タイプは雷タイプの攻撃をバリアで跳ね返すように、量子コンピュータは多くの既存技術には強い効力を発揮しますが、それが効かないバリアを持っている技術もあります。その一つが「格子型」のみを使った放送型暗号で、今はまだできていませんが、実現しようとするモチベーションが暗号分野全体にあります。この研究は、川の対岸にある“理想の暗号”に到達するための一つの大きな方向性を示す“飛び石”になる成果だと考えています。

    ──今後どのような分野での発展・応用を期待されますか?

    山田私たちの方式を使って、量子コンピュータに対し安全な暗号を設計する研究が既に進んでいます。放送型暗号は世界的にユーザーが多い、配信コンテンツ等を守る技術です。これを小ゴールとすると、さらに巨大なクラウドサービスのデータを守る属性別暗号という技術が大ゴール。私たちは最終的にそこを目指しています。

     暗号技術は基礎的な研究で、すぐに社会で使える技術の開発というよりは、シーズドリブン的に発展する分野です。コンテンツのプラットフォーマーが求めているからというより、研究者のモチベーションが今後も高機能な技術を生み出していくと思います。

    ──本研究をどのような方に知ってほしいですか?

    山田学生の方に届くのが一番嬉しいですね。日本は暗号理論に強い国です。まだ進路を決めていない大学生に興味を持って入ってきてほしい気持ちがあります。

     私自身もともと数学好きでした。数学科で主に取組むような抽象的な数学より、アルゴリズムを研究するような実用的な数学に興味があって工学部に進みました。でも、工学部では手先を動かす実験やプログラミングが苦手すぎて、先生に転科できないかと相談したこともありました。そのとき暗号理論という道を教えていただいたのが、この分野との出会いでした。英語で論文を読むのに苦労しましたが次第に没頭しましたね。

     数学を使って世の中の役に立ちたい人に向いている分野だと思います。実用的な数学というと、金融や経済のイメージがありますが、暗号技術の研究も自分で創意工夫できる面白さがあります。抽象的な数学も使われますし、物理学を学んだ方には量子コンピュータに関してアドバンテージがあるかもしれません。理系に限らず文系でも、あらゆるバックグラウンドが生かせます。万能でなくても、強い武器が一つあることが研究者にとって大切です。暗号分野で活躍している人が日本にも多く居ることを、学生の方に知ってもらえると嬉しいです。この論文をきっかけに暗号技術分野を知って学ぼうと思う方が増え、30年後、100年後の新しい暗号理論をつくる一歩になればと思います。

     この研究について関心のある方は、ぜひお問い合わせください。

    研究風景

    受賞論文: Agrawal, S., & Yamada, S. (2020). Optimal broadcast encryption from pairings and LWE. In Advances in Cryptology–EUROCRYPT 2020: 39th Annual International Conference on the Theory and Applications of Cryptographic Techniques, Zagreb, Croatia, May 10–14, 2020, Proceedings, Part I 39 (pp. 13-43). Springer International Publishing.

    情報・人間工学領域
    サイバーフィジカルセキュリティ研究部門
    高機能暗号研究グループ
    上級主任研究員

    山田 翔太

    Yamada Shota

    山田 翔太主任研究員の写真
    産総研
    情報・人間工学領域
    サイバーフィジカルセキュリティ研究部門
    • 〒135-0064 東京都江東区青海2-3-26 産業技術総合研究所 臨海副都心センター<本館>
    • cpsec-inquiry-ml*aist.go.jp
      (*を@に変更して送信してください)
    • https://www.cpsec.aist.go.jp/

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