医薬品物流とは?
医薬品物流とは?

2025/05/07
医薬品物流
とは?
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
医薬品物流とは?
医薬品物流とは、文字どおり医薬品を配送する物流業務やシステムのことです。医薬品は人の生命に直結するため、品質維持や法令、ガイドライン遵守などについて、一般的な物流よりも厳しい取り扱いが要求されています。その一方で、 医薬品物流業界においても人手不足や従業員の負担が課題となっており、効率化や正確性向上に向けて産学官連携の取り組みが進んでいます。
医薬品物流における課題を解決するには、安全で迅速な輸配送を実現し、物流拠点を高度化する技術の導入が必要です。物流現場の実情や要望を反映し、経営側へ導入の理解を得られやすくする「プロトタイピングサイクル」の手法を取り入れた技術開発への期待が高まっています。医薬品物流の現状や課題解決に向けた連携研究ラボの取り組みについて、人間拡張研究センタースマートワークIoH研究チームの一刈良介研究チーム長と、東邦ホールディングス−産総研 ユニバーサルメディカルアクセス社会実装技術連携研究ラボの三浦卓也特定集中研究専門員に聞きました。
医薬品物流に求められること
医薬品物流とは、医薬品製造工場から物流センターなどを経由して、医療機関や薬局へ届ける一連の輸配送のことを指します。特に医療用医薬品は、ドラッグストアなどで購入できる一般用医薬品とは異なり、医療用医薬品を購入するには原則として医療機関での処方箋が必要となります。医療用医薬品を対象とした医薬品物流は法令やガイドラインによる規制が厳しく、高い正確性と安全性が求められています。
例えば、ワクチンや注射薬の中には指定された温度範囲内で輸配送しなければならないものがあります。そのためコールドチェーン技術と呼ばれる、生産・輸配送・消費の過程で途切れることなく低温に保つ物流方式の活用が重要になります。また、輸配送中の盗難や改ざん、誤配送を防ぐため、ラベルなどを活用した正確な追跡システムも必要です。医薬品が欠品しているという事態を避けるために変動する需要に応じた在庫管理も求められ、インフルエンザや花粉症の流行に合わせて在庫を調節するといったこともされています。医薬品卸売を事業とする企業は、効率を重視しつつも正確な輸配送と医薬品の安全性や品質保持に努める必要があるというわけです。
医薬品物流の課題と実現したい将来像
ユニバーサルメディカルアクセスとは
医薬品物流の実現したい将来像を示すキーワードが「ユニバーサルメディカルアクセス」です。ユニバーサルメディカルアクセスとは、いつでもどこでもどんな時でも、必要とする医療・介護サービスにすべての人がアクセスできる仕組みのことです。過疎地など医療資源が不足している地域や、災害・緊急時でも医薬品を正確かつ迅速、安全に届けられる体制の実現を目指しています。このような仕組みを実現するには、医薬品物流や医療・介護サービスにおける次のような課題の解決が急務です。
再生医療等製品の安全で迅速な搬送
再生医療等製品は、細胞や組織などによって種類が分かれており、厳密な温度管理が必要となります。また、搬送中の振動や衝撃が品質に影響を与える可能性があり、適切な梱包や取り扱いが求められます。加えて、使用期限が短いことから納期が厳しく設定され、迅速な配送も求められます。(産総研マガジン「再生医療とは?」)
物流拠点の高度化
医薬品物流に限らず、配送業務に携わる従業員への負担も課題です。大規模な物流センターではある程度自動化は進んでいるものの、荷物の受け手に近い物流現場では、箱の開封やラベルの確認など煩雑な手作業がいまだに多く行われています。医薬品卸の営業所での最終配送先である医療機関や薬局ごとに医薬品を仕分ける作業では、スピードが求められる一方で厳格な検品も要求されます。細かい作業のため、効率化を図っていても手を介在しなければならない部分があり、対応が必要です。加えて、作業量が多いうえに間違えられないので従業員には高い緊張が強いられているのが実情です。
遠隔医療技術の開発
医療資源は都市圏に偏在しており、特に過疎地では医療インフラが十分に整っていません。近年ではオンライン診療が普及し始めていますが、オンライン診療では対面診療に比べて直接の触診や検査が行えないため、診断の精度に影響を与える可能性があります。そのため、より高度な遠隔診療を実現するために必要な通信環境、データセキュリティやプライバシー保護技術の開発が必要です。
データ収集技術
医薬品には膨大な種類があり、納品先となる医療機関や薬局の数はコンビニエンスストアよりも多く存在します。医薬品の取り扱いや納品先の管理システムは統一されておらず、互換性が不十分という問題があります。医薬品や医療機関、薬局に関するシステムの標準化も必要であると考えています。
連携研究ラボで取り組む医薬品物流の課題解決
産総研と、医薬品卸売や調剤薬局などの事業を展開する東邦ホールディングスは、2023年4月から共同で連携研究ラボを設立し、先に紹介した医薬品物流の課題解決に向けた技術開発に取り組んでいます。
AR技術の検証をVR環境で進める「プロトタイピングサイクル」
特に物流拠点の高度化に向けて、営業所から顧客施設までの医薬品配送プロセスにおいて、拡張現実(AR)技術の活用ができないかと考えています。AR技術は、視界の中に医薬品や納品作業に関する情報を表示でき、ARグラスを装着すれば両手で作業ができるというメリットがあります。しかし、AR技術の導入には、経営側と現場側の双方をはじめとする各ステークホルダーからの理解を得ることが必要です。
AR技術の導入に対して、現場の実情や要望を反映し、経営側からの合意を得るために、私たちは仮想現実(VR)環境下で「プロトタイピングサイクル」を回し、医薬品配送プロセスにAR技術がどう活用できるかの検証に取り組んでいます。
物流現場における配送プロセスをVR環境の中に再現して構築し、VR環境でARグラスなどを使った技術の検証を行います。VR環境ではさまざまなアイデアをすぐにシミュレーションして試すことができます。また、実物の折りたたみコンテナや医薬品を使わないので、準備と検証の手間を省くことができます。新しい技術を導入した際にどのようなメリットがあり、導入にあたってどのような課題があるかを示すことができるのです。
こういった新たな支援手法の開発、既存システムとの比較、その結果や知見をステークホルダーと共有することからなる開発プロセスを「プロトタイピングサイクル」といいます。
物流現場へのAR技術導入の検証例
実際の営業所をモデルにVR内で再現・構築した環境が次に示す動画です。
物流現場へのAR技術導入~検品作業の効率化に向けたVR技術検証~
営業所での検品作業は、①配送情報の取得、②該当入荷コンテナの探索、③検品作業、④出荷コンテナの準備完了、⑤入荷コンテナの折り畳み、のフローから構成されます。
従来手法では紙伝票にあるバーコードをスキャンし、目視で入荷コンテナとその中にある医薬品を探し、その医薬品のバーコードをスキャンし、出荷コンテナに移すという作業をしていました。
ARグラスを使用する方法では、納品する医薬品の名前や数量、対象医薬品が入っているコンテナがどれかをARで表示します。開発者チームによる予備テストでは作業時間が短縮できることを確認しており、今後は実際に現場で働いている方にテストを行う予定です。
本システムのデモを国際会議で行ったところ、日本語が読めなくてもARによる表示で直感的に作業指示が理解できたという意見をいただきました。物流業界も今後、日本語を母国語としない人たちの労働力に頼る可能性が高く、言語に依存しない作業環境が求められることを考慮しても、AR活用は期待される技術だと考えています。
プロトタイピングサイクルの適用で進む技術導入
VR技術を使って技術の検証・開発を進めるプロトタイピングサイクルは、医薬品物流分野以外にも適用できるものだと考えています。
産総研が企業と密に組んで技術開発を進めることで、現場の課題に対して、専門的な知見を取り入れて仮説検証ができます。もともと研究開発部門を持たない東邦ホールディングスにとっても、連携をきっかけに、新しい技術を検証して導入を進めるという文化が社内に生まれたのは、嬉しい点でした。
また、産総研では新しい技術があっても、実際の現場の課題や実情が詳しくわからないことが社会実装を進めるにあたって大きな課題でした。今回のような連携によって、VR環境下でAR技術を検証するプロトタイピングサイクルの手法が、社会実装への近道になることが見えています。産総研の研究チームが取り組むプロトタイピングサイクルの適用手法は、他の産業分野にも展開できると考えています。こうした取り組みにご関心がある方は、ぜひご相談ください。