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恩師・畑村洋太郎先生との50年

恩師・畑村洋太郎先生との50年

2025/05/05

恩師・畑村洋太郎先生との50年 経営に息づく「設計」の教え

日刊工業新聞寄稿記事「講壇」

    産総研理事長 石村和彦による日刊工業新聞「講壇」への寄稿コラムです。産総研の経営方針やそれを受けた具体的なアクション、自身の経験やマネジメント論、社会・技術動向への考えなど、石村の視点から複数のトピックを取り上げています。
    ※記事の版権は日刊工業新聞社にあり、許諾を得て掲載しています。

    私は当時19歳だった。東京大学で出会った畑村洋太郎先生とのご縁は、私の人生と価値観に大きな影響を与えた。設計や失敗に対する先生の哲学は、技術者として、そして経営者としての私の判断や考え方に今も息づいている。

    人生は出会いで決まる——そんな言葉を、若い頃の私はどこかひとごとのように聞いていた。だが今ははっきりと言える。畑村洋太郎先生との出会いが、私の人生にとって決定的な転機だった。

    畑村先生は東京大学工学部で長く教鞭をとり、いまでは「失敗学」の提唱者として広く知られる。製品設計や創造的思考のあり方について独自の哲学を持ち、数多くの技術者や学生に影響を与えてきた。私が出会ったのは、まだ畑村先生が助教授の頃である。大学2年の後期、本郷キャンパスで始まった機械の授業。試験もリポートもなく、代わりに出席が100%求められる独特な形式だった。部活動の都合で出席が難しい日があると相談した私に、畑村先生は「それなら宿題をやってこい」とおっしゃった。

    出された課題は「リーマン面を直感的に分かるように説明せよ」。当時の私にとっては、さっぱりわからないテーマだ。できるわけがないと思い、正直に「分かりません」と言うと、畑村先生は笑って「じゃあ、授業中私の代わりに黒板に書く係をやれ」と応えられた。畑村先生の懐の深さを感じつつ、面白い先生だと思った。自然と畑村先生の研究室の門をたたくことになった。先生との交流で、私は技術だけでなく生き方を学んでいった。

    東京大学安田講堂
    東京大学の授業で畑村先生に出会った(安田講堂)

    当時、私は学部卒業後、修士課程に進学せず、就職するつもりだった。だが、部活動に熱中し学業は決して優等生とはいえなかった私に、先生は「大学院を受けてみろ」と背中を押してくださった。8月の猛暑の中、毎日15時間以上机に向かい、基礎から教科書を読み直す日々が始まった。試験は9月だ。倍率も高く、希望の研究室に入るには上位20位に入らないといけない、といわれていた。結果、私は19番目。ぎりぎりだったが、念願の研究室に滑り込むことができた。

    それ以来、畑村先生とは50年以上の付き合いになる。ある年、研究室のOBとして合宿に参加した際、畑村先生の教えを本にしようと盛り上がった。先生が日刊工業新聞社にかけ合ってくださり、商業出版が実現。『実際の設計』シリーズとして刊行された書籍はロングセラーとなった。その後先生は「失敗学」の第一人者として多くの人に知られる存在となった。「失敗してもいい、人間は間違えるものだ」という畑村先生の哲学が、いつも私の背中を支えてくれた。

    いま振り返れば、私の人生の設計図は、19歳の時の偶然の出会いから始まった。畑村先生との出会いがなければ、今の私はないだろう。先生から学んだ「設計に対する心構え」は、技術者としての姿勢にとどまらず、経営者としての意思決定にも深く根を下ろしている。

    設計とは、世の中にまだ存在しないものについて、「何を」「どうやって」つくるかを自ら構想し、形にしていく営みだ。私は経営も同じだと感じている。市場にまだ存在しない価値をいかに創出し、届けるか。そのプロセス全体を設計し、実行に移すことが経営の本質ではないだろうか。畑村先生に学んだ設計の哲学は、時を経て私の経営の根幹に成している。

    理事長 兼 最高執行責任者

    石村 和彦

    ISHIMURA Kazuhiko

    石村和彦理事長の写真

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