水処理技術とは?
2024/08/07
水処理技術
とは?
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
水処理技術とは?
水処理技術とは、特定の使用目的に合わせて水を再資源化するための一連の処理手法のことを指します。地球上には利用可能な淡水は限られており、廃水などをできるだけきれいにして再利用する技術開発が求められています。水処理技術は、水中の有害物質や汚濁物質を除去する分離技術を基本に、さまざまなプロセスを組み合わせて行われます。これらのプロセスでは、物理的、化学的、および生物学的な方法で汚染物質を除去します。
国連世界水開発報告書では、約80~90 %の廃水が河川、湖沼、海洋等へ未処理のまま放出されており、廃水処理が世界的な課題となっています。また国際水協会によれば、廃水処理工程からの温室効果ガス排出量は温室効果ガス総排出量の3 %~7 %を占めていると指摘されています(未処理の廃水を含まない試算)。温室効果ガス排出量削減の観点からも、効率的で持続可能な水処理技術の開発と普及が急務です。水処理技術の現在と最新の研究開発について、特に廃水処理の観点を中心に生物プロセス研究部門微生物生態工学研究グループの黒田恭平主任研究員と成廣隆研究グループ長に聞きました。
水処理技術とは
水処理技術とはなにか
水処理技術とは、人間活動や経済活動において使われた水を浄化し、それを再利用できる水資源に戻すための技術です。
水処理技術の主要な2つのカテゴリーに、「物理化学的処理」と「生物学的処理」があります。
物理化学的処理とは、廃水中に存在する粒子や有機物・無機物などの物質を水から分離する、または無害で安定したCO2や沈殿物などの物質に変化させて除去する技術のことです。その多くが凝集反応や膜ろ過を利用して、固体と液体を分離する技術やオゾンなどを注入して化学的に有機物などを酸化する技術です。物質の比重差を利用した沈殿、浮上、遠心分離、膜処理によるろ過、有機物や無機物と酸素や塩などの化学反応などで水と汚濁物質を分離します。
生物学的処理とは、微生物を使用した水処理技術が基本で、都市下水処理やさまざまな化学物質・発酵食品等の生産過程で排出される産業廃水処理などで一般的に使用されています。具体的な方法に、活性汚泥法、生物膜法、嫌気処理法、生物学的硝化脱窒素法などがあります。
また、微生物と膜処理を組み合わせたMBR(Membrane Bioreactor)や、廃水を上部から散布し自然流下させる散水ろ床法と、ポリウレタンスポンジ担体を組み合わせることで微生物を高濃度に保持しつつ空気中からの酸素供給が可能なDHS(Down-flow hanging sponge)法なども効率的で省エネルギーな処理技術として広く研究されています。
なぜ今、水処理技術が必要か
水処理技術は、私たちの日常生活やビジネス活動における水の使用と再利用を可能にします。生活排水の浄化処理だけでなく、工場などから出る特殊な廃水や清掃用水の処理も必要です。これらの場面でも水処理技術が活躍しています。
しかし、昔から使われている水処理方法は、エネルギーを大量に消費し大量のCO2を排出するため、より効率的な水処理技術が求められています。このように、エネルギー消費やCO2などの排出量の観点からみても、水処理技術の高度化は重要です。水処理技術の研究開発は、水資源の持続可能な利用と省エネルギーの両方を実現するため不可欠なのです。
水処理技術について
水質評価に関する水処理技術
水質評価に関する水処理技術とは、水の品質を評価し、それに基づいて適切な水処理を行うための技術のことを指します。基本的には炭素や窒素、リンの濃度、病原体の数(例えば大腸菌群)、重金属などが測定対象となります。
指標としては、水中の有機物が微生物によって分解される際に消費される酸素の量を示すBOD(生物化学的酸素要求量)、化学的に酸化される際に消費される酸素の量を示すCOD(化学的酸素要求量)、放流先の富栄養化などに影響を及ぼす可能性のある硝酸、亜硝酸、アンモニアなどの窒素濃度、水生生物に対して長期的な影響を及ぼす可能性のある重金属類の有害性の評価指標、油汚染を未然に防ぐための指標としてノルマルヘキサン抽出物質などがあります。
廃水処理に関する水処理技術
廃水処理技術には、下水処理システムや産業廃水処理などで広く利用されている「活性汚泥法」と「嫌気性消化法」があり、組み合わせて利用されています。
活性汚泥法は、下水や産業廃水処理で利用されています。この方法では、活性汚泥反応タンクに高濃度の微生物を棲息させ、エアレーション(空気を送り込むこと)によって下水や産業廃水に含まれる有機物を酸化させ、CO2に変えて水を処理します。処理した水にはまだ微生物の塊などが含まれているため、沈殿池でこれらを落とし、その後、例えば塩素処理などを行って放出します。ここで生成された微生物の塊(余剰菌体、あるいは余剰汚泥とも言う)の一部は再利用されますが、再利用できない部分は産業廃棄物となります。これらの廃棄物を減らすために、余剰菌体を濃縮し、嫌気性消化法を用いてメタン発酵を行います。これにより、メタンガスをエネルギーとして得ることができます。嫌気性消化法が難しい一部の施設では、微生物の塊を堆肥化して菌体肥料として地域に還元するなどの取り組みも行われています。
水処理技術の課題
水処理技術の課題は、温室効果ガス排出量の削減とコスト削減が挙げられます。
活性汚泥処理では、大量の酸素を供給するために大量のエネルギーをかけたエアレーションが必要となるため、処理の過程で大量のCO2が排出されます。加えて、処理の過程で大量の微生物の塊が産業廃棄物として排出されるため、その処理にもコストがかかっています。そのため、省エネ化や嫌気性処理システムの導入など、エネルギーを効率的に利用する取り組みが求められています。
日本国内において、人口減少に伴って廃水量が減るなか、昔の基準で作られた都市下水処理施設は、処理能力が過剰になってしまい、コストがかかることも課題です。水処理施設の維持管理費の削減にむけて、自治体ではできるだけ処理施設を減らし、一つ一つの施設を集約化するという取り組みが検討されています。
また、水処理技術に関する研究は高度になる一方で、技術を現場に落とし込み、実装するための人材不足も課題です。今後は研究者とエンジニアの間の連携がもっと必要だと考えています。
国内における水処理技術について、今後は持続可能な廃水処理設備という観点から、処理の効率化はもちろんのこと、廃水やそこから排出される廃棄物を有価物に変換するような、採算性の高い事業の創出も重要になると考えられます。
産総研の取り組みと未来への展望
産総研が取り組む水処理技術の研究
産総研では、食品加工廃水を水耕栽培で利用するための水処理技術、活性汚泥プロセスに共通する微生物群の特定、廃水に広く含まれるフェノールを分解する微生物群に関する研究なども行っています。水処理技術に不可欠な微生物群に関する知見が豊富にあり、詳細なメカニズムまで解明できる技術を持っているのが私たちの強みです。
石油を原料として生産され、飲料用ボトルをはじめとしてさまざまな製品に使われるPET(ポリエチレンテレフタレート)製造に関連する廃水処理も重要な課題です。製造過程で発生する廃水の処理を、微生物学的知見をもとに2種類の廃水を一括処理することで処理プロセスを効率化できることがわかっています(産総研マガジン「微生物工学とゲノム解析で廃水処理に革新を起こす」 )。さらに、これらPET製造廃水処理を効率化させるための微生物の棲息する担体の充填と、処理の鍵となる微生物を狙い撃ちした栄養の添加により処理速度を従来の2倍に向上させることにも成功しています(生物プロセス研究部門研究成果「PET原料製造廃水の効率的処理技術の開発に成功」 )。
また、他の研究分野でもさまざまな研究チームが水処理技術に関する研究を行っており、有害窒素化合物の分離回収による新しい窒素循環システムをつくる研究も進んでいます(産総研マガジン「有害な廃棄物を資源に変える新しい窒素循環システムに挑む」 )。
このように廃水処理を効率化することで、廃水処理設備に必要な設置面積を減らしたり、運用にかかるコストを低減させたり、廃水成分を高付加価値化することで有価物を産み出したりするなどの観点から産総研は研究を進めています。
企業や自治体等との連携と今後
産総研は100 %出資会社の株式会社AIST Solutionsとも連携しながら、水処理技術の評価から処理した後の残渣の資源化まで、水処理に関わるすべてのフェーズで協力できる体制を整えています。
その中でも特に力を入れているのは、廃水処理の問題解決です。例えば、特定の水を処理したいがそれを請け負ってくれる企業がいない時、あるいは自前でやろうとしても技術がないといった場合には、私たちの知見と研究成果をぜひ活用してください。既存の技術だけでは解決できない水処理の課題をお持ちの方と、共同研究を通じて技術開発から実装まで一緒に取り組んでいきたいと考えています。
また、自治体と連携した課題解決にも取り組んでおり、長岡市、国立大学法人長岡技術科学大学との共同プロジェクト*1では「有機廃棄物を含む生物資源の資源循環」をテーマとした研究開発や長岡市とその周辺地域の食品・バイオ関連等の企業支援を行っています。自治体や大学と連携した新産業創出と地域経済の活性化、地域社会の課題解決にむけて、その分野を専門とする研究者が取り組んでいます。
長期的な視点で見ると、持続可能な開発目標(SDGs)という世界的なゴールの実現に向けても、また世界中の人々の健康的な生活の実現を目指すという観点からも、水処理技術や水環境の整備は重要です。短期的には民間企業と連携して持続可能な水処理システムの導入に貢献しつつ、長期的には新しい水処理技術の研究を行っていきます。すべての廃水を捨てずに、資源化するという究極の目標に向けて研究をこれからも進めていきます。
*1:長岡市、国立大学法人長岡技術科学大学との共同プロジェクト「長岡・産総研 生物資源循環 ブリッジ・イノベーション・ラボラトリ」について詳しくはこちらをご覧ください(産総研外のサイトが開きます)。[参照元へ戻る]