「ペロブスカイト太陽電池」とは?ー実用化に向けた課題と研究開発ー
2022/11/24
ペロブスカイト太陽電池
とは?
―実用化に向けた課題と研究開発―
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
ペロブスカイト太陽電池とは?
太陽光のエネルギーを直接電気に変換して利用する太陽電池。いまでは一般家庭にも多く導入されるまでになりました。太陽電池は原料として使われる半導体によってさまざまな種類がありますが、この10年で急速に開発が進んでいるのが、ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造を持つ化合物を用いる「ペロブスカイト太陽電池」です。塗布や印刷技術で量産でき、ゆがみに強く軽い太陽電池の実現が期待されています。
ペロブスカイト太陽電池は、塗布や印刷技術で量産できることから低コスト化が期待できます。また、ゆがみに強く、軽量化が可能であるので、これまでシリコン太陽電池では設置できない場所に設置できることが期待されます。性能面でもすでに、シリコン太陽電池に匹敵するエネルギー変換効率を達成しており、本格的な実用化に向け世界中で研究が進んでいます。ペロブスカイト太陽電池とはどのようなものなのか、実用化に向けてどのような取り組みがなされているのか、ビジネスチャンスはどこにあるのか。開発の黎明期から関わる、有機系太陽電池研究チームの村上拓郎研究チーム長に聞きました。
ペロブスカイト太陽電池とは
ペロブスカイトとはなにか
太陽電池にはさまざまな種類がありますが、基本的には光のエネルギーが当たると、電子(-)と正孔(+)*1が発生し、それらが移動することで電気を生み出します。現在主流となっているシリコン系太陽電池でもシリコン製半導体に太陽光が当たることでこの現象が起こります。
ペロブスカイトとは灰チタン石(かいチタンせき)のことで、その独特の結晶構造は「ペロブスカイト構造」と呼ばれます。この結晶構造を持つ物質は他にもあり、またさまざまな物質を合成して作ることもできる*2ので、それらを総称して「ペロブスカイト」と呼ぶようになりました。
これまでペロブスカイトは圧電材料などに広く利用されてきました。他方、有機物を含むペロブスカイト結晶は、電力を光へ変換する発光材料としての研究が行われてきましたが、これを太陽電池に使うことを桐蔭横浜大学教授の宮坂力氏のグループが考え出し、電解液を含む色素増感太陽電池に組み込み光から電力に変換することに成功しました。しかし変換効率は3%台であまり注目されませんでした。その数年後、オックスフォード大学と産総研の共同研究で固体型太陽電池の開発に成功し効率10%以上を達成したことで世界に広がりました。
(*1)正孔はホールとも呼ばれる。電子が抜けた「抜け殻」のような部分だが、電子は電気的にマイナスなので正孔はプラスになる。これを運ぶ層がホール輸送層である。輸送層を形成する材料としては有機物が用いられることが多い。
(*2)ペロブスカイトの結晶構造を作る化学物質の組み合わせや構成比は数百種類におよぶ。
ペロブスカイト太陽電池の特徴
ペロブスカイト太陽電池には、優れた点がいくつもあります。まず、シリコン系太陽電池とは異なり、材料を塗布や印刷で作ることができることです。一日に製造できる量が多いことから低コスト化が期待できます。
ゆがみに強いので軽量化が可能であることも長所です。シリコン太陽電池の母材であるシリコンウエハは薄く割れやすいため、通常厚さ3 mm程度のガラスに貼り付けてポリマーシートで挟む構造になっており、通常販売されている製品では1 m²あたり11 kgから13 kgくらいになります。ペロブスカイト太陽電池の場合、小さな結晶の集合体が膜になっているため、折り曲げやゆがみに強く、シリコン太陽電池の10分の1くらいの重量を目標にしています。駐車場、工場、倉庫、仮設店舗など、耐荷重の大きくない建物の屋根などに設置できます。
材料も、特に高価な貴金属などを使わず、比較的手に入りやすいヨウ化鉛やメチルアンモニウムなどが素材になり、それらをコーティング技術で加工できるため、製造コストを抑えられることも長所と言えるでしょう。
また、エネルギー変換効率も向上してきており、主流のシリコン太陽電池と比べても遜色ない効率になってきました。前述の通り2009年頃にペロブスカイト太陽電池の研究が始まった当初は、変換効率3%程度でしたが、固体にすることで10%以上に高効率化し、材料や製法の改良が進み、現在は25%を超えるとする論文も出てきています。
ペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた取り組み
実用化に向けて世界各国で研究が進む
研究は世界各地で進み、特に韓国や中国からは論文がたくさん出て、ベンチャー企業も増えました。1 cm²以下の小さな研究用サイズにはなりますが、変換効率で世界最高の数値を現在出しているのは韓国です。またヨーロッパでもいくつかベンチャー企業が生まれています。
日本では、30 cm角程度の面積のモジュールと呼ばれる太陽電池で世界最高効率を達成しています。また日本の材料メーカーは非常に強く、シェアも大きく、世界中にペロブスカイト太陽電池の材料を供給しています。さらに、エレクトロニクス系メーカー、材料メーカー、化学メーカーなどが実用化に取り組んでいます。
実用化に向けた産総研の取り組み
実用化するには、高い効率を維持しながら耐久性の向上、量産技術の開発などの課題を解決しなくてはなりません。
産総研では、企業が注力しにくく、重要な研究課題に取り組む計画です。例えば材料研究や変換効率向上そのものに加えて、劣化の原因やメカニズム、材料の相互作用などについて解明することです。さらにAIを活用したマテリアルズ・インフォマティクスやプロセス・インフォマティクスという手法を用いて性能に影響を与える原因を探索したり、モジュールと呼ばれる大面積化する際にレーザー切削加工の技術を活用したりするなど、幅広い研究をしている総合力を活かして企業が実際に製造し、量産する際の基礎検討で道筋をつけようとしています。例えば、高効率を出すためにドーパント(添加剤)が必要だったホール(正孔)輸送材料を、ドーパントなしにすることに成功しました。ドーパントは長時間経つと、耐久性を落とす原因になっていましたが、これをなくすことで、耐久性が飛躍的に向上しました(2022年3月9日プレスリリース)。
ペロブスカイト太陽電池の性能評価
もう一つ、産総研の重要な役割と考えているのが、ペロブスカイト太陽電池の評価法の確立です。現在、太陽電池を正確に評価できる技術を持つ機関は、産総研、アメリカのNREL(National Renewable Energy Laboratory)、ドイツのFraunhofer(フラウンホーファー)研究機構です。
企業がペロブスカイト太陽電池の開発に取り組むなら、研究成果として作製される大面積の太陽電池モジュールを正確に評価する必要がありますが、実はこれがかなりむずかしいのです。大型の装置も必要ですし、評価方法も統一されていません。産総研では2025年を目標に評価に必要な設備を整え、再現良く正確に性能評価する方法を確立すべく研究を進めています。
加えて、企業がすぐに使える評価手法の開発も考えています。大面積の太陽電池モジュールの評価に最も望ましい光源は自然の太陽光です。このくらいの太陽光のもとでは変換効率はこのくらいになるべき、といった測定の指標や手順を作り、企業の研究開発に利用してもらうことが必要なのです。
実用化には民間企業の参画がカギ
ペロブスカイト太陽電池の実用化には、市場の確立がカギになってくると感じています。
電力は工場や自宅など、ある程度特定された場所に供給されるものだった時代から、IoT機器の普及、発展、モバイル通信網の発展など、大型設備のみならず、個人単位や移動体単位、センサー単位でそれぞれが発電する時代が迫ってきていると言えるかもしれません。
新しい時代に求められる新しい太陽電池として、ペロブスカイト太陽電池はシリコン系太陽電池とは違うサプライチェーンを構築できる可能性があります。ペロブスカイト太陽電池の市場はまだどこにもない状態ですので、これまでに太陽電池に関わってきた実績の有無に左右されず、どの企業にも平等にチャンスがあると思います。むしろ、先入観を持たないほうが、アプリケーションとしての応用アイデアを生み出せるかもしれません。
いかに優れた技術でも市場がなければ普及せずに終わってしまいます。産総研では新規参入企業の方が相談したり試作したりできるしくみづくりも検討中です。多くの企業がこの分野に飛び込んできて、活気に満ちた状態になってほしいと考えています。