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高効率、高速で耐久性に優れたハイブリッド型パワー半導体を開発

2022/10/12

高効率、高速で耐久性に優れたハイブリッド型パワー半導体を開発 GaNとSiCの特性のいいとこ取りで新たな可能性を探る

中島主任研究員の写真
  • #エネルギー環境制約対応
KeyPoint 電流のオン/オフをコントロールするパワー半導体デバイスは、電源回路を持つほとんどすべての電子機器に搭載されている、私たちの生活になくてはならないものだ。産総研が取り組むのは、このパワー半導体デバイスの電力ロスを減らし(高効率)、より速く(高速)、強く(耐久性良く)する研究だ。これらの三つの性能はトレードオフのような関係にあり、単一の材料ですべてを実現することは極めて難しい。
 産総研は次世代の有力な材料と期待されている窒化ガリウム(GaN)と炭化ケイ素(SiC)に注目し、双方の特性をいかしたハイブリッド型パワー半導体を開発し、2021年に世界で初めて動作実証に成功した。この成果は、家庭で使われる電気製品のみならず、電力発電装置、電気自動車や電車などの交通機関への応用、さらには送電設備や産業機器、ドローンなどへの応用など、さまざまな用途が期待される。世界中の電源のオン/オフの電力ロスを減らし、これまでにない省エネ効果も期待できるこの研究。二種の半導体材料を一つにするという着想のきっかけや技術的なポイント、将来の展望を研究者に聞いた。
Contents

理想は、電力ロスなく、速く、強いこと

 私たちが日常の生活で使っている電気製品。そのほとんどすべてに電力変換をコントロールする「パワー半導体デバイス」が使われている。電力変換は高電圧・大電流を高速(1秒間に1000回~100万回)でオン/オフできるスイッチが必要になるため、パチパチと手動で切り替えるような機械式のスイッチでは制御することができない。そこで、半導体の性質を利用して電気信号によりオン/オフを制御している。

 しかし、見えないところで電力のロスは起きている。ACアダプタを長時間使用して熱くなったという経験はないだろうか。これはアダプタの不具合ではなく、電気抵抗により、電力の一部が熱に変換されてしまい電力ロスが起きたことによるものだ。このような電力ロスは小さなACアダプタだけでなく、そのほかの電気製品、産業用機器、さらには大きな電力を扱う発電所や変電所などの大型施設でも起きており、これらを低減することで、省電力、省エネルギーに大きく貢献できる可能性があるので、世界中でパワー半導体デバイスの高性能化に関する研究開発が進められている。

 理想のパワー半導体デバイスは、①オフ状態では無限の耐圧能力を持つ「耐久性」をもち、②オン状態では超電導のように抵抗がゼロで「ロスがなく」、③オンオフのスイッチ切り替え時間が限りなくゼロ秒となるような「超高速」であることだ。しかし、実際のパワー半導体デバイスでは用いる材料によって①~③の性能はそれぞれ有限の値を持っており、これら三つの性能の実現はトレードオフのような関係にあるのだ。

次世代材料として有望なGaNとSiC

 パワー半導体デバイスの研究は1960年代から行われているが、半導体材料としてはもっぱらケイ素(Si)からなる半導体結晶が使われてきた。パワー半導体デバイスは一般に高電圧・大電流を扱ううえ、近年はその大容量化が進み、Siの物性そのものの限界に近づきつつある。先のトレードオフのような関係にある三つの性能向上を実現するためにも、Si以外の材料を使った新しい半導体デバイスの開発が試みられてきた。

 現在、パワー半導体の次世代材料の有望株とされているのは、炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)、ダイヤモンド(C)である。これらの化合物は電子(-)やホール(+)が価電子帯から伝導帯に遷移するために必要なエネルギー(バンドギャップ)が、従来のSiに比べると倍以上大きいため、それらを使った半導体は、一般に「ワイドバンドギャップ半導体」と呼ばれている。

原子の周期表(抜粋)
原子の周期表から見る半導体材料の特性
ケイ素Siと炭素Cを使ったり、ガリウムGaと窒素Nを使った半導体は従来に比べて遷移エネルギーが大きく「ワイドギャップ半導体」と呼ばれる

 現在ワイドバンドギャップ半導体の研究は、大電力・高信頼性を特長とするSiCを材料にしたものが最も進んでおり、直径200 mmの大型基板が実用化され、すでに日本のN700系新幹線、テスラなどの電気自動車にも搭載されている。しかし、材料の特性上、これ以上の高速動作の実現には限界がある。

 次に研究開発が進んでいるのがGaNである。もともと青色発光ダイオード(LED)の材料として長く研究されており、白色LED光源として、さまざまな照明の省エネに貢献してきた。この材料は最近、パワー半導体デバイスとしての研究も進み、ノートパソコンの充電器などの商品説明で目にするようになった人も多いのではないだろうか。オン状態の導通損失が低く、スイッチ切り替えの動作が高速なのが特長で、ACアダプタなどの小電力用途で利用されている。ただし、わずかなノイズで素子が破壊されるという欠点を持っているため、SiCに比べると耐久性に課題が残る。

 このようにワイドバンドギャップ半導体は、使う材料それぞれに特長と課題があり、単一材料では、近い将来Siと同様、性能に限界が来ることが予想されていた。

二つの素材を組み合わせたGaN-SiCハイブリッド型パワー半導体

 この限界を突破する研究に挑戦したのが、産総研先進パワーエレクトロニクス研究センターのパワーデバイスチームである。

 チーム員の中島昭はこう振り返る。「複数の材料を一体化したハイブリッド型パワー半導体デバイスをつくることができれば、単一材料では不可能な性能を発揮できるのではないか、というシンプルな発想が原点でした」相互補完的な特徴を持つSiCとGaNに注目し、これらのいいとこどりをして、GaNの導通損失が低く、スイッチ切り替えの動作が高速な特徴を生かしつつ、わずかなノイズで素子が壊れてしまう課題をSiCに補ってもらうことができるのではないかと、仮説を立てた。

半導体材料としての炭化ケイ素SiCと窒化ガリウムGaNの共通点
半導体材料としての炭化ケイ素SiCと窒化ガリウムGaNの共通点

 SiCとGaNは、相互補完的な特徴をもつだけでなく、親和性も高い材料である。上記の表を少し詳しく見ていこう。まず、格子定数は結晶内の原子どうしの間隔のことでその材料の単結晶を成長させるために重要な要素である。また、絶縁破壊強度というのは、その材料に電圧をかけたときに、何ボルトで壊れるのかという電気的な強度の値であり、上記の場合では、1cmあたり280万ボルトまで耐えられることを示している。この二つの値が同等であるほど二つの材料の親和性が高くなる。SiCとGaNはほぼ同じ値を示していることから、SiC基板上に高品質なGaN単結晶を成長し、高性能なパワー半導体デバイスを作製できると予想した。

チームが一枚岩で取り組み、高効率と高信頼性を実現

 “いいとこどり”をするとして、それをどのように実現するか――その基本コンセプトが、「モノリシック化」だ。

 複数のデバイスを一体化して一つの固体の塊とすることをモノリシック化と呼ぶが、この用語は「モノリス=一枚岩」に由来し、半導体集積化技術の究極形ともいえるものだ。モノリシック化のプロセスはこうだ。SiC基板上にp+型SiCとn型SiCによるダイオード構造を形成する。さらに、その上部にGaNトランジスタ構造を作製する。二つの化合物を単純に積層させるだけではなく、それらを1個のモノリシックな結晶とするのだ。(2021/12/12プレスリリース記事

今回開発したハイブリッド型トランジスタの構造
今回開発したハイブリッド型トランジスタの構造

 「二つの材料が一体化しているため、全体で一つの部品として機能します。そのため、回路を複雑化することが容易で、動作が速く、信頼性も高くなります。例えば、現在、コンピュータのCPUは半導体でつくられていますが、そこにはモノリシック化したデバイスが100億個も搭載されています。これだけ多いと、普通ならすぐに故障してしまいますが、モノリシック化によって、100億個が一つの部品として作動するため、壊れにくく、高い信頼性が得られているのです」

 このモノリシック化の実現にあたっては、SiCとGaNのそれぞれの専門家が、専門性と経験をぶつけ合えたことが成果を生み出す大きな要因となった。

 「『なぜこのプロセスを試さないのか。そんなことを始めたら10年もかかるぞ』など、互いに意見をぶつけ合うわけです。そうした意見の相違が、新しい刺激になりました。例えば結晶成長をさせるのに基板を傾けるというノウハウがSiCには有効なのですが、GaNの場合は特性上ほぼ傾けられない。このようなひとつひとつの違いや発想をぶつけ合うなかで、思いもよらぬ新しい解が生まれることもありました」

  異なる知識と経験を持つ研究者が、まさしくハイブリッド的に融合することで、チーム自体も一枚岩=モノリシックにまとまっていった。

直径100 mm基板上に作製されたGaN-SiCハイブリッド型パワー半導体デバイス
直径100 mm基板上に作製されたGaN-SiCハイブリッド型パワー半導体デバイス

 今回のコンセプト実証として開発したのは、定格電流5 mA程度の小型トランジスタだ。

 「現在はまだ試作段階なので5 mAにすぎませんが、この先、このパワー半導体デバイスの面積を大きくし、出力を上げていきます。次の段階として、定格10 A/出力3 kWのモノリシックデバイスを目指しています。3 kWの出力があれば家庭用エアコンが動かせますから、たいていの家庭用機器は動かせると見積もっています。3年後にはデバイスを試作し、それを用いて変換機動作の実証ができるように研究を進めていきます」

 家電製品だけでなく産業用途でも期待は高まる。「ハイブリッド型にすることで、GaN単体での課題だった壊れやすさを克服できるようになりました。発電、自動車、電車など、より耐久性が求められる領域への応用が有望だと思っています。また、従来のGaNデバイスの高速・低損失の利点もあるので電力変換器の小型化にも有効です。小型化することで重さも軽くなりますので、例えば、小型ドローンに搭載する超軽量インバーターに使用したり、ロボットなどの分野でも応用できるかもしれません」と、中島は夢を語る。

 その一方で、中島は現場のニーズやアイデアにも期待する。「新幹線の電力変換にSiCパワー半導体が既に利用されています。そのメリットは単なる省エネだけではありませんでした。変換器を小型化することで床下スペースや重量の制約を解消し、従来では不可能だった機器配置が可能となりました。これにより「標準車両」が実現し、例えば16両から8両まで、ニーズに合わせた多様な車両編成ができるようになった、と聞いたとき研究者としては『そういう需要もあるのだな』と思いました。今回の成果を見た企業から、二つの材料が融合できるのであればこんなデバイスができるのではないか?このような用途で使えないか?というようなアイデアが出てくることを期待しています」

産総研の試作ラインを使ったオープンイノベーション

 ハイブリッド型パワー半導体の開発には、研究設備だけでなく、試作を行う設備も必要となる。産総研が中心となって設立したオープンイノベーション組織「TIA」には、産学官連携のコンソーシアム「つくばパワーエレクトロニクスコンステレーション(TPEC)」のパワー半導体デバイス試作施設がある。SiCパワーデバイスの100 mmウエハ試作装置を活用して、SiCとGaNの共用試作施設でハイブリッド型半導体の試作が進められている。

 「こうした試作施設がないと、ハイブリッド型半導体はなかなかつくれないのです。SiCのみの半導体ウエハの試作に使う装置を共有する分、コンタミネーション(試料汚染)のリスクが絶えずあります。SiC基板上にGaNの結晶を成長させる時、GaNの成分はSiCにとっては不純物に当たるので、これをコントロールしない限り、いいデバイスができない。そのためのクリーニング法の検討など、試作環境を整えることに苦労しました。2018年度から多数の同僚たちと一緒にこのような地道な取り組み行った結果として、ハイブリッド型半導体研究で世界に先駆けた成果をだすことができたのではないかと考えています」

 この試作施設は、既にSiC単一材料の大面積パワー半導体デバイスの量産に向けた製造方法実証に関して、多くの企業との共同研究実績がある。このノウハウは、ハイブリッド型半導体の大面積化でも生かすことができる。また、今回のGaN-SiCハイブリッド型パワー半導体デバイスの試作成功は、他の材料の組み合わせ、あるいは今回とは異なるコンセプトのハイブリット型半導体作製の可能性を広げた。この試作施設はそれらの研究開発を進めるうえでも、重要な役割を果たすことになるだろう。

 「産総研の試作ラインは次世代半導体研究に関心を持つすべての国内企業に開かれたオープンイノベーション施設です。自前で試作施設を持つ必要がないので、低コストで半導体の開発研究ができます。私たちは、これを最大限活用しながら、デバイスの作製、実証について、これまでのノウハウを生かし、新型パワー半導体の実用化を目指して、企業との連携ができるよう研究を続けています」

 中島はそう期待を述べつつ、次の課題も見据えている。

 「研究の進展状況は、外部の方から評価していただけるよう、随時公表していくつもりです。今後は、作製のためのノウハウを確立させるとともに、さらにスピード感を持って、プロセスの歩留まりを高め、ハイブリッド型半導体の特性である、高効率、高速性、耐久性をさらに向上させていきたいと思います。企業や研究機関の皆さまからのご相談をお待ちしています」

エネルギー・環境領域
先進パワーエレクトロニクス研究センター
パワーデバイスチーム
主任研究員

中島 昭

Nakajima Akira

中島主任研究員の写真
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