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ギ酸で拓く水素の新たなマーケット

2020/03/31

ギ酸で拓く水素の新たなマーケット 高圧水素の供給で水素ステーションの省エネ化も可能

ギ酸の写真
  • #エネルギー環境制約対応
KeyPoint ギ酸新しい水素キャリアとして注目されている。産総研は、ギ酸をお湯程度に温めるだけで水素と二酸化炭素を取り出せる、世界でも他の追従を許さない高性能触媒を開発。さらに高圧で水素と二酸化炭素を発生できるため、2つのガスを簡単に分離できる高圧プロセスも完成させた。将来の水素ステーションへの適用が期待される。
Contents

ギ酸を水素キャリアに使って安全で手軽に水素を利用

 薄いギ酸水溶液をお湯で温め、耳かき1杯にも満たないごくわずかな触媒を加える。すると間もなくフラスコの中からプツプツと泡が出てきて、次第に勢いを増していく。

 「この泡が水素です。ギ酸から水素を取り出すのは、これほど簡単です。この触媒は非常に活性が高く、ギ酸がなくなるまで水素はずっと発生し続けますし、加温をやめれば水素の発生が自然に止まります。ギ酸は、少し水で薄めれば可燃性も毒性もなくなるので、安全性が高く手軽な水素キャリアと言えます」(注:78 %未満で消防法、90 %未満で毒物及び劇物取締法の適用外)

 そう話すのは、創エネルギー研究部門の姫田雄一郎だ。姫田は、二酸化炭素(CO2)と水素(H2)からギ酸を合成する触媒を開発しているが、化学プロセス研究部門の川波肇とともに、現在はギ酸から高圧の水素とCO2を取り出す高性能の触媒と、水素とCO2を効率よく分離するプロセスの開発にも取り組んでいる。彼らは、再生可能エネルギーで発電された余剰電力を、水素として保管する「水素キャリア」の新たな候補として、ギ酸が有望だと考えているのだ。

 現在、水素キャリアとしては、アンモニアや有機ハイドライドが有望視されているが、プラントでの大規模利用を想定しており、水素を取り出すには大がかりな設備が必要になる。しかし、ギ酸であれば水素を取り出すのに特別な設備は不要であり、より広く使われる水素キャリアになる可能性が高い。

 ギ酸から水素を取り出せることは1960年代から知られていたが、当時の触媒は性能があまり良くなかったため、水素を取り出すには200 ℃以上の高温にする必要があった。また、副反応によって燃料電池の性能低下の原因となる一酸化炭素も発生してしまうため、その後の分離・精製に手間もコストもかかり、研究は進展していなかった。

 しかし2008年、欧州で比較的低温で、一酸化炭素を副生しない高選択性触媒が報告され、改めてギ酸が世界的に注目されるようになった。手元の触媒で試してみた姫田も、かなりの手応えを得た。

 「圧倒的に簡単に水素を取り出せる触媒をつくろう!」

 ギ酸に関する開発競争が激化する中、姫田も研究開発をスタートさせた。手軽に水素を発生させ、一酸化炭素の副生を抑えるためには、低温で反応する高性能触媒をつくることが求められる。そんな中、翌年の2009年には60 ℃程度のお湯で水素とCO2だけを発生させることのできる独自の触媒が完成した。

「高圧」が第2のキーワード

 姫田の触媒にはもう一つ特徴がある。ギ酸から高圧の水素を取り出せるのだ。60 ℃程度のお湯で温めるだけで、その圧力は100 MPaに達した。

 現在運営されている水素ステーションでは、水素を充填圧力82 MPaに圧縮するために、大型の機械式コンプレッサーが必要であり、それを稼働するための多くの電力が必要である。一方、彼らが開発した技術は、単に密閉容器中でギ酸を温めるだけで高圧水素が供給できるので、機械式のコンプレッサーは不要となり、水素ステーションの大幅なコンパクト化、省エネ化が可能となるはずだ。

 これは良い技術ができそうだと姫田は直感した。しかし高圧ガスの扱いには厳しい法規制と熟練したノウハウが必要であり、そのプロセスを試したいと思いながらも、経験のない姫田はなかなか次に進むことができなかった。

 ところが2011年、高圧プロセスの専門家である川波と出会ったことで、一気に研究が加速する。2012年には2人が連携し、ギ酸を水素キャリアとして利用するプロセスの研究が始まった。

 「当初は、高圧が出るといってもせいぜい30〜40 MPa程度だろうと考え、50 MPaまで対応できる装置をつくりました。ところが実験してみると、特別なことはしなくても、あっという間に50 MPaを超えそうになったのです」と、川波は当時を振り返る。そのため、100 MPa仕様に改良するため装置をつくり直し、高圧の実験を行う環境を整えた。

 姫田がつくった触媒を、川波が高圧装置にかけて試し、「高圧に向くか向かないか」、「触媒のどの部分がどのように壊れたか」などをフィードバックし、姫田はそれを受けて別の触媒をつくり直す。川波はこの触媒を装置にかけて調べ、また新しい触媒をつくりなおし……ということを延々と繰り返していくことで多くの知見を蓄積し、高性能な触媒を開発していったのである。

 「現在の触媒は、昇圧速度や水素の発生速度で当初の1000〜3000倍速くなっていて、ギ酸のポテンシャルを限りなく引き出せるものになっています」(姫田)

 加えて、この触媒は耐久性だけでなく、耐圧性も世界で断トツの性能を誇る。しかも、100 MPa仕様の装置は現在のところ産総研にしかない。高圧を出せる技術と性能の良い触媒、その両方がそろったことによって、現時点で、この技術は他の追従を許さない圧倒的なアドバンテージがある。

シンプルな水素とCO2の分離

 この技術が優位である理由はもう一つある。水素に加えて、同時に発生するCO2の回収・利用も考えたプロセスであることだ。

 このプロセスでは、ギ酸から発生した高圧の水素とCO2の混合ガスを、高圧のまま冷却するだけでCO2だけを液化し、水素は気体として分離できる。シンプルだが、高圧ならではの現象を使って両者を物理的に分離させるのは産総研オリジナルの技術だ。

 そして、液体CO2を分離できたことで、今まで捨てられていたCO2をスプレー用の加圧ガスや、ドライアイスにするなど、多様な用途が生まれる。

 また、水素ステーションで使用できる水素の国際規格は純度99.97 %以上(ISO14687-2)とされているが、現在、この厳しい規格にも耐えられる高純度の水素をつくる方法も模索している。

 「ヨーロッパや中東ではすでにギ酸を使った燃料電池が製品化されていますが、そこではCO2をそのまま排出し、捨てられています。それに対して私たちはギ酸を使う過程でCO2をきちんと分離・回収するという、一歩先の技術を目指しています」と姫田は言う。

 未来の水素社会に向けて、より手軽に安全性が高い水素供給技術を目指して技術をブラッシュアップしながら、多様な分野の企業とともに、水素エネルギーの社会実装に向けて研究開発に取り組んでいる。

 「ギ酸を使ったこの新しい技術は、他のエネルギーキャリアでは実現できない部分を補完できる技術です。他のエネルギー技術と合わせて、ぜひ多くの企業にこの技術を使っていただきたいと考えています」(姫田)

 とはいえ現状では、水素ガスは輸送・貯蔵が難しいため、水素を使った成功ビジネスがほとんどないと、川波は指摘する。しかし、水素を手軽で安全に利用できる技術が開発できれば、企業の積極的な参入が期待できる。

 「水素を活用する市場を新しくつくって成長させていく必要があると考えています。すでに船舶も水素を燃料として動かす時代になりつつあります。水素の市場が広がることで、これから活用される機会が増えていくと信じています」(川波)

 こういう新しい現象を発見しました、だけではなく「実際に使える」具体的な例を示し、社会に実装できる技術にまで到達させたいと姫田と川波は考えている。

創エネルギー研究部門
エネルギー触媒技術グループ
上級主任研究員

姫田 雄一郎

Himeda Yuichiro

姫田 雄一郎上級主任研究員の写真

化学プロセス研究部門
マイクロ化学グループ
上級主任研究員

川波 肇

Kawanami Hajime

川波 肇上級主任研究員の写真

未来の水素社会の実現に向けて、一緒に研究開発をしてみませんか。

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化学プロセス研究部門
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産総研 エネルギー・環境領域
創エネルギー研究部門

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