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化学が拓くミドリムシの可能性

2019/11/30

化学が拓くミドリムシの可能性内臓脂肪の減少や糖尿病の治療に貢献か!?

芝上上級主任研究員
  • #少子高齢化対策
KeyPoint 10年ほど前からミドリムシは食料や燃料の素材として注目されてきたが、産総研ではこれまでミドリムシ由来のパラミロンからプラスチックやナノファイバーを開発。さらに近年、パラミロンから合成された高分子が、体重増加の抑制や内臓脂肪の減少に関与するホルモン、「GLP-1」の分泌を促進することがわかってきた。この物質が薬剤として将来的に実用化されればメタボリックシンドロームを改善する効果が期待でき、脂質異常や高血圧を防ぐだけでなく、糖尿病の予防や治療にも貢献できる。
Contents

藻類学と化学を融合させ新しい有用物質をつくりたい

 有機化学を専門とする芝上基成が、初めて藻類学の研究者から話を聞く機会を得たのは今から10年ほど前のことだった。その研究者が熱く語る「微細藻類」が「ビサイソウルイ」とカタカナワードに聞こえるくらい、藻類学には疎かった。

 「相手の話にとても熱がこもっていたため、もしかして微細藻類って面白いのかなと興味をそそられました。ちょうど日本で微細藻類を活用する研究が盛り上がりはじめていた頃です。当時は製品として食料と燃料だけが想定されていました。しかし、化学を研究する立場からすれば、微細藻類はいろいろな有用物質を含んでいるので、食べるだけ、燃やすだけではもったいない、もっといろいろな物質に転換すべきではないか、そう考えたのです。なかでもミドリムシは面白いと感じました」

 早速、化学の視点からミドリムシを調べたところ、脂質や蛋白質にはこれといった特徴は見られなかったものの、パラミロンという直径数マイクロメートルの卵型の粒子が細胞の中に大量に含まれていることに興味が湧いた。パラミロンとは、ブドウ糖が2,000個ほどつながってできた、多糖と呼ばれる高分子だ。

 芝上はこの物質に着目した。

 「ミドリムシに含まれるパラミロンは、自重の半分以上に達するほどの量で、場合によっては70~80 %になることもあります。ひとつの細胞内で同じ物質がこれほど蓄積できるのであれば、何か産業的に価値のあるものができるのではないか、と考えました」

 ブドウ糖がつながってできた多糖という点では、パラミロンは植物の中に含まれる繊維質、セルロースと同じである。しかし、セルロースは植物中でリグニンなどと絡みあって存在するため、植物を煮たり細かく砕いたりして加工することでようやく取り出せる、抽出や精製の面倒な物質である。一方、ミドリムシの細胞には植物と異なり硬い細胞壁がないので、例えばアルカリ性水溶液を加えて脆い細胞膜を壊すだけでパラミロンの抽出は可能であり、しかも、このようなシンプルな方法でもほぼ純度100%のものが得られる。

 「セルロースの場合、抽出・精製の条件が過酷なので分子が長いものと短いものがどうしても混在しますが、パラミロンの場合は抽出条件がマイルドなこともあり、抽出後のパラミロン分子の長さはほぼ一定です。そのためパラミロンは材料に加工したときの熱可塑性など物性のコントロールがしやすく、とても使い勝手がよい物質だと感じました。またセルロースと異なり、パラミロンはらせん構造をとることも非常に魅力的でした」

 2010年、芝上は、藻類学と化学の融合を目指し、藻を使ったものづくりへの挑戦をスタートさせた。当時藻類学の研究者と化学の研究者との接点はほとんどなく、そのため両者が融合した分野はほぼ未開拓だった。

ミドリムシの構造” class=

プラスチックから医療用途まで役に立つなら何でもつくる

 芝上はその後数年で、パラミロンを原料に、熱安定性に優れたバイオプラスチックやナノファイバー、天然成分率100%の接着剤などを開発してきた。しかし、芝上はミドリムシにもっと大きな可能性を感じていた。

 「せっかく多種多様な製品になり得るポテンシャルがあるので、役に立つものなら何でもつくってみたいと考えています。微細藻類の可能性をより広く求めていた中で、のちに協力者となる内科医と出会ったことをきっかけに、藻類学と化学の融合領域にさらに『医学』のテイストを加味することを目指して研究をしてみようと考えました」

 当時、パラミロンにはコレステロール値を改善する効果があると信じられており、内科医もまたそう信じていた。一方で、芝上はこのことを疑ってはいたが化学の力でパラミロンにそういった効果を付与できるのではないかと考えた。

 ミドリムシ由来のこの成分によって、メタボリックシンドローム(内臓脂肪が蓄積し、脂質異常や高血糖、高血圧になりやすい状態)を解消し、特に、さまざまな合併症の原因となる糖尿病の発症を抑えることができれば、人々の健康寿命を延ばすことに貢献できるはずだ。その意義と事業化の規模を考え、芝上は、体内のコレステロールを減らす作用を持つ物質の開発に取 り組むことにした。

カチオン化パラミロン投与の概要図” class=
カチオン化パラミロンを投与することでGLP-1の分泌が促される

ミドリムシでコレステロールを減らすには?

 では、パラミロンを効果的に機能させるためには、どうすればよいのだろうか。高コレステロール状態を改善する薬として、腸管内で胆汁酸を吸着して排泄する、樹脂をベースとした胆汁酸吸着剤がすでに存在していた。これは、胆汁酸が体内で何度も再利用されるサイクルを一部遮断し、原料となるコレステロールを消費させることで、血中コレステロールが低減されることを狙っているものだ。

 芝上は、パラミロン粒子を解きほぐして柔軟な構造の高分子とすればより効果的に胆汁酸を排泄できるのではないか、と考えた。

 パラミロンは見た目も手触りも片栗粉とよく似ているが、水に入れても溶解しない。水に溶けなければパラミロンは体内で柔軟な構造とはならないため、まずは水溶性にする必要があった。

 「パラミロンにプラスの電荷をつければ水溶性となり、加えてマイナスの電荷をもつ胆汁酸との相互作用が強まるだろう。さらにパラミロンはらせん構造をとることができ、そのため胆汁酸をらせん空間の中に取り込むことで、胆汁酸はより排泄されやすくなるだろう。それがパラミロンから新しい物質をつくるときの分子設計の基本思想でした」

太りにくくなり、メタボからも脱出

 パラミロンをプラスに荷電させた、胆汁酸と結合しやすい「カチオン化パラミロン」をつくるため、さまざまな設計をしては合成し、その機能を評価した。検討した誘導体は最終的に100種類以上となった。期待していた数値が現れたのは、そのうち2~3種類。少ないようだが、分子設計の方向性の正しさを示しているといえた。

 「カチオン化パラミロンを含む高脂肪食をマウスに5週間にわたって与え、その体重、内臓脂肪量、各種の血中成分を調べてみました。すると、同量のセルロースを含む高脂肪食を与えたマウスに比べ、体重増加は50 %程度に抑制され、内臓脂肪の量は33~38 %も減少したのです」

 カチオン化パラミロンによって、マウスは太りにくくなったうえ、 “メタボ”の状態も大きく改善したのだ。

 「さらに、驚くべき効果があることも明らかになりました。インスリンの分泌を促すGLP-1というホルモンが、通常の3倍にも増加していたのです。これは事前にまったく想定していなかった、驚異的な効果でした。GLP-1は、特定の胆汁酸が小腸下部で分泌開始のスイッチを押すことで分泌されると考えられていますが、その特定の胆汁酸をカチオン化パラミロンは選択的に取り込んで小腸下部に運んで行き、やがてそこでリリースするといったメカニズムを想像しています」

 体重の増加が抑えられたり、内臓脂肪が減ったりしたのは、このホルモンの働きによるところが大きいと考えられた。

 そもそもインスリンというのは血糖値を下げる働きをするホルモンで、インスリンの分泌が少なかったり、うまく働かなくなったりすると、糖尿病になってしまう。つまり、カチオン化パラミロンの投与によってGLP-1が増えてインスリンをたくさん分泌できるようになれば、糖尿病の改善に効果が出るということも、十分に考えられるのだ。

 ミドリムシ由来のこの物質によって、生活習慣病で苦しむ患者の数を減らせる可能性があるのでは、と芝上は考えている。だからこそ、将来の事業化を考えて合成の手間も少なくなるよう工夫した。いくらよいものであっても、合成に10段階も20段階もかけていては、コスト面などで現実的ではないからだ。その点、このカチオン化パラミロンは合成に1段階しかかからない。朝仕込めば、夕方か翌日にはできているような、合成の手間のかからない化合物である。

微細藻類には多彩な応用の可能性がある

 動物実験によりカチオン化パラミロンのポテンシャルの高さは示すことができた。より優れた効果の発現を求めて、カチオン化パラミロンの構造最適化は今も続いている。これが実用化されれば、世界中の多くの人に恩恵を届けることができるかもしれない。

 しかしながら薬剤として実用化する障壁は高く、動物実験以上の段階に進んでいるわけではない。

 「ここが化学をベースにした私どもがやれる限界かもしれません。これより先は基礎医学と薬学の力が必須です。しかし分子設計の方向性は正しいと信じています。障壁を乗り越えるために他の誰かが受け継いでくれてもよい、と考えることもありますが、まずは、興味のある大学や企業の方々とともに、その先に向けて研究を進めたいと考えています」と芝上は笑いながら語る。 

 それにしても、ミドリムシからこれだけ多様な物質がつくれるのは驚きだ。

 「ミドリムシに限らず微細藻類には燃料や食料以外の用途がまだまだたくさんあるはずで、その可能性にいかに気づくかが重要なのです。微細藻類、特にミドリムシ培養の要素技術はほぼ確立されており、現在では、培養自体がそれほどハードルの高いものではなくなっています。ちょっとした工夫で従来よりも非常に安価に培養することも可能だと考えています。企業の皆さんにはぜひこれから微細藻類の活用に取り組んでいただきたいですし、産総研は可能な限り、そのお手伝いをしたいと思っています」

 微細藻類由来の材料開発は、海外ではまだそれほど注目されていない。しかも微生物培養やプラント設計、材料開発を得意としてきた日本にアドバンテージがある。「産総研発、日本発の技術として皆さんと一緒に育てていけたらと思っています」芝上は最後に、そう力を込めた。

バイオメディカル研究部門
上級主任研究員

芝上 基成

Shibakami Motonari

芝上 基成上級主任研究員の写真

微細藻類での材料開発に興味をもっていただけたらぜひ一度お声がけください!

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