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悪臭よ、さらば!

2019/09/30

悪臭よ、さらば! プルシアンブルー粒状吸着材でアンモニアを効率的に除去

高橋研究員の写真
  • #エネルギー環境制約対応
KeyPoint 産総研はプルシアンブルーの結晶構造を改変し、粒状に加工して、アンモニアを効果的に除去する技術を開発した。結晶中の鉄を銅に置き換えることで安定に再生して繰り返し使用でき、コストの大幅な削減も可能となった。今後は豚舎や堆肥化施設など悪臭が発生する農業施設での実用化だけでなく、トイレ、ジム、病院、介護施設、さらに半導体工場などでの活用が期待される。
Contents

セシウムや水を吸着するならアンモニアも吸着できるはず

髙橋プルシアンブルーという物質は、葛飾北斎や歌川広重が使った紺青色の顔料として有名です。鉄と鉄がシアンを挟んでジャングルジム状につながった結晶構造を持つ物質で、もともとセシウムイオンや水分子をよく吸着する素材として知られていました。私たちは共同研究パートナーの関東化学株式会社(以下、関東化学という)とともに、このプルシアンブルーを悪臭物質であるアンモニアの吸着材として加工し、それをフィルターに用いた高性能な脱臭装置を開発しました。

川本そもそもの発想は東日本大震災後だったよね。

髙橋そうですね。プルシアンブルーをアンモニアの吸着材として用いるという発想は、2011年の東日本大震災後にセシウムの除去が課題となり、プルシアンブルーを用いたセシウムの吸着材を開発していた過程で生まれました。

川本セシウム吸着材としてのプルシアンブルーは、最終的に無機ビーズや不織布などさまざまなかたちで実用化されましたが、研究を始めた当初は、プルシアンブルーがなぜセシウムを選択的に吸着するのか、そのメカニズムまではわかっていませんでした。そこでプルシアンブルーの結晶構造やセシウム吸着作用について、詳細な観察と解析を行いました。すると、プルシアンブルーには0.5 nm程度の「空隙サイト(穴)」があちこちに空いており、その穴がセシウムイオンや水をよく取り込むことで吸着材として機能することが明らかになりました。

銅プルシアンブルーの結晶構造
銅プルシアンブルーの結晶構造

髙橋水とアンモニアはよく似た性質があります。私は、水を取り込むのならアンモニアも取り込めるだろう、しかも、プルシアンブルーは手の空いた(配位不飽和な)金属イオンを結晶内部に持つので、理論上は水分子と同様にアンモニア分子も取り込めるはずだ、と考えました。1グラムのプルシアンブルーが何グラムのアンモニアを取り込めるのかということは、計算で求めることができます。そこで計算してみると、「これは高性能なアンモニア吸着材になる!」と確信できたのです。

川本「プルシアンブルーはアンモニア吸着材になると思う。その方向で研究開発してはどうだろうか」と、髙橋から話を切り出されたとき、即答はできませんでした。私が返事をしたのは1週間ほど後だったと思います。その間、理論的にいけそうか、マーケットはありそうかなどについて、私自身でも調べていたのです。その結果、理論的にもマーケット的にもいけそうだ、やってみよう、ということになりました。

川本研究グループ長の画像

有用であり、有害でもあるアンモニア

髙橋アンモニアは世界で年間に1.7億トン生産されている有用物質であると同時に、トイレ、畜産業の施設、病院や介護の現場で発生し、悪臭のもととなる有害物質でもあります。しかも悪臭防止法で特定悪臭物質(不快なにおいの原因となり、生活環境を損なうおそれのある物質)に指定されているほどで、 10 ppmv程度、つまり1リットルの空気中に十万分の1リットルのアンモニアが含まれる濃度でも強い臭気を発します。日本産業衛生学会は、人の労働環境におけるアンモニア許容濃度を25 ppmvと定めています。このような有害物質であるアンモニアの扱いに困っている現場はすでにさまざまなところにあり、その吸着・脱臭には確実に用途があると考えました。

川本髙橋はもともと肥料としての窒素の回収に興味があり、その点からもアンモニアに注目していたのです。

髙橋近年、大気汚染物質のPM2.5が問題になっていますよね。アンモニアもPM2.5の原因物質です。工場や自動車の排気ガスに含まれる窒素酸化物や硫黄酸化物が大気中でアンモニアと結びつくことでPM2.5が発生します。PM2.5を減らすために、私はその原因となる窒素を効果的に回収する方法を見つけたいと考えていました。アンモニアの排出量を減らせれば、 PM2.5の発生も減らすことができます。つまり、直接悪臭で困っていない人にとっても、アンモニアを除去することは意義があることだとわかってきました。

 一方でアンモニアの排出量のうち、日本では全体の60%、EUでは49%が畜産業から排出されています。EUはすでにアンモニア排出量の削減目標を制定しており、今後は日本でも具体的な削減目標が定められ、環境問題対策としてアンモニアの回収技術が求められる可能性があると考えています。

畜産業の現場で切実だったアンモニアの悪臭問題

川本アンモニア吸着技術の用途をいろいろ検討したのですが、私たちはまず、畜産業のアンモニア対策から研究開発をスタートさせることにしました。それは、現場の農家の方々と話しているうちに、皆さんが悪臭にとても困っているとわかったからです。実際に豚舎や堆肥化施設が近隣から受ける苦情の半分以上が臭いについてです。もともとの農地の近くに後から住宅地ができたような場合でも苦情を受けるそうですし、新たに豚舎をつくろうとすれば、臭いを理由に近隣から反対され、なかなか適切な土地が見つからないそうです。臭いの問題は畜産農家にとって非常に悩ましい問題でした。

髙橋現在、アニマルウェルフェア(動物の健康)と生産性向上の観点から、豚舎のアンモニア濃度を人間の労働環境と同じ25 ppmv以下に保つことが推奨されています。アンモニア濃度が高いと、人間のみならず豚にとってもストレスになります。高いストレスは、病気のリスクを増し、豚の生育のスピードにも影響する可能性があるのです。

 豚舎内にこもった悪臭を逃すためには、もちろん換気をすればよいわけですが、窓を開けると悪臭が漏れ近隣からの苦情が増えますし、冬なら室温が下がるので、豚の生育に悪影響が出てしまいます。かといって換気をしなければアンモニア濃度が上がり、豚が病気にかかりやすくなります。だから換気をせずに悪臭を取り除く技術が切実に求められているのです。そこで私たちは、密閉環境で悪臭を除去できる脱臭材の開発を始めました。

吸着性能が高く、繰り返し使用にも耐える銅プルシアンブルー

髙橋プルシアンブルーは、それ自体で高いアンモニア吸着性能をもっているのですが、私は分子構造に手を加えて、もともとあった空隙サイトのほかに、あえて一部を欠けさせて、欠陥サイトも増やしました。これによってさらにアンモニアを吸着しやすい結晶構造になり、吸着性能は1.7倍向上しました。

川本プルシアンブルーは鉄と鉄がシアン分子により繋がったジャングルジム状の結晶構造ですが、鉄を他の金属元素に置き換えることも可能です。他の金属元素に置き換えたものを「プルシアンブルー類似体」といい、金属元素の色によって、さまざまな色の物質になります。どのプルシアンブルー類似体でもアンモニアを吸着することはできるのですが、それぞれ少しずつ性能は異なります。私たちは70種類以上のプルシアンブルー類似体を合成し、どれが最もアンモニア吸着材に適しているかを評価しました。

髙橋脱臭材として実用化するには、吸着性能だけでなく、コストや繰り返し使うための強度も考慮する必要があります。畜産業の現場では一度に使用する量が多いことから、経済的な負担も考え、吸着材は使い捨てではなく、吸着したアンモニアを脱離してプルシアンブルーを再生させ、何度でも繰り返し使えるものの開発を目指しました。アンモニアを脱離させるには吸着材を薄い酸で洗浄するのですが、金属によっては吸着・再生の繰り返しを行う過程で脆くなり壊れてしまうものもありました。

川本吸着したアンモニアをしっかり脱離させられるか、という点は特に重要でした。吸った分を十分に出せなければ、使うたびにどんどん性能が落ちていくことになります。かといって使い勝手を考えると、脱離するのにいくら費用や時間をかけてもよいというものでもありません。脱離の量や時間などさまざまな観点からすべての類似体を評価し、たどりついた最適な物質が、鉄を銅に置き換えた「銅プルシアンブルー」でした。「プルシアンブルー」といっても、銅の影響で茶色をしています。

髙橋銅プルシアンブルーはアンモニアを吸着して、酸ではがして、また吸わせて……という繰り返しの使用にも十分に耐える強度をもっていました。また、アンモニアは弱アルカリ性なので吸着材にはアルカリ耐性が必要となりますが、銅プルシアンブルーはプルシアンブルー自体よりも高いアルカリ耐性を示します。アンモニア吸着性能もとても高く、銅プルシアンブルー1グラムあたり10 ppmvの低濃度アンモニアを含む空気を5,000リットル処理が可能です。これはイオン交換樹脂やゼオライト、活性炭といった既存の代表的な吸着材の5 ~ 100倍という高い数値となっています。

 さらに、湿度の高い空気の中でも、乾燥している空気の中にあるときと同じぐらいアンモニアを吸着できるのも大きな特徴です。アンモニアと水の化学的な性質が似ているため、一般の吸着材の場合、湿度が高い環境では水を吸着してしまいます。そのためアンモニアの吸着性能が落ちてしまうのですが、私たちの開発した銅プルシアンブルーは、分子構造を改変して水よりもアンモニアを吸着しやすくしているので、水蒸気や他のガスが満ちている環境の中でも、アンモニアをしっかり吸着してくれます。川本 銅プルシアンブルーでいこうと決まったら、いよいよ実際の豚舎で使える吸着材の開発のスタートです。セシウム吸着材を共同開発した関東化学が、再び一緒に取り組んでくれることになりました。

粒状にしても吸着性能はキープ豚舎や堆肥化施設で、抜群の脱臭効果を発揮

髙橋密閉された豚舎を脱臭する装置としては、アンモニアの混ざった豚舎内の空気を、ファンを回して銅プルシアンブルーを入れたフィルターに送り、そこで脱臭された空気を再び豚舎に戻すというシステムを構想しました。このとき、銅プルシアンブルーが粉体のままでは扱いづらく、再生するのも難しいため、粉体とバインダー(接着材)を混ぜて練り、粒状に成形することにしました。もちろん、粒状にしたことで吸着性能が落ちてしまっては意味がないので、銅プルシアンブルーの粒子同士にうまく隙間ができるように固める作り方練り方を、関東化学の方々に検討していただきました。

髙橋主任研究員の画像

川本できた吸着材は、直径5 mmほどの茶色い粒です。脱臭性能が落ちていないか評価したところ、粒状にしても、粉体の吸着量の7〜8割以上の量のアンモニアを吸着できることがわかりました。吸着性能はしっかり保たれていたので、これならいけると嬉しかったですね。

髙橋薄い酸を用いて30回以上再生しても壊れないことも確認できました。30回というのは実験期間が30日だったからで、実際にはそれ以上の使用に耐える強度があるということがわかっています。

 とはいえ、いかに効率よく再生させるかという方法を探すのには苦労しました。再生できることはわかっていましたが、ラボで少量の粉を洗うのと違って、実際に豚舎や堆肥化施設で使うのは10キログラム以上の量となります。ラボと同じやり方ではなかなか吸収したアンモニアを脱離できないので、水を循環させる自動洗浄装置なども新たに開発しました。

川本洗浄に使う酸にしても、何を使ってもよいわけではありません。酸によって排水に流してよい濃度の基準がありますし、装置が傷みやすくなる可能性もあります。もちろん酸の価格も無視できません。また、豚舎で大量に水を使ってしまうとコストも上がってしまいますし、環境面でもよくありません。再生に必要な水量も考慮する必要がありました。畜産農家が負担できるコストは豚1頭当たり何円までなのか、その点も計算して目安を立て、その中でハードとソフトの両面で試行錯誤を繰り返しました。

髙橋実用化するとなると、法的なことも含めて制限がとても多いことを改めて実感しました。その中でいかに効率のよいものをつくれるか。それに挑戦することは、大変ですが実用化に近い成果を実感できるため、楽しいことでもありますね。

川本豚舎に設置する吸着装置はシンプルな構造です。穴あき板で通気口を設けた縦60 cm×横50 cm×厚さ5 cmのステンレス製ケースにこの粒状吸着材を入れて「アンモニア吸着フィルター」をつくり、このフィルターをファンと組み合わせて吸着装置としました。今回はこのサイズで試しましたが、もちろん目的に応じたサイズのフィルターをつくることが可能です。

豚舎でのアンモニア吸着装置の概要とその試験結果
豚舎でのアンモニア吸着装置の概要とその試験結果

髙橋実験はそれぞれ40頭の豚を飼育中の2つの豚舎で行いました。2つの豚舎のうち一方に吸着装置を取り付け、吸着装置をつけない豚舎とのアンモニア濃度を比較する、という実験です。5日間実験を行った結果は、図のようになりました。吸着装置を使わなかった豚舎では最大で約30 ppmvという高いアンモニア濃度を示した一方、吸着装置をつけた方ではアンモニア濃度は5 ppmvをほぼ常に下回っていたのです。

 豚舎だけではなく、湿度100%の堆肥化施設でも、このフィルターが排出ガスからアンモニアを除去できるかどうかの実験を行いました。堆肥化施設の排出ガスのアンモニア濃度は非常に高く、100 ppmv以上にも達します。さすがにフィルター1枚では難しいと考え、何枚使えばアンモニア除去が可能なのか調べることにしました。

 その結果、フィルター1枚で100 ppmvが40 ppmvに下がり、2枚では10 ppmvに、そして3枚使うと、ほとんど検出されないところまでアンモニア濃度を下げることができました。

川本これまでの吸着システムには、ここまでコンパクトなサイズで、これほどの性能のものはなかったと思います。

回収した臭い(アンモニア)を再生

川本現在、自治体や日本養豚協会、福島県の農業普及所など、多くの機関の協力を得て、悪臭の脱臭だけではなく、悪臭が減ることで豚の育成効率がどう変わるか、ということについての実証実験などを行っています。

 プルシアンブルー粒状吸着材は、まだ市販する段階までは至っていませんが、すでにサンプル提供は始めています。10月以降はさらなる普及に向けて、使用マニュアルなども整備していく予定です。

髙橋その他の用途としては、トイレやスポーツジム、医療機関や介護施設などで活用することを想定していますし、最近では発酵食品のアンモニア臭の除去など食品業界からの注目も集まっています。

 さらに、博物館の内部や半導体工場など、腐蝕の原因となる低濃度のアンモニアを除去したいというニーズにも、この技術を活かせると考えています。半導体製造の現場では0.0001 ppmvというごくわずかなアンモニアがあっても、製造プロセスに影響が出るといわれています。そこまで低濃度だと鼻では判別できませんが、こうした場面にも私たちの技術は対応できるでしょう。

川本さらに、回収したアンモニアをどう有効活用するかについても検討を始めています。例えば、この吸着材で下水からアンモニアを回収し、肥料として役立てることはできないか。下水道中のアンモニア濃度は0.1%程度なので、肥料にするには100倍程度に濃縮する必要がありますが、それができれば、乾燥させて肥料の材料にすることも可能になります。濃縮は私たちの技術の得意なところでもあり、私たちはいわば、臭いを資源へと再生する技術を開発しているということができます。

 不要になった電子機器から希少鉱物を回収する「都市鉱山」という考え方がありますが、私たちは鉱物ではなく、大気中や水中に含まれる臭いを回収して、資源化しようとしているわけです。「臭いを資源に」というのは、非常に新しい概念ではないでしょうか。

髙橋このアンモニア吸着材は今、実用レベルに達しつつありますが、これはまだまだ始まりにすぎません。プルシアンブルーは、アンモニア以外のガスについても選択的に吸着できる構造へと設計することができますので、「こんなことできる?」という要望がありましたら、ぜひご相談いただければと思います。

川本私たちの知らないニーズは、まだまだたくさんあると思います。アンモニアでも別のガスでも、ぜひ皆さんがお困りのニーズをお聞かせいただければ嬉しいです。お役に立てると思いますので、皆さんからのご連絡をお待ちしています。

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ナノ粒子機能設計グループ
主任研究員

髙橋 顕

Takahashi Akira

髙橋 顕主任研究員の写真

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ナノ粒子機能設計グループ
研究グループ長

川本 徹

Kawamoto Tohru

川本 徹研究グループ長の写真

アンモニアはもちろん、除去したいガスに応じて設計します。ぜひ一度ご相談を!

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