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農産物の水分量を、切らず、つぶさずわずか1秒で簡単に計測

2018/04/30

農産物の水分量を、切らず、つぶさずわずか1秒で簡単に計測多様な分野に応用できる電磁波センシング技術

研究者2人の写真
    KeyPoint これまで培ってきた電磁波計測技術を応用して、農産物の水分量を非破壊で、簡単、迅速に計測できる技術を開発。
    Contents

     

    農産物を切ったり、つぶしたりすることなく、迅速に水分量を計測したい。農業に携わる人たちのニーズを受け、産総研は工業製品などの品質検査に使われてきた電磁波センシング技術を応用した、新しい水分量の計測技術を開発した。農産物の水分量は品質を決めるときの重要な指標となるが、これまで簡単で短時間に計測する方法がなかった。対象物に手を加えることなく、わずか1秒で水分量の計測を完了させるこの技術は、農産分野のみならず、食品や建設などさまざまな分野から注目され、応用先が広がりつつある。

    エレクトロニクスの評価技術を農産物の水分量計測に使ってみよう

     手のひらサイズの金属製のボックスからケーブルが伸び、その一部は芯線がむき出しになっている。驚くほどシンプルな外見だが、実はこれが農産物の水分量計測のあり方を一変させ、アグリビジネス界にインパクトを与える可能性を秘めた画期的な装置なのである。

    シンプルな測定装置
    シンプルな測定装置。箱状の部分(a)から電磁波を出し、先端(b)まで届いて戻ってきた電磁波をキャッチする。むき出しになった芯線(c)部分に米などをセットする。

     物理計測標準研究部門 電磁気計測研究グループでは、これまでスマートフォンの回路素子のパラメータ評価技術をはじめ、主にエレクトロニクスと通信分野の部品性能や品質評価技術を開発してきた。それが農産物と結びついたのは、どうしてなのだろうか。

     研究グループ長の堀部雅弘は、発案当初を振り返る。

     「数年前、研究室に見学に来た計測器メーカーの方から、米国にはトウモロコシや大豆などの穀物の水分量を計測する技術のニーズがあると聞きました。同じ頃、農研機構からも似た話が寄せられ、農産物に材料計測の技術を応用できるのではないかと考え始めたのです」

     早速、農研機構から水分含有量を調整した数パターンの米粒を提供してもらい、米の水分量計測技術の開発をスタートさせた。

     もちろん、それまでも水分量計測技術は存在していた。しかし、それらはサンプルを抜き出した上で粒を破壊したり、加熱して水分を飛ばしたりと、米の変質を伴うもので、時間もかかるものだった。もっと簡単に、破壊も変質もさせずに水分量の計測ができる方法はないものか、堀部はそう考えたのだ。

    工業製品の方法論は農産物には通用しない

     電磁波を農産物に当てて信号の変化を見れば、内部の水分量を測定できると堀部は考えたが、米はそれまで扱ってきたエレクトロニクス材料とはあまりにも違っていた。人工物であるエレクトロニクス材料は、計測時に重要な情報となる形状や密度などを製造段階で人間が調整できる。

     「ところが米は人間が調整できるものではありません。粒の大きさも1つ1つ違いますし、計測の際にコップに詰めても納まり方を均一にはできず、米と空気の割合も毎回異なります。そのようなものをどうやって測ればよいのか、非常に悩みました。少なくとも、エレクトロニクス材料と同じ感覚でやっていてはダメだということは明らかでした」(堀部)

     つまり、その時はまだ、エレクトロニクス材料計測の感覚から離れられておらず、測定にあたっては均一に米を詰めてあること、すなわち定量性が前提とされていたのだ。しかし、現実には米を均等に詰めることは不可能なので、計測しても結果にバラつきが出てしまい、実用に耐えるレベルには到達しなかった。解析方法も従来のエレクトロニクス材料と同じ方法論が使えないことから、研究は行き詰ってしまったという。

    体積を無視できる解析方法がブレークスルーを生んだ

     そんな時、1980年代に行われていた電磁波を使った水分量計測の資料を調べていた堀部はあることに気が付いた。通常、電磁波を使って測定するときは、電磁波の強さと同時に速度として読み替えることのできる位相を計測するのだが、当時の実験では位相情報をとっていないことがほとんどで測定結果はバラついていた。つまり、形や密度が一定ではない米に、定量性があることを前提とした計測・解析方法が使われていたことが結果にバラつきを生じさせる原因だったのだ。そこで堀部は、解析方法は定量性がないことを前提にする必要があると考えた。

     「私たちは位相情報も使った解析方法に変えることで、形や密度が一定でない米を計測できる可能性があるのではないかと考えました」

     堀部は、試料を電磁波が通過したときの信号の強さの変化を理論的に示した数式、そして、位相の変化に関する数式を上下に並べ、これらと向き合い続けた。そして1ヵ月後、ある規則性に気づいた。どちらの数式も分数のかたちをしているが、いずれの式にも分母に試料の体積が入っている。このときの体積とは、米と空気の混ざったトータルとしての体積のことだ。ということは、電磁波の強さと位相を割り算すれば、この情報を消せるということではないか。この発見がブレークスルーにつながった。

     「消えてしまうのなら、コップ内の米と空気の割合がどうであっても関係がありません。理論上は、どんな詰め方であっても、あるいは、米が1粒でも1俵でも関係ないのです。この解析方法に気付いたことで、開発は一気に進みました」(堀部)

     体積の情報が不要で、電磁波の強さと位相だけを測ればよいのなら、米のような粒状のものでも、カップや袋に詰めたものでも電磁波を通すだけでよい。計測は一瞬で済むので、出荷ラインに流しながらでも計測ができる。

     従来のようにサンプルを抽出する必要もなければ、サンプルを壊す必要も、変質させてしまうこともない。サンプルが変質すればその農産物は出荷できなくなるが、この方法であれば出荷に支障が出ることはないので、全数検査をすることも可能になる。これは農産物の水分測定には画期的な技術と考えられた。しかも、測定に必要な装置はシンプルだ。箱状の部分から電磁波を出し、先端まで届いて戻ってきた電磁波を受信する。ケーブルの芯線のむき出しの部分の上を米などが通ると、それによって電磁波の強さや位相が変化するが、水分含有量が多いものは乾燥したものより位相が遅れるので、発信時と戻ってきたときの電磁波の強さや位相の差がより大きくなる。その変化量の比を見ることで水分量が計測できるというわけだ。

     「乾燥した米と水分を含んだ米を計測すると、水分量の違いが線の傾きで表れてきます。この傾きの角度から、計測した対象の水分量がわかるのです」(堀部)

    米の水分量を測定したグラフ
    水分量が異なる2つの米を、置き場所を変え10回測定すると、測定値はそれぞれ傾きが異なる直線状に分布する。この傾きから水分量が測定できる。

    砂の水分量から農産物の糖度、酸度、ポリフェノールまで

     長い間待ち望まれていた「農産物の簡単・迅速な水分量計測」を実現したこの技術のインパクトは大きかった。電磁波は紙、布、ビニールを透過するので、フィルムや紙袋などで包装してあっても検査ができる。出荷前の完成品をそのまま測れるということのメリットは大きく、2016年にこの技術を発表して以来、企業からの問い合わせが数多く来ているという。すでに5~6社と共同研究開発がスタートしている。

     研究対象は、農産物だけとは限らない。例えば、コンクリート製造に使う砂の水分量測定。砂の水分量はコンクリートの強度にかかわるため、測定自体はこれまでも行われている。しかし、測定には一晩置く必要があるなど時間がかかるため、砂袋に入った状態で、一瞬で水分量を計測できる迅速性へのニーズは高いという。

     「水分量以外の成分を測りたいという要望もいくつも寄せられています」と語るのは、水分量以外の計測法の開発を担当する、同グループの昆盛太郎だ。農産物の糖度、酸度、塩分、それにポリフェノールのような機能性成分まで、多種多様なものについて、測る対象を変質させることなく迅速かつ簡単に計測したいという声が届いているという。

     例えば糖度を測るとき、従来は光を使って計測していたが、表面(果物であれば皮)の色に測定結果が左右され、精度が出しにくいことが課題だった。

     「電磁波を用いることでより正確に計測できれば、サイズだけではなく糖度などの味による等級分けが容易になります。それによって農産物の付加価値をあげることができるわけです」(昆)

     また、健康志向で機能性食品の分野が盛り上がっているが、農産物に含有するポリフェノールの含有量がわかれば、高含有のものを高機能食品として売り出すこともできるかもしれない。現在、この新しい計測技術の多様な分野への展開を図っており、生産現場で容易に計測ができることによって農産品に新しい価値が生まれる可能性があるということだ。

     とはいえ、これらの測定では水分量計測の技術をそのまま使えるわけではない。そもそも水分量計測にしても、米と砂では同じようにできるわけではない。電磁波の強さやセンサーの回路構造、感度の調整などを、計測するものに合わせて最適化する必要があるため、現在は企業と共同で、対象ごとに最適な解析方法や計測装置の開発を進めているところだ。

     「私たちが他の研究テーマのために考えていた回路が使えるなど、他の研究の成果とリンクするところも多く、電磁波の性質に関して理論的に解析して培ってきた産総研の実績とノウハウを役立てることができています」(堀部)

     もう一つ、反響が大きかった分野がある。加工食品内の異物混入検査というニーズだ。異物混入検査の主流であるエックス線検査は、金属は検出しやすいがプラスチックやビニールなどは見つけにくく、この点を解決できるのではないかと期待されている。こちらはまだ研究が始まったばかりで、「異物の種類とベースの食品の組み合わせにより、検出しやすい電磁波の強さや、位相の変化の仕方が異なるので、現在は理論と実験でそれを網羅的に調べている段階です」(昆)ということだ。

    生産物の安心・安全や付加価値の向上にも貢献

     多種多様な分野への応用が期待される計測技術だが、今後はどのように展開されていくのだろうか。昆は「これまで電磁波の技術に力を入れてきましたが、画像を用いた計測技術、検出技術とこの技術を組み合わせることで、より優れた計測技術ができるのではないかと考えています。多様な技術の組み合わせによって、正確で応用範囲の広い計測・検出技術をつくって産業に役立てていきたいです」と語る。

     一方の堀部は、農業の未来を予想する。現在、ベテラン農家の方は稲を刈り取る時期を判断するのに、稲穂を握ったり米粒をかじったりして水分量を見ているのだそうだ。しかし、そのような“匠”の技をもつ生産者の高齢化は急速に進み、その一方で後継者は減少の一途をたどる。

     「専門性の求められる現場で私たちの評価技術が手軽に使えれば、意欲のある若者が農業に参入しやすくなるし、収益も上げられるようになるでしょう。この技術を農業人口の減少と高齢化という産業全体の課題解決にもつなげていきたいですね」

     計測・検出の技術は製品や生産物の安心・安全につながるだけでなく、生産効率をあげ、付加価値を高めることにも貢献できる。

     「農業だけでなく、ご自身の業務で水分量測定や成分測定に課題をもっている方、ぜひ産総研にお声がけください。皆さんのニーズに合った測定や検出技術を一緒に考えていきましょう」と堀部は笑顔で言う。

    計量標準総合センター
    物理計測標準研究部門
    電磁気計測研究グループ
    主任研究員

    昆 盛太郎

    Kon Seitaro

    昆 盛太郎主任研究員の写真

    計量標準総合センター
    物理計測標準研究部門
    電磁気計測研究グループ
    研究グループ長

    堀部 雅弘

    Horibe Masahiro

    堀部 雅弘研究グループ長の写真
    産総研
    計量標準総合センター
    物理計測標準研究部門
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