見えなかったナノの世界を “見える化”するソリューションを提供
見えなかったナノの世界を “見える化”するソリューションを提供

2016/11/30
見えなかったナノの世界を“見える化”するソリューションを提供世界トップレベルの技術がそろっています!産総研ナノイメージング・ソリューションズ・プロジェクト(NISP)
2015年11月より、産総研がもつ世界最先端の観察技術や解析技術を統合的に提供する「ナノイメージング・ソリューションズ・プロジェクト(NISP)」が始まった。 見えないモノを“見える化”し、貴社の研究開発を、飛躍的に発展させる可能性を秘めた技術を、ぜひ使ってください。
技術の切り売りからソリューションプラットフォームの提供へ
――NISPの構想を立ち上げた経緯は。
山田外からでは見えにくいが、利用価値は非常に高い、産総研にはそのような技術が数多くあります。今まで見えなかったモノを見ることができるナノイメージング技術もその一つです。「モノを見ること」はあらゆる技術開発の基本なので、これらの技術内容を外から見やすくして民間のニーズに合った形で提供し、企業や大学に使ってもらえれば、研究開発が飛躍的に進むのではないかと思いました。産総研が力を入れている技術の「橋渡し」につながりますし、産業の発展にも貢献できます。
――これまでとは、どのように違うのでしょうか。
山田これまでは研究者が、ナノイメージングに関連する技術の活用を個別に進めていました。いわば個人商店で技術を切り売りしている状態です。NISPはこれらをユーザーニーズに合わせて選択し、産総研のもつ技術力をハードとソフトの両面セットで、総合的に提供することを目指しています。それにより産総研の価値を最大化させ、企業にとって必要な技術を的確に提供できるようになります。
企業は優れた技術自体ではなく、問題を解決する手段がほしいわけです。そのようなニーズに応えるには、産総研をプラットフォームにして関連技術を取りそろえつつ、それらを組み合わせてソリューションとして提供する必要があるのです。現在NISPはバイオメディカル研究部門、物理計測標準研究部門、人工知能研究センターの3研究ユニットの技術を束ねていますが、このように領域横断的にソリューションを提供できる体制ができたことで、より産業界の課題解決に貢献できると考えています。
世界でオンリーワンの技術もラインナップ
――NISPではどのような技術が提供できますか。
山田すでにサービスを提供できる3つの技術については、それぞれの研究者から紹介します。これらのほかには、画像などの膨大なサンプルから、AIを応用して形態の変化などを効果的に見いだし、専門家の目や感覚の代替となる「スマートイメージング技術」があります。これは現在、病理診断への応用に向けて共同研究を進めています。
また、実用化の可能性を内部で検討している技術に、単一フォトン計測を活用した解析技術があります。これは光の粒子1個の光量と色が計測できるという、産総研がもつ世界でナンバーワンかつオンリーワンの技術です。これをイメージング技術に展開できれば、創薬や新たな診断法の確立につながるなど、今後にたいへん期待しています。
――NISP立ち上げ後、どのような成果がありましたか。
山田今は「実際にどの程度見えるのか試したい」という企業の要望に応える技術コンサルティングや、食品、材料の観察や表面分析、成分解析などが中心です。実際に見ていただかないと理解しづらいかもしれません。ナノイメージングを見たい、試したい、これで解析したいという要望があれば、ぜひNISP事務局にご相談ください。課題解決に最適な方法を見極め、的確にその技術をもつ研究者につなげていきます。
生きたままの細胞をそのまま観察できる
誘電率を使ったオンリーワン技術による新しい顕微鏡
比重から比誘電率への発想の転換
電子顕微鏡では細胞をナノスケールで観察できるが、観察時には細胞を薬品で固定化し、さらに重金属で染色する必要があった。つまり、生きた細胞をそのまま観察することは、これまではできなかった。しかし、ライフサイエンスの分野では、当然「生きたまま高解像度で見たい」という要望は強く、世界中の研究者がそのニーズの実現のために知恵を絞っている。これに対してバイオメディカル研究部門構造生理研究グループの小椋俊彦が出した答えは、誘電率*1を用いて画像を検出する高分解能誘電率顕微鏡を開発することだった。
この顕微鏡では、2枚の窒化シリコン薄膜の間に水溶液中の生物試料を挟み込んで封入し密閉する。窒化シリコンの薄膜は50 nmの厚さしかなく、極めて薄い。試料の上にある窒化シリコン薄膜は、重金属のタングステン層(厚さ10 nm)で覆われている。これに低加速の電子線を走査しながら入射させると、タングステン層で電子が吸収され、局所的なマイナス電位が生じる。こうした電位変化の差が画像のコントラストとなって現れる。比誘電率を利用した観察の特徴だ。
これまでの、電子線を直接試料に照射し反射や透過電子を検出する方法では、水と試料の比重の差を見るが、この差は小さく、画像のコントラストがほとんど出ない。そのためこれまでの同種の顕微鏡では、ぼんやりとした画像しか得られなかった。しかし、比誘電率を使って観察すると、得られる数値の差は非常に大きくなる。小椋はこれに気が付き、利用することで高いコントラストの画像を得ることに成功したのである。
比重から比誘電率へ。この発想の転換が、産総研のオンリーワン技術を生み出した。しかも、画像が検出されるまでの時間はわずか1分ほどである。
高分解能誘電率顕微鏡の構造と観察ホルダーの仕組み
通常の走査型電子顕微鏡に、大気圧観察ホルダーと電位検出アンプを装着するだけで、高分解能な観察画像を得られる。
ユニットを装着するだけの簡便さも魅力
高分解能誘電率顕微鏡は、電子顕微鏡であるにもかかわらず試料を大気圧の状態にあるホルダーに密閉することで、水溶液中の試料、たとえばバクテリアやウイルス、タンパク質などを、前処理をせずに見ることができるものだ。水溶液中のナノ粒子やエマルジョンも、10 nm以下の分解能で観察できる。これまでの光学顕微鏡でも電子顕微鏡でも見られなかった水溶液中のナノの領域が、とうとう可視化されたのだ。
「しかも、試料に電子線を直接照射しないので、試料がダメージをほとんど受けず、同じ試料を何度でも観察できます。つまり、同じ生物試料の経時的な変化も見ることが可能です」と小椋は言う。
「メリットはそれだけではありません。こうした画像は、試料を薄膜で挟み込む『大気圧観察ホルダー』と『電位検出アンプ』を、通常の走査型電子顕微鏡に装着するだけで得られます。これら手のひらサイズの簡便なユニットを手持ちの走査型電子顕微鏡に追加すれば、高額な顕微鏡を新たに購入する必要がないわけです」
この顕微鏡で観察すれば、薬品投与後の細胞の変化、ウイルス感染後の細胞への影響など、今まで見られなかったモノでも見ることが可能になると思われる。この方法の応用分野は広く、医療分野のほかにも、食品の乳化の状態や、化粧品や化学材料分野でのナノ粒子の分散状態、自動車関連の潤滑油や冷却材の観察などに、今後は使用されていくと予想される。
「見えなかったモノが見えるようになることが、研究開発の次の展開を生むきっかけになりうるのです。お手持ちの試料について、そのままの状態で観察できないだろうかと思われたら、ぜひこの顕微鏡で見ることも考えてみてください」と小掠は結んだ。
高分解能誘電率顕微鏡による観察画像
生きたバクテリアなどを、無処理(非染色・非固定)で観察した画像。これまでの電子顕微鏡では、コントラストのない灰色の画像しか得られなかったナノの世界でも、はっきりしたコントラストのある画像が得られる。濃度に応じて画像処理(着色)し、濃淡の差違をさらに判別しやすくしたもの。
8 nmの分解能でナノ構造体を観察できる
病理診断から化学反応観察まで使える大気圧走査電子顕微鏡(ASEM)
厚さ2~3 µmまで観察でき細胞の構造が見える
水中の複数のナノ構造体を観察できる「大気圧走査電子顕微鏡(ASEM)」。バイオメディカル研究部門構造生理研究グループの佐藤主税と、小椋俊彦が日本電子株式会社と共同開発したこの顕微鏡は、分解能8 nmという高精度が大きな特徴だ。
この顕微鏡の撮影の仕組みは次のようなものだ。まず試料は、固定後に重金属溶液で染色する。試料を載せるディッシュの底には窒化シリコン膜が貼ってある。この薄膜の下までは真空を保ち、薄膜より上は大気圧下にあるのがポイントだ。真空中を下から上へ進んで薄膜まで到達した電子線は、さらにその上2~3 µmまで透過する。そのため、試料の下から2~3 µmの厚さまでは、水溶液中という自然な状態の試料の様子を見ることができる。 ASEMは動画も撮影できる。NISPではこのASEMを用いた解析機能を提供している。
ASEMの構造
生体試料観察では、一般に試料は化学固定される。主に電子線照射により発生するラジカル(不対電子をもつ原子や分子、イオン)が試料にダメージを与えるため、ラジカル除去剤として働くグルコースやビタミンCを加えた水溶液の中で、試料を観察する。
Maruyama et al. J. Struct. Biol., 180, 259-270 (2012) より改変し転載。
顕微鏡の形状も独特だ。通常の電子顕微鏡は試料の上から電子線を照射するが、これは下から照射する倒立型をしている。重い電子銃が下にあるため、とても丈夫な構造で安定感もある。
「東日本大震災のとき、揺れの強かった間の画像はさすがにぶれましたが、顕微鏡は無事で、その後も支障なく観察に使うことができました」と佐藤は言う。
細胞観察から、がんの術中診断、燃料電池の反応観察まで
使い勝手もよい。試料をセットして1分程度で真空状態になり、スイッチを入れると、自動的に扉にロックがかかって瞬時に画像が現れる。見たい部分を画面の中央に移動し、拡大するのもマウスで操作するだけ。ディッシュの上がオープンなので試料の厚さが1~2 cmあっても問題なく、試料を薄く切る必要もない。
「ASEMでは、試料の上部に光学顕微鏡も設置しているので、電子顕微鏡の画像と比較できます」
今までにない画像から、細胞内をダイナミックに移動するタンパク質の動きをとらえ、機能を解明することにつながると考えられている。
ASEMによる観察画像
カラー画像が蛍光顕微鏡、白黒画像がASEMによるもの。軸索における区画化(A~C)では、区画化境界で微小管束の交差現象が頻繁に見られる(D~G)。西原祥子先生、木下貴明先生との共同研究。
Kinoshita et al. Microscopy and Microanalysis 20, 469-483 (2014) より改変し転載。
この顕微鏡の応用の一つとして期待されるのが、感染細菌の同定である。マイコプラズマは、細胞体積が大腸菌の約25分の1という小ささのため、診断がとても難しいが、このASEMを使って観察することに成功した。
重金属染色のみ。宮田真人先生との共同研究。
C. Sato et al. BBRC 417, 1213-1218 (2012) より改変し転載。
また、現在がんの手術では、切除した組織にがん細胞が転移しているかどうかを、主に光学顕微鏡画像で診断している。通常はこのとき、組織を冷凍して3 µm程度に薄く切る作業が必要で、1サンプルの画像を得るのに20分程度かかる。しかし、切除した組織ブロックの表面をそのままASEMで観察すれば、所要時間は数分ほどに短縮され、患者の身体的な負担軽減につながる可能性がある。
「今後、ASEMが術中診断で使われることが私の夢の一つであり、実現すればうれしいです」
これまで医療、食品、農学関係のほか、構造材の表面の観察や、電池開発における電気化学反応の電極で、結晶が成長する様子の観察も行われてきた。
カソード(陰極)からアノード(陽極)の方向に、樹枝状に金析出物が現れる様子。蒸発したり体積が膨張したりする試料でも観察できる。
Suga et al. Ultramicroscopy, 111, 1650-1658 (2011) より改変し転載。
「水中の物質の物性を見るという点では、バイオ分野だけでなく、物性分野やナノ分野などを含めて、多様なニーズがあると思います。高精度の画像が手軽かつ迅速に得られるこの顕微鏡を、広く使っていただきたいです」佐藤の夢は広がる。
超解像光学顕微鏡を生かす、匠の技術
生きたままの水溶液中サンプルを高解像度で観察
細胞の「ありのまま」の動きが見える可視光を用いた顕微鏡
超解像光学顕微鏡は、これまでの光学顕微鏡の分解能の限界を超え、より小さなナノスケールでの観察ができる顕微鏡である。
光学顕微鏡の分解能は、光の波長とレンズの特性で物理的に決まり、分解能以下の構造は見えないと考えられてきた。ところが、光とレンズ以外に、いくつかの工夫を加えることで、従来の限界を越えてより小さな構造が見えるという原理が、2000年頃までに世界で報告された。そして、2010年頃から超解像光学顕微鏡の製品が市販され始めた。
主な超解像光学顕微鏡の種類
産総研では、いち早く超解像光学顕微鏡を導入し、どのような画像が得られるか、どんな用途に使えるのか、どうすれば分解能をさらに向上できるか、について研究を進めている。原理がわかって顕微鏡をつくることができても、実際に活用するには技術が必要だ。バイオメディカル研究部門脳遺伝子研究グループの加藤薫は、試料作成や光学系の調整に独自のノウハウを駆使し、国内で最高レベルの分解能(細胞で40 nm、脳の組織切片で80 nm)で観察することに成功した。
顕微鏡の性能を限界まで引き出すノウハウ
「プロ用の一眼レフカメラは、プロがうまく使えば、高度な表現のすばらしい映像が撮れますが、素人が同じように撮影ができるとは限りません。カメラの性能を最大限に引き出すには撮影技術が必要で、顕微鏡も同じです」
さらに、超解像光学顕微鏡では、装置側の調整だけでなく、被写体に相当する試料も、超解像用のものが必要で気を使う。
「超解像光学顕微鏡では、試料の品質が分解能に直結します。最適な蛍光色素を選択し、透過性、屈折率などの光学特性なども踏まえてよい試料を作成することが、分解能の向上に大きく寄与します」
加藤は、超解像光学顕微鏡でよい画像を得るための、ノウハウや高度な技術をもつ研究者だ。顕微鏡光学の世界で中心的な、米国の研究室で働いた経験を生かし、産総研で装置開発も含めた生体計測の研究に携わってきた。加藤が撮影した高精細な画像は、顕微鏡メーカー各社のカタログ画像としても使われている。
超解像光学顕微鏡による観察画像
STED顕微鏡による観察。扇形の神経成長円錐の白枠部を拡大した画像では、神経成長円錐内部にある直径30~40 nmのアクチン繊維の束が見える。
「SIMは、分解能は100 nm程度ですが、生きている細胞の様子を動画でとらえることができます。一方STED顕微鏡は、静止画像ですが、約500 nmの光で40 nm程度の分解能の画像が出せます」
SIMによる動画の一コマ。扇形の神経成長円錐と、その内部のアクチン繊維(赤)と微小管(緑)が見える。神経成長円錐が動き回り、神経伸長の経路を探索し、神経が伸びている。
この分解能は、光の波長を考慮すると、最先端のナノテクノロジーである半導体の現場でも求められるレベルに近い観察精度である*2。
NISPでは、加藤がもつ超解像光学顕微鏡をうまく使いこなす技術とノウハウで、同じ顕微鏡を使ってもほかでは難しい、高精細な画像を取得できる。この匠の技術は、水溶液中にある細胞内部の微細構造を観察するだけでなく、研究現場では、今後の医学や再生医療の進歩など、さまざま分野で役立つと期待されている。
SIMによる動画の一コマ。ミトコンドリア内部のクリステ膜が見える。
「ほかでは観察が難しい試料も、できる限り高分解能で観察できるようお手伝いしたいと思います。光学顕微鏡で困っていることがあれば、ご相談ください」
加藤は、自分の技術を、さまざまな分野の研究者や企業に使って欲しい、そう願っている。
*1: 蓄える電気量の大きさ(分極のしやすさ)のことで、絶縁体としての性能を評価する一つの基準。比誘電率は、絶縁体の誘電率と真空の誘電率との比をいい、比誘電率の値が大きければ誘電材料の候補となる。[参照元へ戻る]
*2: 例えば、半導体の製造過程では、200 nm以下の紫外光を使って、14 nmの間隔で、 CPU内部の配線を作成する。[参照元へ戻る]
イノベーション推進本部
上席イノベーションコーディネータ
山田 澄人
Yamada Sumito
バイオメディカル研究部門
構造生理研究グループ
上級主任研究員
小椋 俊彦
Ogura Toshihiko
バイオメディカル研究部門
構造生理研究グループ
研究グループ長
佐藤 主税
Sato Chikara
バイオメディカル研究部門
脳遺伝子研究グループ
主任研究員
副ラボ長
加藤 薫
Katoh Kaoru