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産総研が担う基盤研究「地質」と「計量標準」

産総研が担う基盤研究「地質」と「計量標準」

2016/04/30

産総研が担う基盤研究「地質」と「計量標準」 人々の生活や産業を支え、日本の未来を築く

中鉢理事長の写真
    2016年4月から、第4期中長期計画の2年目が始まった。これまで「産総研LINK」では、産業界との連携を目指した、産総研発の技術の橋渡し事例などを紹介してきたが、今回は、「地質」「計量標準」という国立研究開発法人である産総研ならではの研究に焦点を当てる。これら2つの知的基盤技術の重要性と、産総研が取り組む意義について、中鉢理事長に聞いた。

    地質を知ることは人間の営みの基盤となる

    ──産総研では「地質」「計量標準」という、一般から見ると非常に基礎的な研究が行われています。産総研は、「橋渡し」と呼ばれている技術の実用化に熱心に取り組む一方で、このような社会の基盤を支える技術にも注力しています。今回は、このような知的基盤の整備に関する取り組みについて、産総研の考え方をお伺いしたいと思います。まずは地質についてお聞かせください。

    中鉢地質や地形に関する研究は、人間が周りの自然環境とどう向き合っていくかを考える上でとても重要です。人々は、さまざまな地質や地形の中から生存に適した土地を経験的に学び、そこに定住し、その土地ごとの異なる気候や植生などの中で、その場所に応じた生活を営み、文化を育んできました。地質・地形の研究は、人間のすべての営みの源である“母なる大地”を知ることであり、人間にとって最もベーシックな基盤的な研究だと言えるでしょう。

    ──地質の研究は、過去を知り、そこから学ぶことなのでしょうか。

    中鉢地質の研究は過去を学ぶことだけではありません。故きを知り、未来を予測し、将来の生活を豊かにすることに貢献するものだと私は考えています。

     日本の国土は地質・地形的にとても複雑で、地震や火山噴火、土砂崩れなどの自然災害が多く、活断層の動いた履歴や火山活動の動向など、土地の構造に関する調査と知見は防災の面からとても重要です。一方でさまざまな自然にも恵まれ、近年では地熱・地中熱利用による再生可能エネルギーの研究開発が注目されています。また、地質情報は環境保全、希少金属など地下資源の探索や確保、最適な農作物の栽培といった、多くの分野で生かすことができます。つまり、人間の営みの基盤にある研究だということです。

     地球の歴史の長さに対して、人間の一生はとても短く、一人一人の知見は、ともすると世代を超えて受け継がれないで終わってしまうことがあります。自分たちの暮らしの足元を把握する研究を継続し、知を積み上げていくことで、生活や産業を安定させる基盤を作り上げていくことができると思います。

    300万分の1地質図
    地質調査所設立の7年後、1889年に出版された日本最古の日本列島の地質総図。

    自然と共生し、未来を築く

    ──自然環境との共生の方法を考えるという点では、産総研の2大テーマ「グリーン・テクノロジー」「ライフ・テクノロジー」とも密接につながっていますね。

    中鉢現代の科学技術にはエコロジー視点が必要です。土から植物が生え、私たちはそれを食べ、身体をつくり、また土に戻っていきます。人間も動植物も、そのようなエコシステムの中にある存在です。その自然を知り、理解し、畏敬の念をもって活用する。そのように自然と共生しながら、安心して暮らせる社会を築き上げていく、そのために、地質情報は不可欠なものだと思います。

    ──地質の研究は民間では取り組みにくい分野だと言われます。地質の研究成果は、具体的にどのように社会で役立っているのでしょうか。

    中鉢地質のような基盤研究は短期的には売り上げや利益に結び付かず、民間企業が取り組むのは難しい面があります。しかし、研究成果である地質情報には、産業に応用できるものが多々あります。例えば、津波の被害に遭いにくい土地、土砂崩れの起こりにくい土地など、地質情報を生かして、安全に暮らせる環境を見極め、適切な工事や建設を行うことは、間違いなく重要でしょう。

     地質に関する情報、技術、人材が日本で最も充実しているのは産総研の地質調査総合センターです。ぜひ産総研の知見を、産業界の方々にも活用していただきたいと思います。

    中鉢理事長の写真

    科学技術の発展を支える計量標準

    ──計量標準も産総研ならではの分野です。計量標準の重要性はどこにあるのでしょうか。

    中鉢科学の最大の特徴は、測定値を物理量で示せること、すなわち測定可能であり、検証可能であるということです。科学の発展は、そういった計量技術の向上や知見の蓄積に支えられてきました。計量標準は科学技術の基盤そのものであり、共通言語なのです。

     科学の進歩に伴い、計量の精度も上がっていきますが、それは人間の認知範囲が広がるということでもあります。それまで見えなかったものが、見えるようになるわけです。人間は計測し、認知し、それをもとに判断して行動します。計量の精度が上がれば、認知の精度も上がり、それを判断・行動に反映させることができるようになります。例えば、温度・圧力、位置・加速度などの変化をより高い精度で計測し、認識・判断することで、工場における生産工程の自動化や自動車の自動運転が可能になります。このような事例を考えると、あらゆる科学技術や産業の基盤に計量があるということがイメージしやすいのではないでしょうか。

     もう一つのポイントは、計量の蓄積性による効果です。どのような理論、技術も、突然現れるわけではありません。アインシュタインの相対性理論は、何年にもわたって積み重ねられてきた天体観測の測定値があったからこそ出てきました。ニュートンの物理学も、ケプラーによる天体観測がなければ登場しませんでした。新しい理論の背後には、計量を基盤とした知の蓄積と、後世の人による検証があります。

     産総研は、このような基盤的な役割を担い、次の時代の科学技術の新しい共通言語となる精度の高い計量標準の研究を行っています。

    ──産総研は計量標準の精度の追求にも取り組んでいます。産業の現場とどう結びつくのでしょうか。

    中鉢産総研の計量標準総合センターは、日本の国家標準のトレーサビリティの頂点でもあります。トップレベルの計量標準開発の中で、原子や電子、光子1個というレベルの究極的な精度を追求していくことが、各現場のユーザーの計測精度を上げることにもつながるのです。産総研が計量技術に日々磨きをかけることは、最先端のものづくりの現場に直接的に役立っている、技術の橋渡しができていると言えます。

    グローバル競争を勝ち抜くための標準化

    ──産業のグローバル化が進む中で、計量標準はどのような意味をもつのでしょうか。

    中鉢高度な技術に強みのある日本、ビジネスに巧みなアメリカ、そして標準化に強いヨーロッパ、と言われます。これまで、日本企業はその技術力を武器にグローバル市場で競争してきました。しかし、これからは、技術とビジネス、そして標準化を一体的に進めなくてはイノベーションを生み出し、市場で戦うことは難しくなってきます。日本企業も、技術開発と並行して、標準化を進めて行く必要があります。

     産総研は、計量の国際標準化にも力を注いでいます。企業の方には、国際的に認知されている産総研の計量標準をもっと活用していただきたいと思います。そして日本が国際標準化のイニシアチブをとれるよう、産総研も協力していけたらと考えています。そうすることで日本発の技術が、グローバル市場でさらに競争力のあるものとなるでしょう。

    産総研が保管する 日本国キログラム原器
    約30年ごとに、国際度量衡局が保管する国際キログラム原器と比較校正される。プラチナ90 %、イリジウム10 %の合金製。

    人々の暮らしを守り産業の発展を支え社会を豊かにする

    ──東日本大震災以降、地質の研究の重要性、有用性が見直されています。

    中鉢地震、津波、火山など、自然災害が頻発していることもあり、災害予測や生活適地の確認に、過去の地形を読み解く地質学の知見が見直されるようになってきました。住宅地での土砂災害やマンションの杭打ち不正問題なども、地質情報が正しく活用されていればあるいは防げたかも知れません。地質の研究は、人々が自然と共生し、安全に暮らしていくために不可欠なものなのです。

    ──計量標準の技術は、今後、どのように発展していくのでしょうか。

    中鉢繰り返しになりますが、計量標準はあらゆる産業の基盤です。自然科学系の産業だけではなく、社会科学系においても測定・分析は重要な技術であり、特に今後、活用の可能性が広がるビッグデータを扱うためにも不可欠となります。高い精度で計量・計測されたあらゆるデータの蓄積は、新しい産業の発展を支え、これからの人間社会を豊かにしていくでしょう。

     地質、計量標準は民間企業が手掛けていくのが難しい分野であると同時に、国の保全と産業の基盤に直接的に関係する研究です。これらの技術は国の礎であり、産業の礎なのです。産総研は、公的研究機関としてプライドをもち、継続して取り組んでいきます。

     企業の皆さまには、地質情報・技術や、計量標準・計量技術を産業の現場でぜひ活用していただくとともに、新たな技術と事業の創出に役立てていただければと願っています。

    理事長

    中鉢 良治

    Chubachi Ryoji

    中鉢 良治 理事長の写真

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