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世界初! 遺伝子組み換え植物からできたイヌ用の薬が、販売開始に
2008/10/01
医薬品の中には植物から作られるものが数多くあります。たとえばケシから作られるモルヒネ(鎮痛剤)、コーヒーから作られるカフェイン(解熱・鎮痛)、除虫菊から作られていたピレスロイド(蚊取り線香)、あるいは漢方薬の大半もその例です。現在ではピレスロイドは化学合成の手法により工場で生産できるようになったため除虫菊なしで蚊取り線香を作ることができますが、モルヒネやカフェインなど現在でもその生産の多くを植物に頼る薬品は多数あります。一般に、たんぱく質に代表されるような複雑な構造を持つ物質を化学合成することは難しく、植物から抽出・精製して医薬品として使う場合が多いのです。しかし植物の生育は気象や地理に左右され、目的の物質を安定して生産できるとは限らないため、栽培が簡単な植物の遺伝子を組み換えて医薬原料を作らせる研究が世界各国で進められています。そして2013年、産総研は世界で初めて抽出・精製工程を経ずに遺伝子組み換え植物そのものが有効成分となる医薬品の事業化に成功し、翌2014年発売しました。それがイヌインターフェロン生成遺伝子を組み込んだイチゴを原料とするイヌ用歯肉炎軽減剤です。
インターフェロンというのはもともと動物の体内で作られるたんぱく質の一種で、免疫系を活性化させたり、炎症を抑えるために働きます。産総研とホクサン、北里研究所が製品化したイヌ用歯肉炎軽減剤は、本来イヌの体内で作られるイヌインターフェロンを、遺伝子組み換えイチゴによって完全密閉型植物工場で安定的に製造することを可能にしたものです。人間用ではなくイヌ用の薬を製品化第1号に選んだのは、早く事業化できることが見込めたため。医薬品は一般販売するためには認可を取らなければなりませんが、動物用の薬は人間用に比べて認可に要する時間が短くすみます。また、歯肉炎を煩っているイヌが多いにもかかわらず歯肉炎軽減薬には有効なものがないため、製品化できれば競合相手がいないであろうということも予想できました。一方、そもそも遺伝子組み換えが可能な植物が少ない中で、候補として上がったのはイチゴとジャガイモでした。最終的にイチゴが選ばれたのは、ジャガイモは芽の毒を除去する手間がかかること、イチゴは生で食べられるため熱に弱いインターフェロンを作る上で好都合だった、などの理由によります。
産総研でこの事業を担当した植物分子工学研究グループ長の松村健によると、植物工場の開発には相当の苦労をしたと言います。食用野菜を栽培する一般の植物工場と違って遺伝子組み換え植物を生産するため、遺伝子が外部に拡散しないよう完全に閉鎖された特殊な空間とする必要がありました。また、品質の良いイチゴを安定的に効率よく作るための照明、温度、給水、肥料等の管理は困難を極めました。たとえば照明でイチゴが育つ明るさを作ると室温が80℃にも上昇して枯れてしまい、温度を下げるために空調を効かせると今度はかなりの風速で低温の空気を循環させる必要があるためやはり枯れてしまいました。これらの相反する要求を両立させるために試行錯誤が繰り返され、さまざまなノウハウを投入して管理手法を確立していきました。一方、遺伝子組み換えにも壁がありました。たとえば植物には外部から組み込まれた遺伝子が働かないようにしてしまうサイレンシング機構という仕組みがあり、これを抑制しなければインターフェロンの生産はできませんでした。これらの壁を乗り越えて、遺伝子組み換えイチゴの植物工場によるイヌ歯肉炎軽減剤は2014年に発売されました。
この研究開発の成果は、植物由来の薬が安定的につくれるようになったということだけではありません。遺伝子組み換え植物による医薬品原材料などの生産、植物工場を活用した物質生産という新たな産業創造に役立つ可能性があります。現在、産総研では、これまで植物工場での水耕栽培実績がほとんど報告されていない、イネ、ダイズ、ジャガイモ、タバコ、それに漢方薬の原料となる生薬植物類などの栽培研究も進めています。生薬は中国など限られた地域でしか採れず、人工栽培ができないものが多いのです。しかし植物工場であれば産地の状態を人工的に再現できるため、日本でも作れるようになるでしょう。また、遺伝子操作を併用すれば、自然のものに対して薬効を何倍にも高めた生薬の生産も可能となるでしょう。今後は植物工場の性能向上を進め、植物バイオ産業の振興、人や動物の医療分野での貢献、そして研究拠点である北海道の地域産業の振興に貢献することが期待されています。
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