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PS5でも話題!人の触覚を惑わせる奥深い「振動」の世界

2021年3月3日掲載
PS5でも話題!人の触覚を惑わせる奥深い「振動」の世界
震える薄膜を実現したMEMSとは何か
(取材・文 西田 宗千佳、ブルーバックス編集部)

「PlayStation 5」でも注目の技術

スマートフォンからゲーム機まで、私たちの身のまわりには現在、「振動する」機械があふれている。

2020年末に発売された「PlayStation 5」のコントローラーにも、従来より微細な振動要素が組み込まれ、さらに真に迫った表現ができることで話題になった。操作するゲーム中のキャラクターが歩いたり走ったりする際に、足元の質感に合わせてコントローラーが発する「振動」と「音」を変えることで、プレイヤーに異なる感覚を与えるしくみが導入されたのだ。その精度は、映像を見なくても「キャラクターが今、どこを歩いているのか」がわかるほど高いものだった。



そんな「振動」の世界にも、じつはまだ、難しい課題がたくさん残されている。そこに面白い解決方法をもたらす、新たなデバイスの研究が進んでいると聞いたブルーバックス探検隊は早速、調査を開始した。

話題を呼んでいるのは、産業技術総合研究所で開発された「フィルム状振動デバイス」だ。人々にリアリティを感じさせる「振動」とは、いったいどのようなものなのか。

開発を担当している、産業技術総合研究所・センシングシステム研究センター ハイブリッドセンシングデバイス研究チームの竹下俊弘さんと小林健さんを訪ね、話を聞いてみた。


フィルム状振動デバイスの写真
フィルム状振動デバイス

「振動」を生み出すしくみ

私たちの身近にある、さまざまな「振動する」機器では、そもそもどのようなしくみでその「振動」を生み出しているのだろうか?

最も一般的な方法は、「モーターの先に重心の偏った重り」をつけたものだ。

輪ゴムの先になにかをつけて指で回すと、回転に合わせて重心が動くのがわかるだろう。重心移動による「ブレ」を振動に変えるのが、俗に「偏心モーター」とよばれるしくみである。最も安価でシンプルにつくることができるため、ゲーム機から携帯電話まで、幅広く利用されている。

最近は、「リニア共振アクチュエータ」という形式も使われるようになってきた。

リニア共振アクチュエータは、電磁石の力で重りを動かし、そこから板バネを通じて振動を大きくするしくみを採用している。偏心モーターよりも小さくつくれるのが特徴で、おもに薄型のスマートフォンなどで使われている。


第三の方法

竹下さんは、「とはいえ、これらには共通の課題がある」と指摘する。その課題とは、「質量のあるものを動かしているので、形に制約があること」(竹下さん)だ。


竹下さんの写真
竹下俊弘さん

振動させるためには「重り」が不可欠だ。大きい振動が必要なら、それだけ大きな重りが必要になる。重りも、それを動かすしくみも、固く、質量の大きなデバイスにならざるを得ない。そのような重りを入れるデバイスの側に、形やサイズの制約が生じるわけだ。

「振動を生み出す」ための、さらに別の方法もある。──「圧電式」といわれるものだ。

ポータブルラジオなどでは、薄い金属の円盤がスピーカー代わりに使われている場合がある。これが「圧電スピーカー」だ。高い電圧をかけることで板が震え、その振動が音になるのだが、音ではなく直接、振動を生み出すことに使えば、そのまま「振動を伝えるデバイス」になる。圧電式はきわめて薄く作製できることに利点があるが、一方で、硬いために曲げることが難しいというデメリットもある。


各デバイスの比較した表
各デバイスの特徴

「貼る」振動デバイス!?

そこで出てくるのが、竹下さんたちの開発した「フィルム状振動デバイス」である。

フィルム状振動デバイスは、その名のとおり、フィルムの形になった振動デバイスだ。7〜7.26ミクロンという、非常に薄い膜状のデバイス(これがなにかは、後ほどタネ明かししよう)を樹脂のフィルムに封入した形なので、ある程度自由に曲げることができる。他の振動デバイスよりずっと軽いのも特徴の1つだ。


フィルム状になったデバイスの写真
フィルム状になったデバイス。自由に曲げることができる

「曲げられるということは、曲面に貼りつけることもできる、ということです」

竹下さんはそう説明する。

曲げたり曲面に貼りつけたりできることには、どういうメリットがあるのだろうか?「簡単にいえば、『振動の与え方』を大きく変えることができるんです」(竹下さん)

従来の振動デバイス、特に偏心モーターやリニア共振アクチュエータは、大きな重りを動かして振動を生み出すため、そのぶん大きな振動が生まれるものの、手のひらに密着させることは不可能だった。

「結果的に他のデバイスでは、握っている機器自体を震わせることで、手に振動を伝えています」と竹下さんはいう。このやり方では、振動の強弱は伝えることはできても、「手のどこか1点だけに振動を鋭く伝える」のは難しい。また、振動デバイスから生まれた振動は、機器のボディや内部の空気を介して伝えられるため、本来もっている強さより減衰してしまうという欠点もある。


「1ミクロンの動き」を検知する人間の指先

だが、竹下さんたちが開発中の「フィルム状振動デバイス」は、そうではない。物体にそのまま貼りつけられるということは「手に直接触れる」ということであり、より微細な振動を感じさせられることにつながる。

人間の手、特に指先は非常に繊細な動きを検知できる。小林さんは、「人間の指先は、およそ1ミクロンの動きでも把握できます。このデバイスの場合には、低電圧でも約10ミクロンの幅で動くため、微細なだけでなく、十分に強い振動として把握できると考えています」と話す。

さらに、「フィルム状振動デバイス」にはもう1つ特徴がある。小さな振動デバイスを「配列(アレイ化)」して並べることで、振動させる面積や強さのコントロールがしやすいのだ。いくつのデバイスを振動させるかで、強さや場所を変えられるのだが、実験でも、その違いを人が判別できることがわかっている。


アレイ化されたデバイスの写真と検知のテストの表
アレイ化されたデバイス(上の写真)と、アレイ化して検知のテストをした結果(下の表)

小林さんによれば、「現状では、最小で1mm×5mmくらいの領域をつくり、それを組み合わせられる」という。こうした特質は、いままでの振動デバイスにはない特徴といっていいだろう。


小林さんの写真
小林健さん

新しい振動デバイスを生み出した「MEMS」とはなにか

なぜこのようなことが実現できたのか?

理由は、このデバイスが使っている技術にある。

この振動デバイスは、「MEMS」という技術でつくられている。MEMSとは、「Micro Electro Mechanical Systems」の略称で、部品単位で組み立てるのではなく、半導体の製造プロセスを使ってつくる集積化したデバイスだ。

応用範囲の広い技術で、インクジェットプリンターのヘッドやスマートフォンの中に入っている加速度センサー、プロジェクターの中に入っている精密反射鏡など、微細な構造のものを低価格で量産するのに向いている。フィルム状振動デバイスは試作段階なので、現状ではまだ安価に作製できているわけではないようだが、量産されていけば、価格は急速に下がっていくだろう。

構造的には圧電デバイスに近く、どのような電圧をかけるのかで動きが変わる。一方で、圧電デバイスは「高い電圧をかけなければいけない」(竹下さん)のが課題だったが、MEMSを使った振動デバイスはより低い電圧ですむ。そのため、「消費電力はおそらく、かなり低くできるでしょう」と竹下さんは説明する。


意外な事実

ちょっと“意外なこと”がある。

小林さんは「もともとは振動デバイスをつくろうという目的で研究していたのではなかったんです」と明かす。

小林さんと竹下さんは、ともに産総研でMEMSデバイスの研究をしていた。その過程で実用化できたのが「圧力センサー」だった。MEMSデバイスの上に力がかかると、そこで電力に変化が生まれる。それを利用して、道路の補修状況をモニタリングするセンサーだ。

そこに、共同開発元であるオムロンから1つのアイデアがもたらされた。

「振動や圧力を検知できるなら、逆に振動・圧力を与えるデバイスとしても使えるのではないか」と。

この点については、すぐにピンと来る人とそうでない人がいるかもしれない。スピーカーは音を伝えるものだが、同時に「マイク」にもなる。電力をかけると振動して音が鳴る一方、逆に声=空気の振動を伝えると発電し、電気信号のかたちで取り出せるからだ。

MEMSのセンサーもこれと同様に、圧力をかけると電気信号が生まれ、逆に電力をかけると「震える」のである。



人間にとって「振動」とはなにか

MEMSを使った振動デバイスは、まだ開発途上だ。

「伝えられる振動の周波数や強さにはまだ改善の余地がある」(竹下さん)というが、一方で生産については、「試作も一般的なファウンドリー(半導体製造請負事業者)にお願いしているくらいなので、量産のハードルは小さい」(小林さん)という。腐食対策のための封止は必須で、現段階では樹脂のフィルムにはさんでいる。だが、実際に使う場合には、「機器の表面に貼りつけてから樹脂で覆う、といったつくり方もできるだろう」(小林さん)と予測されている。

また、「振動する」ことと、その振動を「人がどう受け止めるか」は、また別の話でもある。竹下さんは、「振動でどういう“錯覚”を与えられるのか、ある特定の感触を与えるにはどんな振動を与えるのがいいのか、といったことに関する研究は、これから進めていきたいテーマです」と話す。

この分野の研究が進めば、さまざまに振動するデバイスによって、私たちはこれまで体験したことのない「新たな感覚」を体感できるようになるかもしれない。


新たな「ウェアラブルデバイス」の可能性

将来的な可能性として、竹下さんは次のような展望を語る。

「10年程度先の話だとは思いますが、人をリラックスさせる振動を生み出す、体に貼れるデバイスのようなものもつくれるかもしれません。MEMSの振動デバイスは非常に軽いので、ウェアラブルデバイスに組み込むことができます。体に貼ったり腕につけたりすることで、温熱と組み合わせてリラックスをもたらす機器をつくれたら面白いですね」

薄型かつ半導体の技術で製造できるMEMSであるがゆえに、従来は不可能だった新たな使い道を見出すこともできるようになるのだ。


小林さんと竹下さんの写真  

小林 健(こばやし・たけし、写真右)
センシングシステム研究センター ハイブリッドセンシングデバイス研究チーム 研究チーム長

竹下 俊弘(たけした・としひろ、写真左)
センシングシステム研究センター ハイブリッドセンシングデバイス研究チーム 主任研究員

私たちは、MEMS技術を用いたセンシング・アクチュエーションデバイスの開発により、ヒトのバイタルサインや筋力・インフラ構造物の劣化状態などをモニタリングするシステムの実現を目指し、研究をおこなっています。

 

今回の研究では、このMEMS技術を応用し、世界最薄・最軽量のハプティクス用フィルム状振動デバイスの開発に成功しました。薄く、軽いという特徴を活かすことで、多数の振動デバイスを密に配置することが可能になり、これまでにないような多彩な皮膚感覚をデザインすることができるようになります。今後は、開発したデバイスの振動強度の向上や耐久性改善など、実用化を目指した取り組みをおこなっていく予定です。

 

「薄く・軽い」を武器に、ユーザーのみなさんがあっと驚くようなモノづくりをおこなっていけたらと考えています。

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国立研究開発法人産業技術総合研究所