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さがせ、おもしろ研究! ブルーバックス探検隊が行く びっくり!「海女さんの血管年齢」は実年齢より10歳若い 現役121人を調査してわかった1つの真実

2018年7月31日掲載
(取材・文 水品 壽孝)

 

海女さんはなぜ、元気なのか?

 


伊勢の海女の 朝な夕なに 潜くといふ 鮑の貝の 片思(かたもひ)にして

『万葉集』 巻十一 二七九八 作者不詳

 


万葉集にも詠まれた日本の海女。その歴史は古く、3000年以上に及ぶともいわれている。

しかし、残念ながら、いま海女さんも後継者不足に悩まされている。2013年、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』が大ヒット。にわかに海女さんに注目が集まり、一時期は「美人すぎる海女さん」と騒がれた若い海女さんもいたが、それはほんの一握りだ。

昨年、鳥羽市立海の博物館が鳥羽市と志摩市の海女さんに対して行った調査でも、その平均年齢は65.7歳。最高年齢は、じつに85歳だったという。

そんな海女さんたちを見ていて、ある疑問が浮かんできた。

海女さんは、アワビやサザエ、ウニなどを獲るために水深3、4mの海底まで潜り、長ければ50秒近く息を止めているという。なかには水深20mの海底まで潜る海女さんもいるというから、相当なハードワークに違いない。失礼ながら、平均年齢60代半ばの女性たちが、どうしてそんなしんどそうな仕事を軽々とこなせるのだろう?


「血管年齢」ってなに?


ブルーバックス探検隊は今回、その海女さんたちの血管年齢を測定した人物がいると聞き、その人のもとを訪ねた。産業技術総合研究所 人間情報研究部門 人間環境インタラクション研究グループの菅原順さんだ。

菅原さんは、どうしたら国民が健康の維持・増進を図れるのかを日夜、考えている研究者。特に、心血管疾患の発症予防をテーマとし、動脈硬化の程度を測定する方法や評価機器の開発、発症予防のための効果的な手法の探索などに携わっている。

海女さんの血管年齢を測ってみたのも、その一環だ。でも、もしかしたら海女さんがいくつになっても素潜りを続けられる秘密も、そこに隠されているかもしれない――。

早速、話を伺ってみた。そもそも「血管年齢」ってなんですか?

菅原さんの写真
菅原さん

「動脈硬化には、2つのタイプがあります。細い血管が詰まるタイプと、血管の壁が硬くなるタイプです。前者はアテローム性動脈硬化とよばれ、おかゆのような隆起物であるアテロームが血管の内壁に付着し、血管が細くなることで目詰まりを起こすものです。やがて、脳梗塞や心筋梗塞につながります。動脈硬化というと、一般的にはこちらのイメージのほうが強いかもしれません。でも、我々がターゲットにしているのは、後者のほう。つまり、血管の硬さそのものです。

血管のアテローム性動脈硬化が進行する3つの図
アテローム性動脈硬化が進行するようす

血管は一般的に、年齢が上がるにつれて硬くなっていきます。多数の健常者の測定データから、『血管の硬さの指標がどの程度だったら何歳に相当する』というかたちでフィードバックしているのが、いわゆる『血管年齢』です。血管が硬くなるほど心血管疾患のリスクが上がり、年齢とともにそのリスクはどんどん大きくなります。どの程度のリスクを抱えているかを知る目安が、『血管年齢』というわけです」(菅原さん)


硬い血管と柔らかい血管の違いとは?

菅原さんが今回、血管年齢を測定したのは、三重県の志摩・鳥羽地区と千葉県の南房総市白浜に在住する女性203名(平均年齢65歳)。そのうち121名が、現役の海女さんだ。質問票により、「現役の海女」「有酸素運動を習慣的に行っている女性」「運動習慣をもたない女性」の3群に分け、血管年齢を比較した。

具体的には、動脈脈波伝播速度法(PWV)によって、動脈の硬さを意味する「動脈スティフネス」を測定し、これを血管年齢に換算している。動脈脈波伝播速度とは、心臓から血液が送り出されることによって発生した脈波が、動脈内を伝わる速度のこと。

「動脈脈波伝播速度=動脈の長さ÷脈波の伝播時間」という式で求められ、この速度が速いか遅いかで動脈スティフネスを評価するのが、動脈脈波伝播速度法だ。脈波伝播速度が速いほど、動脈スティフネスは高い。つまり、血管が硬いということになる。


海女さんたちの血管年齢を計測している様子
海女さんたちの血管年齢=硬さ/柔らかさが調べられた

「原理はきわめてシンプルです。

動脈を1本の筒と考えた場合、その中を血液が流れることで動脈壁を伝わる脈波が発生します。長い筒の端っこをカーンと叩くと、筒中を振動が伝わっていきますよね。簡単にいうと、それが脈波です。

脈波は血流とはまったく別物で、血流よりも圧倒的に速く血管内を伝わっていく。ただし、筒の硬さによって、伝わる速度が変わります。鉄パイプのような硬い筒だと、振動はすぐにカーンと伝わりますが、ゴムチューブのような柔らかい筒では、ボヨヨヨンとゆっくり伝播します。

つまり、血管が柔らかいほど脈波はゆっくりと伝わり、血管が硬くなるほど速く伝わるわけです。したがって、この脈波が伝わる速度が、動脈スティフネスの指標になります」(菅原さん)


血管が硬い人の脳はボクサー並のダメージを受けている!?

なるほど、ではその動脈脈波伝播速度は、どうやって測定するのだろう?

まず、首と太ももの付け根、上腕と足首など、身体のなるべく離れた場所2ヵ所にセンサーをつけて、脈波を同時に記録する。そのときの脈波が到達する時間の遅れと血管の長さによって、速度を算出するのだ。

難しいのは、正確な血管の長さを知ることだ。体の表面にメジャーを当てて計測するのが一般的だが、実際の血管はカーブしながら体内を走っているので、どうしても誤差が発生してしまう。

菅原さんたちは、その誤差がどれぐらいあるのかを徹底的に調べたという。その結果、直線距離で血管の長さを測ると、動脈脈波伝播速度を過大評価してしまうことが判明した。すなわち、実際よりも「血管が硬い」と判定してしまうことになるのだ。

欧州の高血圧学会や心臓病学会は、菅原さんたちのこの研究をベースに、直線距離にある係数を掛けて補正する測定法に変更したという。

菅原さんがいう。

「心臓に直接つながっている大動脈は、もともと非常にしなやかで、拡張して心臓から出てきた血液をプールするような機能があります。このはたらきによって、心臓から血液が流れ出た直後の、物理的ストレスが大きい状態が、柔らかい血管を経ていくうちに軽減されます。

たとえば、血液が脳に届くときには、通常はその変動がすごく減弱されているわけです。逆に、血管の硬い人の場合、大きな振幅が残存したまま脳に届くため、これが脳の組成にダメージを与えることもわかっています。血管が硬くなると、末端の脳にもボクシングのジャブをずっと打ち続けられているようなダメージが現れるのです」


ジャブのイメージ
血管が硬い人は、毎日ジャブを打ち続けられているのと同じ!? photo by Adobe Stock

こ、怖いですね……。

「脳だけではありません。血液をろ過する機能をもつ腎臓も血流量が非常に多いため、血管が硬くなると大きなダメージを受けます。最近、心臓と脳の関連を意味する心脳連関や、心臓と腎臓の関連に注目する心腎連関がさかんにいわれていますが、じつは、その重要な因子となっているのが、それぞれをつないでいる血管なのです。

だからこそ、血管のクッション力、特に比較的太い大動脈の硬さの度合いが非常に重要視されています」

菅原さんは、自身の動脈スティフネスを知り、動脈硬化の進行をなるべく抑えることの重要性をそう強調する。血管が硬くなると、従来言われてきた心血管疾患だけでなく、認知症や腎臓疾患など、さまざまな病気のリスクになってしまうのだ。


10代の血管をもつ「スーパー海女さん」がいた!

話を海女さんの血管年齢に戻そう。

動脈脈波伝播速度法によって血管年齢を測定した結果、驚くべき結果が出た。なんと海女さんたちの血管年齢は、実年齢よりも10歳以上若かったのだ!

「いつも10mぐらい潜って漁をしている、自称『スーパー海女さん』がいました。この方の実年齢は60歳近かったのですが、血管年齢は19歳という結果が出ました。つまり、20歳前後の一般女性と同じ程度の血管の柔らかさを保っているということです」

面白いのは、今回の調査で血管年齢が若かったのが、海女さんだけにとどまらなかったことだ。「運動習慣をもたない女性」は平均で約6歳、「有酸素運動を習慣的に行っている女性」は平均で約8歳、「現役の海女」にいたっては平均で約11歳、実年齢よりも血管年齢が若かった。

これは、一般的な日本人女性に比べ、志摩・鳥羽と南房総市白浜の両地区に住む女性たちのほうが、血管の柔らかさをより保っているということを意味している。でも、いったいどうして?

「農村部に住む人と漁村部に住む人の血管の硬さを測った疫学的な研究によれば、やはり漁村に住む人たちの血管のほうが柔らかいという結果が出ています。これはおそらく、食生活の影響ではないかと推察されています。青魚などを多く食べている効果ですね」(菅原さん)

なるほど、日頃食べているものの違いによって、血管の硬さが変わってくるということか。確かに、青魚に多く含まれている不飽和脂肪酸のDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)には、悪玉コレステロールや中性脂肪を減少させたり、動脈硬化を予防する効果があるといわれている。


青魚のイメージ
青魚を多く食べる食習慣が血管を柔らかくしている? photo by Adobe Stock

しかし、海女さんは、同じ地区で暮らす運動習慣のある女性より約3歳、運動習慣のない女性よりも約5歳、さらに血管年齢が若い。

その秘密はいったい、なんなのだろう?


「素潜り」に隠された秘密とは?

海女さんの血管を調べたと聞くと、ついつい『あまちゃん』からの連想かと思いがちだが、じつは違う。

菅原さんが海女さんの血管年齢を調べることになったキッカケは、共同研究者であるテキサス大学オースティン校の田中弘文教授からの提案だった。『あまちゃん』が放映される10年前、2003年のことである。

田中教授が、世界一のフリーダイバーとして知られるターニャ・ストリーターの血管の機能を調べたところ、血管が非常に柔らかいことが判明。フリーダイビングは素潜りの深さを競う競技なので、「海女さんの血管を調べたら面白そうだ」と思いつき、菅原さんに調査を依頼してきたという。


ターニャ・ストリーターの写真
従来、動脈硬化の予防に有効といわれてきたのは有酸素運動。ところが海女さんは、有酸素運動をしていない……!? photo by Adobe Stock

ところが、海女さんは有酸素運動をしていない……。

「そうなんです。海女さんは息を止めて潜るので、当然、有酸素運動ではありません。

しかも、彼女たちは潜っているときに足や腕をバタバタと激しく動かすようなこともしていません。ベテランの海女さんほど、エネルギー消費を減らし、酸素をムダに使わないようにしながら、効率よく漁をするそうです。つまり、従来いわれている習慣的な有酸素運動の効果とは別のメカニズムが、海女さんたちの血管の柔らかさに効いていると考えられます。この点が、海女さん研究の面白いところです」


意外! 呼吸機能は低かった海女さん

菅原さんは今回、海女さんの呼吸機能についても調べている。

その結果、平均して肺活量は多いものの、呼吸機能は一般の人よりもやや劣っていたという。呼吸機能は、ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動によって向上することが知られている。もし、海女さんたちがなんらかの習慣的な有酸素運動を行っていたとすれば、呼吸機能も上がっているはずだ。

呼吸機能を調べている様子
海女さんの呼吸機能は、意外にも一般の人よりやや低かった

血管年齢は若いにもかかわらず、呼吸機能が向上していないことは、有酸素運動の効果とは別のメカニズムによってもたられた効果であることを示している。

海女さんは、「磯笛」という特徴的な呼吸法を行う。過呼吸になって気を失わないように、海中から水面に上がってきたときに口笛を吹くように細く息を吐くのだが、もしかすると、呼吸機能が低いことには、この呼吸法が関連しているのかもしれない。

しかし、この呼吸法が血管の柔らかさに関連しているとは考えにくいという。菅原さんがいう。

「やはり、長年の海女活動による適応の可能性が高いと思います。冷たい水の中に潜ると、血圧が上がります。血圧が上がった状態で全身に血液を送るためには、もともとの血圧が低いことが望ましいですし、血管にも心臓から排出される血液を受け止めるしなやかさが必要です。

今回、血管年齢を測定した海女さんの海女歴は平均39年でした。平均して40年近く潜り続けたなかで、こういった適応が培われてきているのではないかと推測しています」


海女さんとアザラシに共通点が!

その適応の中身をさらに詳しく知るため、菅原さんたちは、体の中のどの部分の血管が柔らかくなっているのかを細かく調べたという。その結果も、ぜひ知りたいところだが、残念ながら「いま論文にまとめているところなので、いましばらくお待ちください」とのことだった。

「そこをなんとか!」と食い下がる探検隊のために、菅原さんは少しだけヒントを教えてくれた。ありがとうございます!

「イルカやクジラ、アザラシなどの水棲哺乳類は、心臓に近い動脈が柔らかくないと、心臓に負担がかかって生きていけません。

たとえば、アザラシの大動脈を見ると、心臓に近いところの血管はすごく広がっています。血圧の変化に対して、血管がどれくらい拡張するかを調べたところ、お腹のほうの大動脈はあまり変化がないのに対して、心臓に近いほうはすごく広がっていることがわかりました。


アザラシのイメージ
海中をスイスイと動き回るアザラシの心臓に秘密があった! photo by Adobe Stock

クジラも同様に、心臓に近いところの大動脈がすごく太い。そのため、血流に対する抵抗が低く、たくさんの血液を送り出すことができます。水棲哺乳類のこういった特性は、彼らが効率的に生きていくための適応の結果です。

もしかすると海女さんにも、それと同じような適応が起こっているのではないかと考えています」

心臓に近い大動脈の壁がやわらかく、心臓が血液を送り出すときに大きく広がる――。海女さんたちがいくつになっても海に潜って漁ができるのは、どうやらそんな体の機能に秘密があるようだ。


有酸素運動を超える「動脈硬化予防法」を

これまでは身体活動や運動を中心に動脈硬化の進行度を抑え、心血管疾患リスクを軽減する効果について研究してきた菅原さんだが、今回の研究によって、有酸素運動とはまったく異なる動脈硬化の予防法を生み出す道筋が見えてきた。

「いま考えているのは、有酸素運動に水中の効果をプラスすることです。

水圧がかかると、心臓に血液が戻りやすくなります。これを『ビーナスリターン』とよびますが、心臓には、ビーナスリターンによってたくさんの血液が戻ってくると、それに応じてたくさんの血液を送り出す特性があるので、そのぶん血流もスムーズになると考えられます。

そう考えると、もしかしたら水中での運動は、陸上の運動よりも効果的なのかもしれません。実際に昨年、プールの中で有酸素運動を行うアクアビクス教室に通っている中高年の血管の硬さを調べたところ、柔らかくなっていることがわかりました。通常の有酸素運動に加えて、水中で行ったことの効果が上乗せされたためと考えています」

そう語る菅原さんは学生時代、ラガーマンだった。筑波大学4年生のときには王者・明治大学を撃破、彼らの50連勝を阻止したという。

当時の背番号は14番。ご本人は「足は速くなかった」と謙遜するが、いまも引き締まった体型を維持している。きっと血管年齢も若いに違いない。もしかすると、菅原さんご自身も、素潜りを実践しているのでは!?

「いえいえ、僕は潜りません(笑)。毎日、昼休みに1時間ぐらい走っています。でも、体にいいとわかっていても、運動が嫌いな人はたくさんいます。あるいは、やりたくても運動ができない人もいる。将来的には、今回の研究を有酸素運動に代わる予防法につなげて、より楽に健康を維持・増進できることを目指したいと思います」

日本の伝統文化でもある海女漁。その海女さんの身体の秘密が近い将来、日本人の健康寿命をさらに伸ばすことに貢献しそうだ。


菅原さんのプロフィール写真  

菅原 順(すがわら じゅん)
人間情報研究部門 人間環境インタラクション研究グループ 主任研究員

人間環境インタラクション研究グループでは、心血管系疾患や認知症など、加齢に関連する疾患の発症予防を目的とし、身体活動を中心とするライフスタイルが発症リスクに与える影響や、そのメカニズムの解明に取り組んでいます。


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国立研究開発法人産業技術総合研究所